夜明けのムジカ

道草家守

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『人型』自律兵器2

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 空気が澄んでいる。ムジカがあたりを見渡せば、意外なほど広い空間だった。

 地上から数十ヤード下とは思えないほど天井が高い。朽ちかけた装飾は、錬金術の術式展開に使う喚起かんき用のものだろう。床、壁、天井に縦横無尽に張り巡らされた管や機器類は、何かの調整や作業用だろうか。
 探掘屋シーカーならば一目でわかる、そこは奇械アンティークの整備室だった。

 壁に沿うように置かれているおびただしい部品の数々は、一つ売るだけでそれなりの財産になるだろう。
 これほど状態のよい場所がまだあったとは、とムジカは驚くまもなく室内の奥まった場所にあるものに目を奪われていた。
 そこに存在していたのは、エーテルの燐光に包まれた羽の塊だった。
 触れれば埋もれてしまいそうな柔らかさと、触れればこちらの指が切れてしまいそうな鋭利さを併せ持つ不思議な物体だ。エーテル特有の淡い緑の燐光をまとってゆるりと明滅している。

「なに……?」

 ムジカが混乱する眼前で、その羽の塊がさあと中央から分かたれる。それが3対の翼だとようやく気づき、その中に抱かれていたものに息をのんだ。

 3対の翼に抱かれていたのは、美しい人間だった。
 年の功は16のムジカよりも2、3歳上くらいだろう。
 月の光をより集めたかのような銀の髪に彩られるのは、象牙色の滑らかな頬。無機質なまでに一切の瑕疵なく整った美貌は、ともすれば女性ともとれる艶を帯びているが、ゆったりと膝を抱える姿勢ながらも骨格は男性のものに見える。体の線の細さからして、女性だろうか。創造主の執念すら感じさせるほど美しく整えられた姿は、ムジカが性別を迷うほどだった。
 お伽噺の妖精や、太古の昔に住まっていたという精霊ですらこうはいかないだろう。

 けれど、ムジカは気づいてしまった。ゆったりとした服から覗く手にある、奇械アンティーク特有の球体式の関節に。

「どー、る?」

 完全に人型を摸した奇械アンティークは観賞用と決まっているが、この翼はエーテルでできている。
 動力以外で、エーテルの奇跡の力を使用できるのは自律兵器ドールの特徴だった。
 なんであれ、この青年が人間ではなく奇械アンティークであるのは明白だ。
 なら、なぜ人間だと思ったのか。ムジカは探掘屋シーカーだ、奇械アンティークとそうじゃないかくらいどんなに似せて作られていたって見分けがつく。

 ああそうだなんでって……
 ふいに、その美しい人形がうつむいていた顔をあげる。
 ゆるりとあらわになるのは紅玉こうぎょくの瞳。その目尻から透明な雫がこぼれ落ち、頬つたった。
 息をのむことすらはばかられるような、胸を締め付けられるような光景。

 だが、ムジカはその感傷を引き裂いて立ち上がると、青年人形へ駆け寄った。
 赤い瞳の自律兵器は初めて見るが、少なくとも緑じゃない。つまり、指揮者は未登録。本来、指揮者未登録の機体は橙色の瞳と決まっているが、そんなのはどうでもいい。

 声が、届くかもしれない。

 ムジカは走りながら、腹の底から呼びかけた。

「そこの自律兵器ドール、あたしの声が聞こえるか!」

 背後から歯車と無機物がこすれる音が聞こえるが振り返らなかった。
 声に応じるように、まどろむようだった紅玉がまた開く。
 ムジカは迷わずその翼の中へ飛び込んだ。
 ぱっと羽毛のように、エーテルの燐光が散る。

 肌を切り裂かれることを覚悟していたムジカだったが、意外にも柔らかくくすぐったい感触しかなかった。青年人形を押し倒しかねない勢いで飛びついたムジカは、その美しい顔を見上げて訴えた。

「お前の指揮者ディレットになるには何をすればいい! 奇械アンティークと同じ手順でいいのか!」

 奇械アンティークの基本的な仕様を知りたければ、まず機体に訊くのが常識だった。
 指揮者ディレットが未登録であれば、問題なく回答されるはずだと考えたのだが、青年人形は紅玉の瞳をかすかに見開いたのだ。

「俺を、望んでくれるのですか」

 アルトとテノールの中間。薄い唇で紡がれる声は平坦だったが、なめらかな発音に驚く。
 これだけ至近距離でも人と見分けがつかない造作だった。
 予想外の反応に戸惑ったムジカだったが、その硬い胸を叩いて叫んだ。

「さっきからそう言っているっ。あたしはまだ生きていたい!」

 目尻に残っていた雫が、また一つこぼれる。
 ムジカの青の瞳と、人形の紅玉が絡んだ。
 薄い唇が、開く。

「声紋登録および、網膜登録完了。これより歌姫ディーヴァの保護を開始する」
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