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第9話

仮面舞踏会

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テオの行動は早かった。私達も黄金国からの使節団と称してチラシを作り、宣伝して歩き回った。心配だった国民の反応だが、不安は杞憂に終わった。国を挙げての初の大規模なお祭り、しかも仮装舞踏会なんて面白そう、とすっかりやる気になってくれたのだ。かくしてお触れからわずか一週間で、城下のメイン通りである会場は国民の手により花等で美しく飾られ、完成した。アレクセイ達の、黄金国からの友人達もぞくぞく到着し、街はすっかりお祭り気分一色となった。
 
そうして開催当日になった。
舞踏会は十九時開催だ。私達はその時間までに仮装をし、別行動で会場にある時計塔の下に集まる事が決まった。勿論男性全員が恥ずかしがったからだ。

「マコトと私なら仮装しても美男美女のお似合いカップルですわ! わたくし、探しますから手を振って下さいませね」
「マコトの可愛い姿を見たい気もするが・・。俺の仮装も見られるっていうのが、ちょっとなあ。なあ? セドリック」
「なな、何で僕に聞くんだ! 」
「では、十九時に集合してくださいね。おや、表情が暗いですね、バド殿」
「はは・・いえ」

 皆それぞれに、仮装する為別々の部屋に入っていった。

「まあ、綺麗ですね、お似合いです! 」

 私は化粧をしてくれたメイドさんの言葉に苦笑しながら大鏡に写った自分を見た。
 肩の大きく出たドレス。コルセットのように腰まではぴったりと体に沿ったデザインで、腰からふわりとタックが入っている。とっても短いパフスリーブの袖も、ひじからはめている白いレースの手袋も可愛い。

 こんな服着るのは初めてだけど。・・・あんまり違和感ないなあ。ふふ、何か嬉しいなあ。一応女の子だもん。
 私は鏡に向かってにっこり笑いかけ、次の瞬間、はっと顔を青くした。

って、それって駄目なんじゃないの!? 

小学生でもなければ、どんなに女の子っぽい男の子でも、女装には無理があると思うんだよね。いまいちごっつい感じがすると言うか。こんなひょろっとした首や肩、二の腕の十六歳男子なんていないよ!

肩にストールを羽織ったとしても・・。誤魔化しきれない気がする。他の服もなし、自分の事で手一杯のバドは頼りにならないし、どうしよう、絶対他の皆に見られないようにしなきゃ!
 

 時計塔のある大通りは、既に結構な人だかりになっていた。
 私は人込みに紛れ、顔のマスクをつけ直しながら、こっそり他の皆を探した。

 あっ! いたいた!
 アレクセイとララの兄妹は、遠目から見てもすぐ分かった。あまりにも目だっていたからだ。
アレクセイは、昔のハリウッド女優のようだった。茶色の、肩まである巻き毛のかつらをかぶり、袖と腰周りがふくらんだ、長いクラシカルなドレスを見事に着こなしている。端正な顔立ちに化粧が生え、きりっとした美しい女性に変身していた。映画「風と共に去りぬ」のビビアン・リーみたい! ララにからかわれているのだろう、彼女に笑いながら話しかけられると、渋い顔をしていた。

ララは、文句なしに可愛かった。ふわふわの長い髪を、一つで後ろにまとめ、羽のついた大きなつば付き帽子を被り騎士の格好をしている。腰にはサーベルまで付け本格的。まるで三銃士のダルタニヤンだ。大きな赤いマスクがとても可愛い。目立つ二人は、既に周囲から熱い視線を受けていた。

「あの背の高い男性は素敵ね! 」
「騎士の扮装をしているあの可憐な女性はどこの方だろう? 」

 バドを見つけた瞬間は、悪いけど噴出してしまった。
おどおどと、恥ずかしそうにすみっこに方にいた彼は、眼鏡はそのままで三つ編みにおさげ髪のかつらを被り、赤いチェック柄の服に茶色のショートブーツを合わせていた。まるで「赤毛のアンが大人しいバージョン」だ。うふふふふ、ざまあ見なさい。駄目だ、笑いが止まらない~!!


十九時が近付くにつれ、どんどん人が集まってくる。特に私達がいる時計塔の周辺はかなり混雑してきた。

そうして十九時五分前になった時、夜空にしゃん! と言う美しい鈴のような音と共に、星花火がいくつも上がった。皆一斉に夜空を見上げ、感嘆の声を漏らす。その時、時計塔の真下に作られた特設会場にテオが現れた。皆彼を見て、少しどよめくと共に、大歓声で迎える。

 テオは紺色をベースに色や模様、素材の違う様々な布を体に巻きつけた、私の世界で言う東洋風の、すらりと長いドレスを着ていた。
女性風にアップにした黒髪に孔雀の羽をつけ、大振りなイヤリングやブレスレットまでしてなかなかの美人に変身している。さすが乗り気だっただけあってお化粧もばっちり、トレードマークの片眼鏡がないと本人か分からないほど。

 彼はアイマスクの下から本当に楽しそうな顔で、声を張り上げた。
「皆さん! 今宵はわが国始まって以来の大祭典に集まって頂き大変感謝しています! 黄金国からも多数快くご参加頂きました。歓迎の拍手をお願い致します! 」

 わーっと大きな拍手が響く。アレクセイ達や他の黄金国の人々が優雅に一礼している。私も周りで拍手をくれる人々に、慌ててお礼をした。それにしてもセドリックはどこにいるんだろう?

 拍手が小さくなった所でテオは少し咳払いし、真顔で話し始めた。
「皆さん、この祭典を通じてもう一度わが国の素晴らしさを見直してみませんか? わが国は確かに小さく退屈な所かもしれません。しかし平和を当たり前に感じていませんか?平凡な幸せが、どれほど幸福であるのかも考えず、甘えていませんか? 永遠に続くと思っていませんか? それは違います。この平和は、みなさんが、この国が培ってきたものなのです。どうして平和を今日まで保てたのか。その答えは皆さんの中にあります。皆さん、今日ここにいらっしゃいました、又これからも訪問されるわが国の隣人、黄金国や他国の人々と交流し、自分の世界を広げてください。わが国の素晴らしい所が再発見できるでしょう。そうして、それを他国の人々にも伝えて下さい」

 しーん、と会場が静まり返った。お年よりもおじさんもおばさんも、若い人達も、皆真剣な顔でテオの話を聞いている。彼が話し終えると、ぱん、ぱん、と誰かが手を叩き始め、その拍手が波のように周囲に広がり、ひときわ大きな拍手と歓声の嵐になった。

 私も手を叩きながら、じーんとしていた。こんなに自分の国と国民を思い、大事にしている。やっぱりテオが全ての国の王たる人なんじゃないのかな。

 拍手と歓声がようやく過ぎ去ると、テオはにっこりと笑った。
「では皆さん、今宵は大いに楽しんでください。さあ、カウントダウンです! 5、」
 4、」

 皆が一斉に時計塔を見上げ、テオと一緒にカウントダウンを始めた。私もわくわくしながら声を張り上げる。

 3、2、1!

時計塔より、十九時の鐘が一斉に鳴り響いた。星花火が夜空で炸裂する。特設会場にいた何十人もの大オーケストラ団が一斉に陽気な音楽を奏で始めた。周囲がざわめき始める。お目当ての異性を求めて動く人々、早速見つけて踊る準備をするカップル達。通常と逆で、男装している女性達が女装している男性達をエスコートしているのが面白い。

「マコト! 」

 ふいに近くでララのはずんだ声が聞こえた。
見ると、四、五人先の所から彼女がこちらの向かってくるのが見えた。後ろにはアレクセイの姿も見える。

げげ!! まずい、見つかった。私は前の人に隠れて顔だけだして見せ、お愛想程度に手を振った。この場からすぐ逃げ出さなきゃ。でも、周りはごった返し、しかも皆踊り始めていてどうやってここから抜け出したらいいかわからないー!! 踊ってる中を割り込めないし、ララはすぐそこまで来ているし、ど、どうしよう!

するとその時、
「わたくしと踊って下さいますか? 」
 と、そっと肩を叩かれた。

 振り返ると、広いつばつき帽子を目深に被った男装の女性が立っていた。帽子、服、手袋にマント、胸ポケットに入れている赤いバラ以外は全てが黒尽くめだ。黒の覆面から怪傑ゾロを思わせる。胸の上まである金髪が黒に映えて美しい。背が少し高めでナイスバディーだし、真っ赤な口紅をつけた口元はとても綺麗だし、すごい美人なんだろうなあ。

 よし、これを口実にララから逃げよう。

「僕、この人と踊るから! またね~。さ、あっちへ行きましょう! 」
 黒尽くめの女性も頷き、私達は腕を組んでその場から離れた。

「あ、お待ちくださいませ、マコト! 」
 ララとアレクセイはこちらに来ようとしたが、二人はすぐ数人の男女から「是非私と踊って下さい」と囲まれ、身動きが取れなくなった。

 遠くなる二人を見ながら、ほっとする。
なんとか助かった。でも、私全然踊れないんだ、どうしよう! 今や周りは踊っている人だらけだ。ぶつかるから突っ立っている事もできない。

 すると、黒尽くめの女性が私に近付き、小さな声で囁いた。
「ここから抜け出す。離れるなよ」

 え、ええ!? 今の声って!?

 問いかける暇もなく、その女性は強く私の腕を引っ張り、私も慌てて彼女の傍についた。女性はダンスのタイミングを見計らって、走っては止まり、走っては止まり、ダンスしている人々の間を絶妙なタイミングですり抜けている。私は彼女と組んだ腕を離さないように、必死でついていった。

 そうして踊る人々で溢れた大通りを抜け、裏道を通り、少し離れた小高い丘まで駆け上がった。丘の上からは大通りが見下ろせ、踊っている人々が小さく見える。陽気な音楽が下から流れていた。

「ふう。ここまで来たら大丈夫だろう」
 黒尽くめの女性は私の腕を離し、丘から下を見下ろした。

 や、やっぱりこの声。

「セ、セドリック!? 」
「そうだよ、悪いか」

 お互いに仮面を外した。彼は渋い顔をしてこちらを見る。
「だだ、だって、胸が」

 すると彼は顔を真っ赤にして、後ろを向き、慌てて服の中から何かを取り出し始めた。
「パッド入れたんだ! 全く、マコトがとんでもない事言い出すから。男装した女性に化けるなんて大変だったんだからな! 」
「そんなややこしい事しなくても普通に女装したらよかったんじゃないの」
「スカートなんて恥ずかしくはけるか! 」
 私は何か笑いがこみあげてきた。
「別に、セドリックなら全然問題なかったのに。化粧も似合うしさ、凄く美人になってたよ。今度仮装美人コンテストやったらさ、絶対セドリックが一番だって!」

 彼はますます赤くなって、かつらを外し、ハンカチを取り出して、赤い口紅をごしごしこすり始めた。
「褒めてないだろ、それ!・・これ中々とれないな。って笑うなよ! 助けてやったのに」

 あ。そうだった。
 私の顔を見て、やれやれ、とセドリックは呆れた表情をした。

「全く。踊れないんだろ? ほんと、後先考えず突っ走るんだからな」
「で、でもさ、勢いで決めなきゃいけない時もあるだろ? 結果オーライ!!」
「・・・その無責任な前向きさ、どうにかならないか。さて。これからどうしようかな。この祭り、あと数時間は続くぞ。バド達より先回りして城に戻るにしろ少し早すぎる」

 セドリックは丘から眼下の様子を眺めている。私は自分の衣装をそっと見下ろした。

セドリックに見られちゃったけど、肩から大きなストール巻いてるし、大丈夫だよね。薄暗いし。それにしても。薄いブルーがかった、こんな素敵な服、もう二度と着られないだろうな。残念だな、折角着たのに。

私はしばらく迷い、思い切ってセドリックに声をかけた。

「あの、セドリック」
「何だ? 」
「ダンス教えてくれないかな」

 彼は目を丸くして、まじまじと私を見た。
「どうしたんだ、急に」
「そんな目で見なくてもいいだろ、い、いいじゃないか、ダンスくらい! やった事ないんだよ、だからちょっと覚えておこうと思って」

 セドリックは片方の唇を上げて意地悪く笑い、
「ふーん。まあ、王になったら踊る機会も結構あるかもな。どうせ暇だ、代表的な物を一つだけ教えてやるよ」
 私は彼の指示通り、彼と横一列に並んだ。
「前に相手がいると思って、こう手を回して、で、足が右、左、もう一度右、左で次後ろ・・」
「え、えーと」

 右横にいる彼と同じようにするのだが、何回やっても上手く行かない。セドリックが呆れた顔をする。
「・・・予想以上の不器用さだな」
「ち、違うよ! セドリック、教えるの早すぎるって! ほら、相手がいないからさ、何か感じが出ないんだよ! 実際踊ってみたらすぐ出来るようになるって! 」

「へえー、相手がいたらできるんだな。じゃ、やってあげようじゃないか」

 売り言葉に買い言葉。
くそお。絶対覚えてやろうじゃないの。

闘志むき出しだったのに、セドリックが私の前に立った時、はっとお互い相手を見つめ、我に返った。お互いみるみる顔が赤くなる。

「お、男同士なんて嫌なんだからな。しっかり覚えるんだぞ」
「わ、わかってるよ」

 うわ、どうしよう。セドリックの顔がまともに見られないよ。だって、怪傑ゾロのようなかっこいい衣装が、彼にとても良く似合って、その、

「マコト、右手を、僕の肩の上に」
「う、うん」

 私は慌てて右手を彼の肩の上に置いた。
「左手はスカート持って、そう、少し持ち上げるんだ。女性の場合だけど、その格好だからいいだろ」
「で、マコト、ここから覚えておけよ。男性の場合は、左手を女性の背中に回す」
 ぎこちなく、彼の手が私の背中に回り、私は息が止まりそうになった。

「あの、で、男性は右手にバラの花を持つんだ__造花だけど、これでいいだろ」
 セドリックは、自分の胸ポケットから一輪のバラの花を取り出した。

「で、スカートを持った手、それをもっとこっちに近づけて。そう。男性側はバラを持った手を女性の手に近づける。この形で踊るんだ」
「う、うん、わかった」

 私は下を向いたまま頷いた。心臓がばくばく言ってる。顔が熱い。

「じゃ、じゃあ、音楽に合わせて踊るからな。123、12・・はい」

 左、右、左、右、前に二歩・・
 スローテンポの曲に合わせて私達はぎこちなく踊り始めた。頭のすぐ上で聞こえるセドリックの声を聞きながら、私はひたすら足の動きに集中しようとする。

 みぎ・・ひだり・・後ろに二歩・・一度離れて一回まわって・・
 緊張しっぱなしで、膝なんてがくがくだ。それでも一曲終わる頃には、なんとなく踊りが分かり始めてきた。
「で、一曲終了すると、男性から女性にこのバラの花を渡すんだ。・・・マコト、なんだその顔。欲しいのか? 」
「えっ! あ、あはは、造花だけど綺麗だなーなんて」
「そうか? はは、面白いよな、本当に。じゃあ最後にやるよ。この調子で次も行こう」
「う、うん」

 音楽が流れ出し、再び踊り始める。次の曲も、そのまた次の曲も。
 慣れてくると、段々音楽に乗って踊れるようになり、緊張もほぐれて楽しくなってきた。
 セドリックも硬さがとれて楽しそうだ。
「うわっ! すごく早いね、この曲! 」
「右、左、・・・そうそう、結構勘がいいな、マコト」

 もうダンスを覚えるなんて目的はなくなっていた。セドリックもいつの間にか私に教えるのをやめ、ただ一緒に踊っている。心臓は早鐘を打っていたけれど、ちっとも苦しくなかった。

私達はたった二人きり、丘の上で、何度も踊り、笑い合った。時々上がる星花火が私達を明るく照らし出す。
最後に踊った曲で私はセドリックからバラの花をもらった。造花だけれど、とても綺麗だった。

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