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最終話:都道府県戦争
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「皆さん、本日は素晴らしいニュースを報告します。わが課の矢口君が子宮移植手術を受けられる事になりました。その為明日から特別休暇に入られます。彼の大きな勇気を称え、手術の成功、そして是非ともお子様の誕生という素晴らしい一報を頂けるよう、全員一丸となって応援しましょう!」
何かの就任式かと思うほどの仰々しい大きな花束を女子職員から手渡され、力なく笑う矢口を杉本は呆然と見つめていた。彼は次々に握手を求められ、後は任せろだとか、仕事は心配するなだとか上司や同僚から台本のような言葉をかけられている。
杉本は一ヶ月前の休日に矢口に呼ばれ、事の顛末と移植手術を受ける事を聞いていた。あまりの衝撃に言葉をなくす彼に、矢口は「子供がいないと、俺の存在価値はないんだよ」と寂しそうにつぶやいた。
まだ十数名という数であるものの、全国に比べるとわずかではあるがこの県の男性出産者は多い。女性がより良い仕事を求め都会に出てしまったから男性の数が多いと言うだけなのだが、課長や上の人達はすでに男性出産の多い県としてここを売り出そうとしていたのではないか。増えない移住者に見切りをつけ、若い男性をターゲットにして出産可能予備軍を増やす。その宣伝役としてまず職員が標的になったとしたら。妻が妊娠したばかりの自分には声がかからなかっただけで、子供がいない若手の既婚男性や矢口のような中年独身男性に精神的プレッシャーを与え続けていたのだとしたら。
思わず背筋がぞっとして、杉本は再び視線を前に向けた。
顔に貼りついた笑顔でひたすら万歳三唱をロボットのように繰り返す群集。その中心で硬い表情で佇む矢口。彼の肩を強く掴み、課長が激励の言葉をかける。
何かを言わねばならない気がして、背伸びをし隙間を探して何度頭を左右に振っても群集の万歳の山にもまれるだけで矢口に近づく事もできない。
人影から時折見える、ややうつむき加減の白い顔を、強く引き結んだ口元を、杉本と決して交わらない瞳を、ただ見つめ続ける事しかできなかった。
万歳、万歳という声がうるさく耳に響き渡る。
――なんだろう、これをどこかで、
これと似た光景を自分は見た事がある。
人でごったがえした駅のホームで男性を取り囲み万歳を繰り返す人々。敬礼で激励に応える若者。硬い表情に笑みはない。人々が手にする日本国旗が画面いっぱいにわさわさとはためいている。決められた未来。意思なき民衆。モノクロームに彩られた世界は遥か遠いものだと思っていたのに。
あれは我々にとってテレビの中だけの世界ではなかったのか。
我々は知らなかったのだ。
いや、知っていても見ない振りをしていたのだ。
都道府県間で子供を巡る戦争はもう始まっているのだと。
了
何かの就任式かと思うほどの仰々しい大きな花束を女子職員から手渡され、力なく笑う矢口を杉本は呆然と見つめていた。彼は次々に握手を求められ、後は任せろだとか、仕事は心配するなだとか上司や同僚から台本のような言葉をかけられている。
杉本は一ヶ月前の休日に矢口に呼ばれ、事の顛末と移植手術を受ける事を聞いていた。あまりの衝撃に言葉をなくす彼に、矢口は「子供がいないと、俺の存在価値はないんだよ」と寂しそうにつぶやいた。
まだ十数名という数であるものの、全国に比べるとわずかではあるがこの県の男性出産者は多い。女性がより良い仕事を求め都会に出てしまったから男性の数が多いと言うだけなのだが、課長や上の人達はすでに男性出産の多い県としてここを売り出そうとしていたのではないか。増えない移住者に見切りをつけ、若い男性をターゲットにして出産可能予備軍を増やす。その宣伝役としてまず職員が標的になったとしたら。妻が妊娠したばかりの自分には声がかからなかっただけで、子供がいない若手の既婚男性や矢口のような中年独身男性に精神的プレッシャーを与え続けていたのだとしたら。
思わず背筋がぞっとして、杉本は再び視線を前に向けた。
顔に貼りついた笑顔でひたすら万歳三唱をロボットのように繰り返す群集。その中心で硬い表情で佇む矢口。彼の肩を強く掴み、課長が激励の言葉をかける。
何かを言わねばならない気がして、背伸びをし隙間を探して何度頭を左右に振っても群集の万歳の山にもまれるだけで矢口に近づく事もできない。
人影から時折見える、ややうつむき加減の白い顔を、強く引き結んだ口元を、杉本と決して交わらない瞳を、ただ見つめ続ける事しかできなかった。
万歳、万歳という声がうるさく耳に響き渡る。
――なんだろう、これをどこかで、
これと似た光景を自分は見た事がある。
人でごったがえした駅のホームで男性を取り囲み万歳を繰り返す人々。敬礼で激励に応える若者。硬い表情に笑みはない。人々が手にする日本国旗が画面いっぱいにわさわさとはためいている。決められた未来。意思なき民衆。モノクロームに彩られた世界は遥か遠いものだと思っていたのに。
あれは我々にとってテレビの中だけの世界ではなかったのか。
我々は知らなかったのだ。
いや、知っていても見ない振りをしていたのだ。
都道府県間で子供を巡る戦争はもう始まっているのだと。
了
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