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矢口と杉本は最近一緒に仕事をする事が少なくなった。矢口は課長に呼ばれる事が多くなり、様々な会議にも度々出席するようになった。会議の内容は後日詳細が杉本に伝えられる時もあれば、そうでない時もあった。林が退職した後のチームの責任者として色々厳しいことを言われているのかもしれない、と杉本は考えた。それとは反比例して杉本は課長から早く退社するように言われる事が増えた。
「大事な時なんだから」
満面の笑顔で課長に言われ、杉本も素直に厚意を受け取り、一日のうちほとんど空いたままの隣の席を気にしながらも定時退社をする日がしばらく続いた。
爆弾はいきなり落ちてきた。
出勤するなり「部長が今日の朝礼は至急、全員大会議室へ来るようにとの事です」と言われ部屋へ向かった杉本は、
「やられた!!」
とあちこちで大きなうめき声が響く異様な光景を目にした。
大会議室に設置された大型テレビの画面からは、過疎化の進むC県が、某国の難民を六歳以下の乳幼児とその母親に限り受け入れるとのニュース速報が流れ続けている。その数は子供だけでも一気に百人。その後毎年数を増やしながら受け入れる計画が順調に進めばうちを抜かすのも時間の問題だろう。「一丸となってこの危機を乗り越えよう」と職員に発破をかける部長の声とざわざわとどよめく群衆の中で、杉本は一人冷静だった。
毎年増え続ける一方の外国人難民は六歳以下でもかなりの数になる。しかし全員受け入れる事はさすがにC県は不可能だろうし、言葉や文化の問題もある。それに――。
杉本は顔を左右に動かすと、TVの前の群集から少し離れた位置に立つ矢口に気が付き、「矢口さん」と明るく声をかけた。
「あれ、馬鹿じゃないですか? 目的が見え見えじゃないですか。国際世論から非難されるに決まってる。C県のイメージもがた落ちですよ」
矢口のいつもの皮肉な言い方を真似して、隣に立つ彼に笑いかけようとした杉本は言葉を失った。画面を見つめる矢口が顔面蒼白だったからだ。
「・・・逆に言えば、もうC県でしかこの方法は使えないんだよ」
呟いた矢口は、背後から課長に
「矢口さん、ちょっと」
と呼ばれるとびくりと肩を震わせ、二人で別室に消えて行った。
仕事をしていない男が使い物にならないように、子供を産めない女も社会のお荷物でしかない。セックス付き家政婦だと思えば良いじゃないかと言う奴もいたが、二十代ならまだしも四十代で老ける一方の女となぞ誰が一緒にいたいと思うのか。男なら大抵そう思うはずだ。反論を唱える奴も押し黙る奴も全てが偽善者。本音を言う自分こそがよほど善人なのだ。俺はまだ自覚があるだけましだ。大抵の男は妻はセックス付きの家政婦兼子守兼介護役だと思っている。それこそ無自覚に、残酷なほど無邪気に。
実際歯に衣着せぬ奴と言う事で、子供のいない俺でも上司及び上層部からは可愛がってもらえた。妻のせいで子供ができないと判った時は大いに同情してもらえたほどだ。
俺は間違っていない。間違っていなかった。今までだって、これからだってそうだ。
それなのに。
なぜ俺は小さな会議室で一人部長達に囲まれ、課長に肩をつかまれているのだろう。なぜ彼は気味が悪いほど微笑んでいるのだろう。
なぜ目の前の机には「安心・安全 妊娠・出産マニュアル」なんて置いてあるのだろう。
「大事な時なんだから」
満面の笑顔で課長に言われ、杉本も素直に厚意を受け取り、一日のうちほとんど空いたままの隣の席を気にしながらも定時退社をする日がしばらく続いた。
爆弾はいきなり落ちてきた。
出勤するなり「部長が今日の朝礼は至急、全員大会議室へ来るようにとの事です」と言われ部屋へ向かった杉本は、
「やられた!!」
とあちこちで大きなうめき声が響く異様な光景を目にした。
大会議室に設置された大型テレビの画面からは、過疎化の進むC県が、某国の難民を六歳以下の乳幼児とその母親に限り受け入れるとのニュース速報が流れ続けている。その数は子供だけでも一気に百人。その後毎年数を増やしながら受け入れる計画が順調に進めばうちを抜かすのも時間の問題だろう。「一丸となってこの危機を乗り越えよう」と職員に発破をかける部長の声とざわざわとどよめく群衆の中で、杉本は一人冷静だった。
毎年増え続ける一方の外国人難民は六歳以下でもかなりの数になる。しかし全員受け入れる事はさすがにC県は不可能だろうし、言葉や文化の問題もある。それに――。
杉本は顔を左右に動かすと、TVの前の群集から少し離れた位置に立つ矢口に気が付き、「矢口さん」と明るく声をかけた。
「あれ、馬鹿じゃないですか? 目的が見え見えじゃないですか。国際世論から非難されるに決まってる。C県のイメージもがた落ちですよ」
矢口のいつもの皮肉な言い方を真似して、隣に立つ彼に笑いかけようとした杉本は言葉を失った。画面を見つめる矢口が顔面蒼白だったからだ。
「・・・逆に言えば、もうC県でしかこの方法は使えないんだよ」
呟いた矢口は、背後から課長に
「矢口さん、ちょっと」
と呼ばれるとびくりと肩を震わせ、二人で別室に消えて行った。
仕事をしていない男が使い物にならないように、子供を産めない女も社会のお荷物でしかない。セックス付き家政婦だと思えば良いじゃないかと言う奴もいたが、二十代ならまだしも四十代で老ける一方の女となぞ誰が一緒にいたいと思うのか。男なら大抵そう思うはずだ。反論を唱える奴も押し黙る奴も全てが偽善者。本音を言う自分こそがよほど善人なのだ。俺はまだ自覚があるだけましだ。大抵の男は妻はセックス付きの家政婦兼子守兼介護役だと思っている。それこそ無自覚に、残酷なほど無邪気に。
実際歯に衣着せぬ奴と言う事で、子供のいない俺でも上司及び上層部からは可愛がってもらえた。妻のせいで子供ができないと判った時は大いに同情してもらえたほどだ。
俺は間違っていない。間違っていなかった。今までだって、これからだってそうだ。
それなのに。
なぜ俺は小さな会議室で一人部長達に囲まれ、課長に肩をつかまれているのだろう。なぜ彼は気味が悪いほど微笑んでいるのだろう。
なぜ目の前の机には「安心・安全 妊娠・出産マニュアル」なんて置いてあるのだろう。
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