5 / 10
4
しおりを挟む
気付くと僕が乗っている白い道産子が首を上下に激しく振りながら歩いている。別の道産子に乗り先導する友人の兄に、ずっと首を振っているが何か問題があるのかと聞くと、手綱を強く引きすぎていると言われた。しかしゆるめると馬は自由だとばかりに途端に駆け足になって走り出そうとする。振り落とされそうになり慌てて手綱を引くとしぶしぶ歩き出すが首は不満げに上下に揺れたままだ。なめられている、と苦笑した。
まだ雪深い三月の時期をなぜ選んだのかと言えば、単純に会社を休めるのがこの時期しかなかった事とホテルや飛行機代が安かったからだ。旅行や出張の折に焼香をしに寄ってくれる関西時代の友達は多いと、電話をした時に友人の母親は言っていた。その後友人の実家に着くと彼の兄が出てきて、申し訳ないが先の弔問客がいるので良ければ乗馬をしていかないかと言ってきたのだった。生前の友人の話から、彼の実家が牧場を営んでいる事、十数頭道産子を飼っている事、観光客向けに乗馬体験をしている事は知っていた。
そうして僕は今、雪一面に覆われ境目がなくなった、どこまでが彼らの牧場なのか分からない広大な土地の中を道産子に乗ってしずしずと歩いている。
時々こちらに気を使ってぽつぽつと話しかけてくる友人の兄を見た。初めて会った兄は友人に似ているようにも似ていないようにも見えた。しかし彼の声は、何気ない相槌やふとした瞬間にぎくりとするほど友人に似ていてその度に心がざわりとかき乱された。乗馬をして少し気分転換ができた感情が再びじわじわと不安なものへと傾いていく。
友人の遺影を前にした時に強い後悔と共に泣き伏さない自信がなかったのだ。
まだ雪深い三月の時期をなぜ選んだのかと言えば、単純に会社を休めるのがこの時期しかなかった事とホテルや飛行機代が安かったからだ。旅行や出張の折に焼香をしに寄ってくれる関西時代の友達は多いと、電話をした時に友人の母親は言っていた。その後友人の実家に着くと彼の兄が出てきて、申し訳ないが先の弔問客がいるので良ければ乗馬をしていかないかと言ってきたのだった。生前の友人の話から、彼の実家が牧場を営んでいる事、十数頭道産子を飼っている事、観光客向けに乗馬体験をしている事は知っていた。
そうして僕は今、雪一面に覆われ境目がなくなった、どこまでが彼らの牧場なのか分からない広大な土地の中を道産子に乗ってしずしずと歩いている。
時々こちらに気を使ってぽつぽつと話しかけてくる友人の兄を見た。初めて会った兄は友人に似ているようにも似ていないようにも見えた。しかし彼の声は、何気ない相槌やふとした瞬間にぎくりとするほど友人に似ていてその度に心がざわりとかき乱された。乗馬をして少し気分転換ができた感情が再びじわじわと不安なものへと傾いていく。
友人の遺影を前にした時に強い後悔と共に泣き伏さない自信がなかったのだ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
命の灯火 〜赤と青〜
文月・F・アキオ
ライト文芸
交通事故で亡くなったツキコは、転生してユキコという名前の人生を歩んでいた。前世の記憶を持ちながらも普通の小学生として暮らしていたユキコは、5年生になったある日、担任である園田先生が前世の恋人〝ユキヤ〟であると気付いてしまう。思いがけない再会に戸惑いながらも次第にツキコとして恋に落ちていくユキコ。
6年生になったある日、ついに秘密を打ち明けて、再びユキヤと恋人同士になったユキコ。
だけど運命は残酷で、幸せは長くは続かない。
再び出会えた奇跡に感謝して、最期まで懸命に生き抜くツキコとユキコの物語。
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

声を失くした女性〜素敵cafeでアルバイト始めました〜
MIroku
ライト文芸
とある街中にある一軒のカフェ。
入り口には
“水面<みなも>カフェへようこそ。のんびりとした空間と、時間をお楽しみ下さい”
と、店長の手書きであろう、若干丸目を帯びていたが、どこか温かい雰囲気を持つ文字で書いてあった。
その文字を見て、「フフフ」と笑う、優しい笑顔の女性。その後ろには無言で俯く少女が1人、スカートを握りしめて立っていた。
「そんなに緊張しないで。大丈夫、あなたなら大丈夫だから」
そう言って女性は少女の肩を優しく撫でた。少女は無言のまま、頭をコクコクと下げ、握りめていた手を開く。
女性はその様子を笑顔で見ていた。
ドアをそっと開ける。
“チリンチリン”
ドアベルが鳴る。
女性と少女は手を繋ぎながら、中へと入って行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
失声症の少女と、その少女を保護した精神科医。その教え子であるカフェの店長、周りの人達を巻き込んで繰り広げられるサクセスストーリー。
十年目の結婚記念日
あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。
特別なことはなにもしない。
だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。
妻と夫の愛する気持ち。
短編です。
**********
このお話は他のサイトにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる