そうして、誰かの一冊に。

浅野新

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世界を旅する本

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 ある時友人が本を貸してくれた。彼が住むマンションでどうすれば英語が上達するかと言う英語学習者の間で何度も繰り返される議論中に、彼がペーパーブックを読む事が上達に繋がると言い、比較的簡単な英語だからと一冊本棚から引っ張り出してきた。タイトルも作者も聞いた事がないがお気に入りの本だと言う。
後ろを見なよと言うので裏表紙をめくると、何行かに渡って文字が書いてある。なんだと思う?と友人にいたずらっぽく聞かれ、文字を何度も目で追ったがEngland→から始まり次はSpain→U.S.A→Mexicoとあるかと思えばいきなりSwedenと書いてあり規則性がない。しりとりではない事はわかるがいたずら書きにしても筆跡が全てばらばらで僕はすぐに降参を申し出た。

「想像だけどこの本は国を移動してるんじゃないかと思う」
 弾んだ声で彼が言う。海外では旅先で知り合った旅行者同士が読み終わった本を交換し合ったり、宿で持ち出し無料の本をもらう代わりに自分の持っていた本を置いていく事などがよくあるらしい。そうやって渡った本を新しく手にした旅行者が、その本を連れて行った旅先を書いているのではないかと言うのだ。友人は旅先の香港の古本屋で偶然この本を手に取り、裏の落書きに夢を感じて購入したらしい。確かに一番最後は友人の文字で「→China」と書いてある。そこまで上手い話があるかなと正直疑ったが、友人の嬉しそうな顔を見て余計な事を言うのはやめた。思えば、あれが蜜月だった。
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