39(サーティー・ナイン)

浅野新

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翌日の土曜日、サクヤは朝一番に図書館へ行き、カウンターで〝39〟を頼んだ。
昨日と同じ男性スタッフが本を渡すと、サクヤは当然のようにカウンターの中に入り、奥にある書庫室へ歩いて行く。笑顔のスタッフがその後に続いた。他のスタッフ達もサクヤを見ても笑顔で挨拶するだけで、注意をするものは誰もいなかった。
 二人が書庫室に入ると、男性スタッフは一瞬険しい表情で広い部屋を見回した。
彼は誰もいない事を確かめると、部屋の奥にある〝関係者以外立ち入り禁止〟のドアを鍵で開けた。
 部屋は物置になっていて、黴臭く、普段全く使われていないようだった。
天井の蛍光灯がちかちかと切れかけている薄暗い空間に、古いスチール棚や掃除機、モップ、壊れたパソコン等が置いてあった。暖房が効いていない為空気がかなりひんやりとしている。さらに奥に進むと、その色あせたもの達に囲まれて、灰色のコンクリートの壁と同化したような、陰気な鉄製のドアが現れた。
スタッフが鍵を開け、中を一瞥すると、振り返ってサクヤを見た。サクヤは頷き、本を抱えたまま部屋の中へ入って行く。彼の後ろで扉が重々しい音をたてて閉まり、かちりと鍵のかかる音がした。
サクヤは一人、部屋の中に取り残された。
ぐるりと明るい部屋を見渡す。
サクヤは、この部屋を見るといつも、何故か全面真っ白なルービックキューブを思い出す。
窓一つない四角い部屋は、いつでも蛍光灯が皓々と照り、ペンキを塗った直後のような、壁と床の完璧すぎる白さを映し出している。  
床はいつもピカピカに磨かれていて、塵一つ落ちていない。
部屋の中央には古い木製の、大きな長方形のテーブルと椅子が一脚ずつ置いてある。
テーブルの上には電話、電気ポット、ティーバックとコップ、部屋の隅にはトイレの小部屋があり、二十畳ほどの広い部屋にあるのはそれだけだった。
さて。
僕はテーブルに本をどすんと置き、コートを脱いでこれもテーブルに乗せた。
あくびをしながらカップにお湯を注ぐ。
最近仕事が忙しくてあまり眠れていない。
椅子に座り、ぶ厚く重い本を引き寄せる。
ページをめくった。
最初にタイトル。39と書かれている。それだけだ。
作者名は書かれていない。昔からそうだった。
ぱらぱらとページを繰り、前回読んだ所まで来ると、僕は椅子に座り直した。
確かバーバラの結婚の話だ。
ふう、と思わずため息が出る。
彼女も遂に結婚か。二十三歳だっけ。
同じ年か。
何だか親友に先を越された気持ちになる。
本の中の登場人物とは言え、二十年以上もこの物語と接していると、キャラクター達が自分の大切な友人に思えてくる。
僕はページをめくり、本を読み始めた。
バーバラの結婚を祝福する両親、兄と姉、双子の弟達。しかし彼女と友達同然に育った年子の妹だけは素直に喜べない。バーバラも又、思い出のつまった家から出て行く事に悲しみを感じ始める。
結婚式が近付いたある日、バーバラは母親に結婚したくないと泣きつく。
母親は言う。
「場所は遠く離れていても、精神的に絶対離れられない。それが家族なの。だから、安心して行ってらっしゃい」
家族。
自分の父親や母親の事を、普通名前では呼ばないものだと最近知った。

「うん。珍しいと思った」
 親友の言葉を思い出す。
「でも、僕は良いと思ったよ。親と対等みたいでさ。実際サクヤのうちって、昔からサクヤを大人扱いしてるじゃないか。何でも好きな事させてもらえるし、内心すごく羨ましかったよ」
「トムの家はそうじゃないの」
「僕の家だけじゃなくて、どこでもそうだよ。あれしろ、これしろか、あれはだめ、これはだめ。親を名前で呼ぶ? そんな事したら殺されるね」
トムと入れ替わりに、若かったピーターの顔が浮かぶ。
 サクヤ、僕とニナは本当のパパとママじゃないんだ。いつも言ってるよね。
 うん。
 だから僕達の事は名前で呼んで欲しいんだ。ピーター、ニナとね。
 うん。わかった。
 僕は紅茶を一口飲み、さらにページをめくった。
その後休憩を挟みながら四時間ほど読書をして、図書館を出た。
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