それでも恋をする愚かな君たちへ

浅野新

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 昼休み中にも、それが終わって授業が始まっても育ちゃんは教室に戻って来なかった。私は授業中何度も斜め後ろの席を振り返ったが、彼は座っていなかった。エイジは一向に気にした風がない。
 そうして一時間終わった後、私は友人に早引きすると伝え、エイジに見つからないようにこっそり教室を出た。

 廊下を走り、学校の外へと飛び出す。
 育ちゃんは、きっとあそこにいる。
 学校の後ろに小さな山がある。三百メーターほどの、山と言うより丘のような存在なのだが、上からの景色は中々いい。育ちゃんはその眺めと静寂を気に入っていた。
 果たして頂上に着くと、そこに、
 育ちゃんはいた。

 こちらに背を向け、ぽつんと立っている。
 彼の前方には、遠くに赤や黄色の秋色めいた山々が見えた。
 いつも姿勢がまっすぐで、綺麗な彼の背中が、今は痛々しかった。
 瞬間、私には分かった。
 育ちゃんは泣いている。
 彼は滅多に涙を見せない。
 でも。
 彼の背中が、全身が悲鳴を上げているのが、秋の透明な空気を通じて痛いほど伝わってきた。
 涙を流さなくても、
 泣く事はあるから。
「育ちゃん」
 秋の空気をかきわけて進む。
 張り詰めた空気が息苦しい。
 彼の白いセーターを、そっと掴んだ。
 細い背中が、ぴくりと動く。
 エイジの言葉が蘇る。
 自分に。
 厳しすぎるよ、育ちゃん。
 目の端が熱くなってきた。
 鼻の奥がつんとする。
「もういい」
 言った瞬間、目から涙が溢れた。
 育ちゃんが振り返る。
 もう一度言う。はっきりと、
 育ちゃんへ、届くように。

「もういいよ」
 育ちゃんが驚いた顔で私を見つめている。

 涙が止まらない。
 止める事ができない。
 私は繰り返しつぶやいた。
 もういいよ。
 いいから。
 育ちゃん。
 今度は、
 自由に。

 瞬間、育ちゃんに抱き締められた。
 腕や、背中が痛いほどに締め付けられる。
 私の右肩に育ちゃんが顔をうずめた。
 彼のくぐもった声が聞こえる。
「ごめん」

 何て悲痛な響きだろう。私は悲しくなって瞳を閉じる。
 育ちゃんはもう一度、ごめん、と言った。
 彼の肩が震えている。
 育ちゃんが、
 泣いている。

 私は思わず彼の背中に両手をまわし、胸に顔を押し当てて、泣いた。
 沈めようと思っても、嗚咽を止める事ができなかった。髪が涙でべたべたの頬にまとわりついていく。
 太陽の匂いのする胸。
 しなやかで強い背中。
 いつも近くにいながら、これほど強く育ちゃんを感じた事はなかった。
 どうする事もできない。
 育ちゃんを自由にしてあげられない。
 どうする事もできない。
 だって、
 必然なんかじゃない。
 私は、
 私は__

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