それでも恋をする愚かな君たちへ

浅野新

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「唐沢君」
「エイジでいいよ。皆そう呼んでる」
「・・・今月のおすすめ何にする? 」
 私は机の上に積まれた新刊本と、まだまっさらな“図書新聞五月号”の原稿を眺めながらエイジに尋ねた。同時に小さなため息が出る。 

 本当は育ちゃんと一緒にいる筈だったのに。
 図書委員なんて誰もやりたがらないから、立候補してしまえばこちらのものなのだ。だから育ちゃんと一緒にやろうと思ったのに。
 男子の委員を決める時、育ちゃんの他にエイジも手を挙げたのだ。全く予期しない事だった。
 結局ジャンケンで負けた育ちゃんが悪いのだけれど。
 私は本棚の間を楽しそうにぶらついているエイジを、ぎろりと睨んだ。
 彼が挙手しなければこんな事にならなかったのに。

 ふと彼から目を離し、静かな図書館を見回す。
 
 放課後の図書館は生徒が滅多に訪れない、ただの沈黙の箱だ。皆部活かバイトで忙しいし、昼休み中でさえもあまりここには寄り付こうとしない。恐らく、の推測だが高校に設置されている図書館通いは皆の目を気にしてわざと寄ってこないのだ。クラスメイトからガリ勉か根暗もの判定されて格好悪いと思われる事を恐れているに違いない。市営図書館には中学生も高校生も宿題できる場所がないからと呼んでいなくても集まるのに。
 せめて図書館での自習を許可すれば良いのに。静寂は好きだが、人がいなくては図書館ではない。
「はい、これ」
 エイジがいきなり私の顔の前に、一冊の本をつきつけた。今ちょうど図書館について考え事をしていた私は思わずのけぞる。
「何、びっくりするじゃない」
 渡された本を見た。
 小さな文庫本。綺麗なイラストもなければ凝った装丁でもない、ぬっぺりとした可愛げのない表紙に、難しそうなタイトルがついている。
「・・・何、これ」
 私の問いにエイジが欠伸をしながら答える。
「だから“今月お勧めの新刊”。矢野先生がこういうのも紹介しておきなさいってさ」
「これ読んだ事あるの、あの先生!? 」
 私は真新しいぴかぴかの本を裏、表と見返した。
 誰も読んだ事のない本の書評を、どう書けと言うのか。
「だから皆本を読まなくなるのよ!! 」
 憤慨する私に、エイジは別の本を手渡した。
「これも紹介しろよ」
 見ると、最近人気の推理小説だった。いわゆる純文学作品や古典ではない。それに、
「これ新刊じゃないわね」
 エイジはそこでにやりと笑った。
「矢野先生に話したんだよ。学校推薦の新刊の他に、自分達が推薦する物も一冊紹介させてもらえないかって。全て“今月の推薦本”としてね。いいアイデアだろ」
 うん、と思わず言いかけてその言葉を飲み込んだ。
 代わりにその本の表紙を見たり中をめくったりしてみる。ペーパーバックのような装丁がおしゃれな外国の作品だ。
「読んだ事あるの」
 エイジに声をかける。
「うん」
 彼は机に積まれた学校推薦図書の一冊を手に取り、ページをめくり始めた。
 ぱらぱらとページを繰る音が館内に響き渡る。
 私は彼の横顔をじっと見つめた。アーモンド形の瞳。
「で、」
 私は言った。ずっと待っている。
「で、何? 」
 本を見たままエイジが言った。
 嫌な奴。
 私の視線にも質問の意味にも気付いている癖に答えない。
 結局私の方が折れた。
「で、面白かったの? この本は」
 エイジはやっと顔を上げ、彼の癖である片方の口端だけを上げて笑った。
「うん、すっごく。じゃないと紹介しない」
 嫌な奴。
 私は憮然とした表情のまま、ペンケースからシャープペンシルと消しゴムを引っ張り出し、図書新聞の原稿を書き始めた。恐ろしくつまらなさそうな学校推薦図書を片手でめくり、どこか引用できそうな部分はないかと考えながら。
 エイジはこちらを見たまままだにやにやと笑っている。
 上目遣いで彼を睨んだ。
「海外小説の分はそっちが書いてよ」
 了解、とエイジは笑って言うと、向かい側の席に座った。
「他の分も書いてやるよ。こんなの解説写したら終わりだろ。それまで、それ読んでろよ」
 抗議する間もなく原稿用紙とシャープペンシルを取られる。
エイジはもうこちらを気にせず早速原稿を書き始めた。私はやはり憮然とした表情のまま海外小説をめくった。
 最初はエイジの様子を窺いながら小説を読んでいたが、そのうち気にならなくなり、しばらくして彼がペンを置いた時には、私はすっかり小説に没頭していた。
「終了。あ、こんな時間か。じゃ、十子、あと頼むな」
 え。
 私は、はじかれるようにして顔を上げ、エイジを見た。
 彼が楽しそうに私を見返す。
「何? 皆そう呼んでるんだろ」
 皆ではなく私の友人達だけだ。
「それとも“十子ちゃん”の方がいいか? 」
 私は顔をしかめた。
「全然似合わないわね」
 育ちゃんと違って。
「だろ? じゃあな、十子」
 エイジは一旦図書館を出ようとし、ふと振り向いて私の手にある海外本を指差した。
「それ、面白いだろ」
 そのまま風のように走り去ってしまう。
 何なのよ。

 私は仏頂面で、海外本を持ったまま図書の貸し出しカウンターの方へ歩いて行った。

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