6 / 14
6
6
しおりを挟む
「唐沢君」
「エイジでいいよ。皆そう呼んでる」
「・・・今月のおすすめ何にする? 」
私は机の上に積まれた新刊本と、まだまっさらな“図書新聞五月号”の原稿を眺めながらエイジに尋ねた。同時に小さなため息が出る。
本当は育ちゃんと一緒にいる筈だったのに。
図書委員なんて誰もやりたがらないから、立候補してしまえばこちらのものなのだ。だから育ちゃんと一緒にやろうと思ったのに。
男子の委員を決める時、育ちゃんの他にエイジも手を挙げたのだ。全く予期しない事だった。
結局ジャンケンで負けた育ちゃんが悪いのだけれど。
私は本棚の間を楽しそうにぶらついているエイジを、ぎろりと睨んだ。
彼が挙手しなければこんな事にならなかったのに。
ふと彼から目を離し、静かな図書館を見回す。
放課後の図書館は生徒が滅多に訪れない、ただの沈黙の箱だ。皆部活かバイトで忙しいし、昼休み中でさえもあまりここには寄り付こうとしない。恐らく、の推測だが高校に設置されている図書館通いは皆の目を気にしてわざと寄ってこないのだ。クラスメイトからガリ勉か根暗もの判定されて格好悪いと思われる事を恐れているに違いない。市営図書館には中学生も高校生も宿題できる場所がないからと呼んでいなくても集まるのに。
せめて図書館での自習を許可すれば良いのに。静寂は好きだが、人がいなくては図書館ではない。
「はい、これ」
エイジがいきなり私の顔の前に、一冊の本をつきつけた。今ちょうど図書館について考え事をしていた私は思わずのけぞる。
「何、びっくりするじゃない」
渡された本を見た。
小さな文庫本。綺麗なイラストもなければ凝った装丁でもない、ぬっぺりとした可愛げのない表紙に、難しそうなタイトルがついている。
「・・・何、これ」
私の問いにエイジが欠伸をしながら答える。
「だから“今月お勧めの新刊”。矢野先生がこういうのも紹介しておきなさいってさ」
「これ読んだ事あるの、あの先生!? 」
私は真新しいぴかぴかの本を裏、表と見返した。
誰も読んだ事のない本の書評を、どう書けと言うのか。
「だから皆本を読まなくなるのよ!! 」
憤慨する私に、エイジは別の本を手渡した。
「これも紹介しろよ」
見ると、最近人気の推理小説だった。いわゆる純文学作品や古典ではない。それに、
「これ新刊じゃないわね」
エイジはそこでにやりと笑った。
「矢野先生に話したんだよ。学校推薦の新刊の他に、自分達が推薦する物も一冊紹介させてもらえないかって。全て“今月の推薦本”としてね。いいアイデアだろ」
うん、と思わず言いかけてその言葉を飲み込んだ。
代わりにその本の表紙を見たり中をめくったりしてみる。ペーパーバックのような装丁がおしゃれな外国の作品だ。
「読んだ事あるの」
エイジに声をかける。
「うん」
彼は机に積まれた学校推薦図書の一冊を手に取り、ページをめくり始めた。
ぱらぱらとページを繰る音が館内に響き渡る。
私は彼の横顔をじっと見つめた。アーモンド形の瞳。
「で、」
私は言った。ずっと待っている。
「で、何? 」
本を見たままエイジが言った。
嫌な奴。
私の視線にも質問の意味にも気付いている癖に答えない。
結局私の方が折れた。
「で、面白かったの? この本は」
エイジはやっと顔を上げ、彼の癖である片方の口端だけを上げて笑った。
「うん、すっごく。じゃないと紹介しない」
嫌な奴。
私は憮然とした表情のまま、ペンケースからシャープペンシルと消しゴムを引っ張り出し、図書新聞の原稿を書き始めた。恐ろしくつまらなさそうな学校推薦図書を片手でめくり、どこか引用できそうな部分はないかと考えながら。
エイジはこちらを見たまままだにやにやと笑っている。
上目遣いで彼を睨んだ。
「海外小説の分はそっちが書いてよ」
了解、とエイジは笑って言うと、向かい側の席に座った。
「他の分も書いてやるよ。こんなの解説写したら終わりだろ。それまで、それ読んでろよ」
抗議する間もなく原稿用紙とシャープペンシルを取られる。
エイジはもうこちらを気にせず早速原稿を書き始めた。私はやはり憮然とした表情のまま海外小説をめくった。
最初はエイジの様子を窺いながら小説を読んでいたが、そのうち気にならなくなり、しばらくして彼がペンを置いた時には、私はすっかり小説に没頭していた。
「終了。あ、こんな時間か。じゃ、十子、あと頼むな」
え。
私は、はじかれるようにして顔を上げ、エイジを見た。
彼が楽しそうに私を見返す。
「何? 皆そう呼んでるんだろ」
皆ではなく私の友人達だけだ。
「それとも“十子ちゃん”の方がいいか? 」
私は顔をしかめた。
「全然似合わないわね」
育ちゃんと違って。
「だろ? じゃあな、十子」
エイジは一旦図書館を出ようとし、ふと振り向いて私の手にある海外本を指差した。
「それ、面白いだろ」
そのまま風のように走り去ってしまう。
何なのよ。
私は仏頂面で、海外本を持ったまま図書の貸し出しカウンターの方へ歩いて行った。
「エイジでいいよ。皆そう呼んでる」
「・・・今月のおすすめ何にする? 」
私は机の上に積まれた新刊本と、まだまっさらな“図書新聞五月号”の原稿を眺めながらエイジに尋ねた。同時に小さなため息が出る。
本当は育ちゃんと一緒にいる筈だったのに。
図書委員なんて誰もやりたがらないから、立候補してしまえばこちらのものなのだ。だから育ちゃんと一緒にやろうと思ったのに。
男子の委員を決める時、育ちゃんの他にエイジも手を挙げたのだ。全く予期しない事だった。
結局ジャンケンで負けた育ちゃんが悪いのだけれど。
私は本棚の間を楽しそうにぶらついているエイジを、ぎろりと睨んだ。
彼が挙手しなければこんな事にならなかったのに。
ふと彼から目を離し、静かな図書館を見回す。
放課後の図書館は生徒が滅多に訪れない、ただの沈黙の箱だ。皆部活かバイトで忙しいし、昼休み中でさえもあまりここには寄り付こうとしない。恐らく、の推測だが高校に設置されている図書館通いは皆の目を気にしてわざと寄ってこないのだ。クラスメイトからガリ勉か根暗もの判定されて格好悪いと思われる事を恐れているに違いない。市営図書館には中学生も高校生も宿題できる場所がないからと呼んでいなくても集まるのに。
せめて図書館での自習を許可すれば良いのに。静寂は好きだが、人がいなくては図書館ではない。
「はい、これ」
エイジがいきなり私の顔の前に、一冊の本をつきつけた。今ちょうど図書館について考え事をしていた私は思わずのけぞる。
「何、びっくりするじゃない」
渡された本を見た。
小さな文庫本。綺麗なイラストもなければ凝った装丁でもない、ぬっぺりとした可愛げのない表紙に、難しそうなタイトルがついている。
「・・・何、これ」
私の問いにエイジが欠伸をしながら答える。
「だから“今月お勧めの新刊”。矢野先生がこういうのも紹介しておきなさいってさ」
「これ読んだ事あるの、あの先生!? 」
私は真新しいぴかぴかの本を裏、表と見返した。
誰も読んだ事のない本の書評を、どう書けと言うのか。
「だから皆本を読まなくなるのよ!! 」
憤慨する私に、エイジは別の本を手渡した。
「これも紹介しろよ」
見ると、最近人気の推理小説だった。いわゆる純文学作品や古典ではない。それに、
「これ新刊じゃないわね」
エイジはそこでにやりと笑った。
「矢野先生に話したんだよ。学校推薦の新刊の他に、自分達が推薦する物も一冊紹介させてもらえないかって。全て“今月の推薦本”としてね。いいアイデアだろ」
うん、と思わず言いかけてその言葉を飲み込んだ。
代わりにその本の表紙を見たり中をめくったりしてみる。ペーパーバックのような装丁がおしゃれな外国の作品だ。
「読んだ事あるの」
エイジに声をかける。
「うん」
彼は机に積まれた学校推薦図書の一冊を手に取り、ページをめくり始めた。
ぱらぱらとページを繰る音が館内に響き渡る。
私は彼の横顔をじっと見つめた。アーモンド形の瞳。
「で、」
私は言った。ずっと待っている。
「で、何? 」
本を見たままエイジが言った。
嫌な奴。
私の視線にも質問の意味にも気付いている癖に答えない。
結局私の方が折れた。
「で、面白かったの? この本は」
エイジはやっと顔を上げ、彼の癖である片方の口端だけを上げて笑った。
「うん、すっごく。じゃないと紹介しない」
嫌な奴。
私は憮然とした表情のまま、ペンケースからシャープペンシルと消しゴムを引っ張り出し、図書新聞の原稿を書き始めた。恐ろしくつまらなさそうな学校推薦図書を片手でめくり、どこか引用できそうな部分はないかと考えながら。
エイジはこちらを見たまままだにやにやと笑っている。
上目遣いで彼を睨んだ。
「海外小説の分はそっちが書いてよ」
了解、とエイジは笑って言うと、向かい側の席に座った。
「他の分も書いてやるよ。こんなの解説写したら終わりだろ。それまで、それ読んでろよ」
抗議する間もなく原稿用紙とシャープペンシルを取られる。
エイジはもうこちらを気にせず早速原稿を書き始めた。私はやはり憮然とした表情のまま海外小説をめくった。
最初はエイジの様子を窺いながら小説を読んでいたが、そのうち気にならなくなり、しばらくして彼がペンを置いた時には、私はすっかり小説に没頭していた。
「終了。あ、こんな時間か。じゃ、十子、あと頼むな」
え。
私は、はじかれるようにして顔を上げ、エイジを見た。
彼が楽しそうに私を見返す。
「何? 皆そう呼んでるんだろ」
皆ではなく私の友人達だけだ。
「それとも“十子ちゃん”の方がいいか? 」
私は顔をしかめた。
「全然似合わないわね」
育ちゃんと違って。
「だろ? じゃあな、十子」
エイジは一旦図書館を出ようとし、ふと振り向いて私の手にある海外本を指差した。
「それ、面白いだろ」
そのまま風のように走り去ってしまう。
何なのよ。
私は仏頂面で、海外本を持ったまま図書の貸し出しカウンターの方へ歩いて行った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
もしもしお時間いいですか?
ベアりんぐ
ライト文芸
日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。
2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。
※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件
石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」
隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。
紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。
「ねえ、もっと凄いことしようよ」
そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。
表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。
希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々
饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。
国会議員の重光幸太郎先生の地元である。
そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。
★このお話は、鏡野ゆう様のお話
『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981
に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。
★他にコラボしている作品
・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/
・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/
・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376
・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232
・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/
・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

影武者として生きるなら
のーが
ライト文芸
自在に他人の姿に化けられる能力を持つ影武者の一族は、他人の身代わりとなるべく生を受け、他人の身代わりとしての死を強制される。影武者の管理者となった柊落葉は、久川楓という影武者の管理を任される。望まない生き方を強いられながら、しかし楓は抵抗を諦めていた。
そんな彼女に落葉は手を差し伸べた。
それが、彼女の管理者になった目的だった。
*他サイト(カクヨム)にも投稿しています。
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
さとうと編集。
cancan
ライト文芸
主人公、天月さとうは高校三年生女子。ライトノベル作家を目指している。若いながらも世の中の歪みのようなものと闘いながら日々の生活を一生懸命に生きている。若手女性声優とお金が大好き
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる