3 / 14
3
3
しおりを挟む
休み時間中、私は有香達が戻ってくるのを自席で待っていた。廊下から聞こえてくる黄色い笑い声とは対照的な、がらんとした教室を見渡す。さっきまで一緒にいた育ちゃんも友達と出て行った。
退屈を感じる前に大きな欠伸をした。
前方の少し離れた席に座っている男子を何となく眺めながら。
ふと、後ろのドアから誰かが入ってきた気配がした。太い声が教室内に響く。
「エイジ! 」
席に座っていた男子が振り返る。
彼が立ち上がりかけた時、机の上のシャープペンシルが一本、音を立てて落ちた。
シャープペンシルがころころと私の方へ転がる。
それをじっと見つめながら、思った。
エイジ。
そんな人__いただろうか。
私はよく、名前と人を覚える能力が欠けていると言われる。
三年生にもなって学年生徒全員が分からないから、らしい。
私から言わせれば、友人でもなく、一度も同じクラスになった事がない人さえも覚えている、つまり同学年の生徒全員の名前と顔を知っている事の方が、記憶力を無駄に使っている気がする。
ふとエイジと呼ばれた男子の机を見る。脇にかけられたスポーツバッグに、「唐沢」と言う文字が見えた。
そう言えば有香達が騒いでいた。
唐沢君と一緒のクラスだとか何とか。
そうか。
この人が唐沢エイジか。
唐沢エイジは相手に
「ちょっと待って」
と言い、立ち上がった。
私は足元に転がってきたシャープペンシルを座った姿勢のまま、だるそうに手を伸ばして拾い上げた。実際だるかったかもしれない。
唐沢エイジが近付いてくる。私の顔を正面から見据えるとにっこりと笑った。
「ありがとう」
何となくかちんときた。
普通の男子はふざけた感じで「悪い」だけでいい。それとも照れくさそうに「あ、ども」と言うか。
「ありがとう」を言っていいのは育ちゃんだけ。格好つけずに本当に嬉しそうに笑う、育ちゃんのような人だけ。
私は彼の顔から目を離さないまま、シャープペンシルを手渡した。
背が高く、少し日に焼けた肌。
短く清潔に切られた黒髪。
鋭い切れ長の目。
サッカー部に入っていると聞いた。
ふと。
ざわざわと、
記憶がざわざわと私の心をかき乱す。
唐沢エイジも私をじっと見つめている。
危ない。
記憶がそう告げている。
私は無意識のうちに彼をにらみつけていた。
唐沢エイジは再びにっこり笑うとシャープペンシルを受け取り、ゆっくりとクラスメイト達の所へ歩いて行った。
私は顔だけを少し後ろに向けて、その後姿を見送った。
どくん。
突然心臓の音が大きく感じられる。
やはり。
似ている。
退屈を感じる前に大きな欠伸をした。
前方の少し離れた席に座っている男子を何となく眺めながら。
ふと、後ろのドアから誰かが入ってきた気配がした。太い声が教室内に響く。
「エイジ! 」
席に座っていた男子が振り返る。
彼が立ち上がりかけた時、机の上のシャープペンシルが一本、音を立てて落ちた。
シャープペンシルがころころと私の方へ転がる。
それをじっと見つめながら、思った。
エイジ。
そんな人__いただろうか。
私はよく、名前と人を覚える能力が欠けていると言われる。
三年生にもなって学年生徒全員が分からないから、らしい。
私から言わせれば、友人でもなく、一度も同じクラスになった事がない人さえも覚えている、つまり同学年の生徒全員の名前と顔を知っている事の方が、記憶力を無駄に使っている気がする。
ふとエイジと呼ばれた男子の机を見る。脇にかけられたスポーツバッグに、「唐沢」と言う文字が見えた。
そう言えば有香達が騒いでいた。
唐沢君と一緒のクラスだとか何とか。
そうか。
この人が唐沢エイジか。
唐沢エイジは相手に
「ちょっと待って」
と言い、立ち上がった。
私は足元に転がってきたシャープペンシルを座った姿勢のまま、だるそうに手を伸ばして拾い上げた。実際だるかったかもしれない。
唐沢エイジが近付いてくる。私の顔を正面から見据えるとにっこりと笑った。
「ありがとう」
何となくかちんときた。
普通の男子はふざけた感じで「悪い」だけでいい。それとも照れくさそうに「あ、ども」と言うか。
「ありがとう」を言っていいのは育ちゃんだけ。格好つけずに本当に嬉しそうに笑う、育ちゃんのような人だけ。
私は彼の顔から目を離さないまま、シャープペンシルを手渡した。
背が高く、少し日に焼けた肌。
短く清潔に切られた黒髪。
鋭い切れ長の目。
サッカー部に入っていると聞いた。
ふと。
ざわざわと、
記憶がざわざわと私の心をかき乱す。
唐沢エイジも私をじっと見つめている。
危ない。
記憶がそう告げている。
私は無意識のうちに彼をにらみつけていた。
唐沢エイジは再びにっこり笑うとシャープペンシルを受け取り、ゆっくりとクラスメイト達の所へ歩いて行った。
私は顔だけを少し後ろに向けて、その後姿を見送った。
どくん。
突然心臓の音が大きく感じられる。
やはり。
似ている。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
もしもしお時間いいですか?
ベアりんぐ
ライト文芸
日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。
2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。
※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件
石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」
隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。
紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。
「ねえ、もっと凄いことしようよ」
そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。
表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

影武者として生きるなら
のーが
ライト文芸
自在に他人の姿に化けられる能力を持つ影武者の一族は、他人の身代わりとなるべく生を受け、他人の身代わりとしての死を強制される。影武者の管理者となった柊落葉は、久川楓という影武者の管理を任される。望まない生き方を強いられながら、しかし楓は抵抗を諦めていた。
そんな彼女に落葉は手を差し伸べた。
それが、彼女の管理者になった目的だった。
*他サイト(カクヨム)にも投稿しています。
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
さとうと編集。
cancan
ライト文芸
主人公、天月さとうは高校三年生女子。ライトノベル作家を目指している。若いながらも世の中の歪みのようなものと闘いながら日々の生活を一生懸命に生きている。若手女性声優とお金が大好き
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる