それでも恋をする愚かな君たちへ

浅野新

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 休み時間中、私は有香達が戻ってくるのを自席で待っていた。廊下から聞こえてくる黄色い笑い声とは対照的な、がらんとした教室を見渡す。さっきまで一緒にいた育ちゃんも友達と出て行った。
 退屈を感じる前に大きな欠伸をした。
 前方の少し離れた席に座っている男子を何となく眺めながら。
 
 ふと、後ろのドアから誰かが入ってきた気配がした。太い声が教室内に響く。
「エイジ! 」
 席に座っていた男子が振り返る。
 彼が立ち上がりかけた時、机の上のシャープペンシルが一本、音を立てて落ちた。
 シャープペンシルがころころと私の方へ転がる。
 それをじっと見つめながら、思った。
 エイジ。
 そんな人__いただろうか。

 私はよく、名前と人を覚える能力が欠けていると言われる。
 三年生にもなって学年生徒全員が分からないから、らしい。
 私から言わせれば、友人でもなく、一度も同じクラスになった事がない人さえも覚えている、つまり同学年の生徒全員の名前と顔を知っている事の方が、記憶力を無駄に使っている気がする。
 ふとエイジと呼ばれた男子の机を見る。脇にかけられたスポーツバッグに、「唐沢」と言う文字が見えた。

 そう言えば有香達が騒いでいた。
 唐沢君と一緒のクラスだとか何とか。
 そうか。
 この人が唐沢エイジか。

 唐沢エイジは相手に
「ちょっと待って」
と言い、立ち上がった。
 私は足元に転がってきたシャープペンシルを座った姿勢のまま、だるそうに手を伸ばして拾い上げた。実際だるかったかもしれない。
 唐沢エイジが近付いてくる。私の顔を正面から見据えるとにっこりと笑った。
「ありがとう」
 何となくかちんときた。

 普通の男子はふざけた感じで「悪い」だけでいい。それとも照れくさそうに「あ、ども」と言うか。
「ありがとう」を言っていいのは育ちゃんだけ。格好つけずに本当に嬉しそうに笑う、育ちゃんのような人だけ。

 私は彼の顔から目を離さないまま、シャープペンシルを手渡した。

 背が高く、少し日に焼けた肌。
 短く清潔に切られた黒髪。 
 鋭い切れ長の目。
 サッカー部に入っていると聞いた。

 ふと。
 ざわざわと、
 記憶がざわざわと私の心をかき乱す。
 唐沢エイジも私をじっと見つめている。

 危ない。

 記憶がそう告げている。

 私は無意識のうちに彼をにらみつけていた。
 唐沢エイジは再びにっこり笑うとシャープペンシルを受け取り、ゆっくりとクラスメイト達の所へ歩いて行った。
 私は顔だけを少し後ろに向けて、その後姿を見送った。

 どくん。
 突然心臓の音が大きく感じられる。
 やはり。
 似ている。
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