9 / 15
8
曜
しおりを挟む
空は穏やかに晴れ、澄み渡っている。薄いさわやかな水色。
冷たいけれど清清しい。
気分が良くなって両手を後ろに組み、思い切り胸を反らす。背中がぎしぎし言っている。
「んー、気持ちいい」
そのままの姿勢で首だけ後ろに回す。
「俺、晴れ男なんだ」
少し後ろを歩いていたさくらがにっこりと微笑む。
「私もよ」
俺はそれだけで、世界一の幸せ者になった気持ちになる。
「さくら、行こう」
彼女の手を握り、少し強めに引っ張った。彼女の華奢で少し冷たい手の感触を右手にとらえながら、遊園地のゲートをくぐった。
開園早々だと言うのに、園内には大勢の人で賑わっている。
既に人垣が出来ているぬいぐるみのキャラクター達の横を、ふいと通り過ぎる。俺はもちろん、さくらも特に興味はないのだ。
さくらは建物や大道芸人達やアトラクションをきょろきょろ見回している。
「さくら、ここ初めてだったっけ」
「他には行った事あるの」
彼女は形の良い眉を寄せて、少し考えた。
「・・・あるけど。かなり前に行ったきり。十年以上前は前かしら」
「へえ」
と言いつつ、やっぱり、と思った。
彼女と遊園地はどことなく雰囲気が違う。
例えば彼女の雰囲気は、雨、図書館、平日のカフェ、画材道具でいっぱいの仕事場。
それに、
と思いかけて頭を振る。振っても一旦思ったイメージは、脳裏に断片となってぐさりと残る。
それに、彼女を連れ出す男達は、俺と聖司を除いて、
もっと年上で金持ちで、
遊園地な雰囲気の奴じゃないだろう。
「面白いわね、遊園地」
さくらの言葉でふと我に返る。右手は彼女の手を硬く握り締めたままで。
何で、と聞くと、彼女は本当に楽しそうに答えた。
「私が行かない所だもの」
俺は笑って、行こう、と手を引っ張った。
二月の遊園地は程よく空いていて快適だった。
俺達はどんどん歩いた。どんどん観た。どんどん乗った。一緒に驚いて、興奮して、笑い合った。
「さくら! さくら、さくら!! 」
俺はさくらの手を強く引っ張った。
「ほら、あそこ開いたよ、急がないと」
彼女の名前を何度も呼ぶ。
さくらがそこにいる事を確かめるように。
呼ぶと彼女が俺の方を向く事を、どこにいても、何をしていても俺の方を向く事を確かめる為に。
彼女が困ったように笑う。
「曜といると目立つわ」
確かに元々目立つ方、だと思う。
例えば雑踏の中で女性とすれ違う時、時々俺を見る女性の視線を感じていたし、電車の中で偶然目が合った女子中、高生が黄色い声で騒ぐのも気が付いていた。
前はそういう視線を気にしていた。
でも今は、そんな事どうでもいい。ただ、さくらだけが俺を見てくれていたらいい。
彼女が俺といる時は、俺だけを見て欲しくて、オーバーリアクション気味になってしまう。
俺はいつもよりよくしゃべって、よく笑って、よくおどけて、よく走る(ここは遊園地だ)。
そうしてさくらが笑うと、俺は体が溶ける様な安心を覚える。そうして、安心、する筈なのに、もう安堵は次の瞬間不安に押しつぶされそうになる。
聖司といる時も、彼女はこんなに笑っているのだろうか。
こんな表情を見せるのだろうか。
ふう、と俺はため息をついた。
せっかくさくらといるのに。
「曜、ちょっと待って、さすが若いわね、こっちは辛いわ」
さくらが軽く息を弾ませて俺を引っ張ったので、俺は駆け出しそうになった足を止めた。
「ちょっと休もうか」
すぐ傍にあったワゴンでアイスティーを二つ買い、空いていたチェアーに座った。目の前の通りを人々が楽しそうに歩いて行く。ほとんどがカップルだ。
「・・・さくら」
「うん? 」
「遊園地で良かったかな。楽しい? 」
俺といて。
「もちろんよ。久しぶりだから、はしゃぎすぎてちょっとばててるけど」
笑顔で息を切らせている彼女を、俺はぼんやりと見つめた。
何故だろう。
会えば会うほどさくらを好きになる。
そして、会えば会うほど苦しくなってゆく。
二人でいても、いつももう一つの影が見え隠れする。
二人でいる時は聖司の話は絶対しない。
偶然彼の話が出ても無視するか、すぐ話題を変える。俺は意図的に、さくらはきっと俺に気を使って。
さくらの部屋には恋人の写真や誰かにもらったプレゼントらしき物も置いていないから、俺が行く時はいつも他に恋人がいた痕跡は見つからない。なのに、そこかしこに俺は幽霊のように聖司の気配を感じている。
全く痕跡はないのに。
俺が行く時は、この部屋は俺だけを迎えてくれている事がわかっているのに、ソファに座るとここに聖司が座っているのか気になり、紅茶を飲むと聖司も同じ紅茶を飲んだか気になるのだ。
さくらと話す時も、彼は笑うのだろうか。いつも俺に見せるような清潔な彼の笑顔を。
駄目だ。
二人でいるのに、いつも俺達は三人でいる。
三人の気配がある。
園内は陽気な音楽が流れ続けていた。
冷たいけれど清清しい。
気分が良くなって両手を後ろに組み、思い切り胸を反らす。背中がぎしぎし言っている。
「んー、気持ちいい」
そのままの姿勢で首だけ後ろに回す。
「俺、晴れ男なんだ」
少し後ろを歩いていたさくらがにっこりと微笑む。
「私もよ」
俺はそれだけで、世界一の幸せ者になった気持ちになる。
「さくら、行こう」
彼女の手を握り、少し強めに引っ張った。彼女の華奢で少し冷たい手の感触を右手にとらえながら、遊園地のゲートをくぐった。
開園早々だと言うのに、園内には大勢の人で賑わっている。
既に人垣が出来ているぬいぐるみのキャラクター達の横を、ふいと通り過ぎる。俺はもちろん、さくらも特に興味はないのだ。
さくらは建物や大道芸人達やアトラクションをきょろきょろ見回している。
「さくら、ここ初めてだったっけ」
「他には行った事あるの」
彼女は形の良い眉を寄せて、少し考えた。
「・・・あるけど。かなり前に行ったきり。十年以上前は前かしら」
「へえ」
と言いつつ、やっぱり、と思った。
彼女と遊園地はどことなく雰囲気が違う。
例えば彼女の雰囲気は、雨、図書館、平日のカフェ、画材道具でいっぱいの仕事場。
それに、
と思いかけて頭を振る。振っても一旦思ったイメージは、脳裏に断片となってぐさりと残る。
それに、彼女を連れ出す男達は、俺と聖司を除いて、
もっと年上で金持ちで、
遊園地な雰囲気の奴じゃないだろう。
「面白いわね、遊園地」
さくらの言葉でふと我に返る。右手は彼女の手を硬く握り締めたままで。
何で、と聞くと、彼女は本当に楽しそうに答えた。
「私が行かない所だもの」
俺は笑って、行こう、と手を引っ張った。
二月の遊園地は程よく空いていて快適だった。
俺達はどんどん歩いた。どんどん観た。どんどん乗った。一緒に驚いて、興奮して、笑い合った。
「さくら! さくら、さくら!! 」
俺はさくらの手を強く引っ張った。
「ほら、あそこ開いたよ、急がないと」
彼女の名前を何度も呼ぶ。
さくらがそこにいる事を確かめるように。
呼ぶと彼女が俺の方を向く事を、どこにいても、何をしていても俺の方を向く事を確かめる為に。
彼女が困ったように笑う。
「曜といると目立つわ」
確かに元々目立つ方、だと思う。
例えば雑踏の中で女性とすれ違う時、時々俺を見る女性の視線を感じていたし、電車の中で偶然目が合った女子中、高生が黄色い声で騒ぐのも気が付いていた。
前はそういう視線を気にしていた。
でも今は、そんな事どうでもいい。ただ、さくらだけが俺を見てくれていたらいい。
彼女が俺といる時は、俺だけを見て欲しくて、オーバーリアクション気味になってしまう。
俺はいつもよりよくしゃべって、よく笑って、よくおどけて、よく走る(ここは遊園地だ)。
そうしてさくらが笑うと、俺は体が溶ける様な安心を覚える。そうして、安心、する筈なのに、もう安堵は次の瞬間不安に押しつぶされそうになる。
聖司といる時も、彼女はこんなに笑っているのだろうか。
こんな表情を見せるのだろうか。
ふう、と俺はため息をついた。
せっかくさくらといるのに。
「曜、ちょっと待って、さすが若いわね、こっちは辛いわ」
さくらが軽く息を弾ませて俺を引っ張ったので、俺は駆け出しそうになった足を止めた。
「ちょっと休もうか」
すぐ傍にあったワゴンでアイスティーを二つ買い、空いていたチェアーに座った。目の前の通りを人々が楽しそうに歩いて行く。ほとんどがカップルだ。
「・・・さくら」
「うん? 」
「遊園地で良かったかな。楽しい? 」
俺といて。
「もちろんよ。久しぶりだから、はしゃぎすぎてちょっとばててるけど」
笑顔で息を切らせている彼女を、俺はぼんやりと見つめた。
何故だろう。
会えば会うほどさくらを好きになる。
そして、会えば会うほど苦しくなってゆく。
二人でいても、いつももう一つの影が見え隠れする。
二人でいる時は聖司の話は絶対しない。
偶然彼の話が出ても無視するか、すぐ話題を変える。俺は意図的に、さくらはきっと俺に気を使って。
さくらの部屋には恋人の写真や誰かにもらったプレゼントらしき物も置いていないから、俺が行く時はいつも他に恋人がいた痕跡は見つからない。なのに、そこかしこに俺は幽霊のように聖司の気配を感じている。
全く痕跡はないのに。
俺が行く時は、この部屋は俺だけを迎えてくれている事がわかっているのに、ソファに座るとここに聖司が座っているのか気になり、紅茶を飲むと聖司も同じ紅茶を飲んだか気になるのだ。
さくらと話す時も、彼は笑うのだろうか。いつも俺に見せるような清潔な彼の笑顔を。
駄目だ。
二人でいるのに、いつも俺達は三人でいる。
三人の気配がある。
園内は陽気な音楽が流れ続けていた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

幼馴染はファイターパイロット(アルファ版)
浅葱
恋愛
同じ日に同じ産院で生まれたお隣同士の、西條優香と柘植翔太。優香が幼い頃、翔太に言った「戦闘機パイロットになったらお嫁さんにして」の一言から始まった夢を叶えるため、医者を目指す彼女と戦闘機パイロットを目指す未来の航空自衛隊員の恋のお話です。
※小説家になろう、で更新中の作品をアルファ版に一部改変を加えています。
宜しければ、なろう版の作品もお読み頂ければ幸いです。(なろう版の方が先行していますのでネタバレについてはご自身で管理の程、お願い致します。)
当面、1話づつ定時にアップしていく予定です。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる