【アルファポリス恋愛小説大賞奨励賞いただきました】三人

浅野新

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聖司

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 リビングとは別にあるさくらさんの仕事部屋には、机と、資料でいっぱいの高い本棚がある。
 本棚の中には人物のポーズ集や花や外国の建物の写真集、美術書等五万と並んでいた。机の上や周りの壁には人物のラフスケッチがいくつも貼ったり置かれたりしている。

 さくらさんはイラストレーターなのだ。人物と花を組み合わせて描くのが得意らしい。

 彼女の部屋兼仕事場には初めて入った。

 いつもと違う雰囲気に少し緊張する。
 さくらさんは何でも遠慮なく見てくれていいのよ、と言うが、そう言われて作品に触れるわけにもいかず、僕は手持ち無沙汰に机の上の様々な種類の筆や、色とりどりの色鉛筆や絵の具を眺めていた。
 さくらさんはそんな僕をしばらく楽しそうに見つめ、言った。

「聖司君、モデルになってくれる? 」

 返事をするのにしばらく時間がかかった。

「・・・何をすればいいの」
「大体、体の線がわかったらいいんだけど・・・。大丈夫よ、ヌードじゃないから」
 さくらさんは僕の顔を見てふふふ、と笑う。
「でも、やっぱり上だけ脱いでもらおうかしら。寒くて悪いけど」

「モデルなら、曜の方が様になるよ」と言おうとして思った。
 さくらさんは、彼ならもう描いているだろう。

 サッカーで鍛えた、日に焼けた、細身だが筋肉質の体。彼なら綺麗なモデルになるだろうから。

 僕はセーターと、その下に着ていたTシャツを脱いだ。
 暖房が効いているとは言え、上半身裸ではさすがに肌寒い。さくらさんが近くにファンヒーターを置いてくれたので、早速それに近寄る。
体が温まると、さくらさんの注文どおり、彼女に背を向けて床に座り、少し体をひねって彼女の方を振り向いた。

「その姿勢でいてね」
 さくらさんは上機嫌で鉛筆をスケッチ帳の上に走らせていく。

「聖司君、綺麗だから、描き甲斐があるわ」

 僕を見る彼女の目が、真剣で強い仕事の眼になっていて、少し驚いた。社会と接点がある事に。

 彼女ならいろんな恋人がいて、その中にはきっと裕福な人もいて、何もしなくても悠々と暮らせそうな気がする。そんな感じが似合う。

 でも、彼女は許さないのだろう。与えられ続けることに。

 社会を、世界を知らない人だと思っていた。

 そして、それでいいと思っていた。
 世界は、曜や僕や今までの、そしてこれからの恋人達が運んでくる。
 彼女は、僕達の次の恋人には、きっと僕達とは違う世界を持った人を選ぶだろうから。

 さくらさんに他にも恋人がいるかなんて分からない。聞いた事もない。

 ただ、今は僕と曜だけのような気がする。何となく。

 さくらさんが描く手を休めずに聞いた。
「聖司君は、遊園地って行くの」

「・・・あんまり」
「やっぱりね。曜と行くのよ。久しぶりだわ」
 思わず笑ってしまった。さくらさんが尋ねる。
「何、どうしたの」
「曜らしいなって」
 そうね、とさくらさんも笑った。
「確かに彼らしいわよね」

 僕と曜はさくらさんの話はしない。

 彼女自身の事や、彼女に関わる全ての事一切話さないし、お互い聞きもしない。

 曜が嫌がるのだ。

 お互いさくらさんと付き合っているのに、彼はまるでそんな事を全く知らないかのように振舞い、僕は時々混乱する。

 さくらさんの事で、曜はいつも僕に対してライバル心をむき出しにするから。
 僕はそれに戸惑ったり、時には羨ましくなったりもする。喜怒哀楽の激しい曜。なんと表現すればいいのか難しいけれど、瞬間瞬間を生きている人間のような気がする。一瞬で燃え上がる炎のような。

 曜はいい奴だ。
 本当にそう思う。
 難しい事は何も言わないのに、頭が悪いとは思えない。曜の言葉は素直に胸に響く。

 だから、さくらさんは幸せだと思う。曜と付き合っていて。

 曜と僕は見る物も好きな物も好きな事も全部が違う。

 曜は遊園地にさくらさんを連れて行く。
 さくらさんはきっと、今よりたくさん笑う。たくさんしゃべる。はしゃぎまわるかもしれない。そこには僕の知らないさくらさんがたくさんいる。

 僕は楽しそうな彼女を思い描いて幸せになる。 

 静かな部屋の中で、壁時計の音と、さくらさんの鉛筆を動かす音を聞きながら、僕はとても満ち足りた気分になっていた。


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