【アルファポリス恋愛小説大賞奨励賞いただきました】三人

浅野新

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聖司

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「俺、変わった? 変わったよな、絶対」

 曜はそう言うと、両手を組み、真上に引っ張ってうーんと大きく伸びをした。
 長い手足をもてあましているかのように。切れ長の瞳が僕を見る。時に攻撃的な、黒く、強い光を放つ瞳が。
 彼が首を回すと、ぽきぽきっといい音がした。漆黒の短い髪が揺れる。

 二月の朝は冷たくて、いつもどんよりと薄暗い。月曜日は尚更そう感じる。少し日に焼けた曜の精悍な横顔も、今日は元気がないように見える。

僕達は通学路を並んで歩いていた。

 曜は僕の幼馴染で、同じ高校に通っている。お互いに趣味も性格も、全てが違うのに何故か気が合って、昔から一緒に行動している。違いが多すぎる事が却って安心するのかもしれない。何が安心するのか、は僕は分からないけれど、きっと彼もそうだと感じるから一緒にいるんだろうと思う。
 
 これは偶然だったが、アルバイト先も僕達は同じカフェで働いている。

 さくらさんはそのカフェの常連だった。
 彼女を初めて見た時、現実感のない人だと思った。線が細く、華奢な彼女はふわりふわりと歩いてきて、席はたくさん空いていたが迷う事なくまっすぐひとつの席に座った。

 オーダーは曜が取り、僕が食事を運んだ。アッサムティーの入ったポットとカップにミルク、スコーンののった皿を置くと、彼女はゆっくりと顔を上げて僕をまっすぐに見つめた。
「ありがとう」

 そうして僕と曜は、さくらさんに恋をした。


 ついこの間の事のようだ。確かに、まだ去年の事だから。あの時は梅雨で、色も空気も日常も半透明のオブラートに包まれていた。

 また。あのときの事も。
さくらさんは何て言ったか。

 僕は今でもはっきり覚えている。

「一人だけを愛し続ける事はできないの」

 さくらさんは静かにそう告げた。

 付き合ってください、と僕が彼女に告白したのは去年の九月、まだ残暑が厳しい午後の事だった。

 カフェの裏手は日陰になっていて少しだけ涼しい風が吹いていた。陰になった彼女の顔色がかすかに青白く見える。

 どう言う意味ですか、と尋ねる前に彼女が再び口を開いた。
「だから、私は一人とは付き合えない。あなたも、あの人もとてもいい人だけれど・・・、どちらかは選べないの」

 ひとりじゃ駄目なのよ。

 後半のさくらさんの声は聞き取れないくらい弱々しくなった。

 一人では駄目。

 僕はゆっくり頭の中を整理した。

 整理して、僕は自分が驚くほど早くその意味を理解した。

「・・・曜にもそう言ったんですか」
 曜は昨日さくらさんに告白していた筈だ。負けないからな、と言った彼の強気な笑顔を思い出す。緊張した後ろ姿も。その後の事は何も聞いていなかった。

 さくらさんは微かに頷いた。
「理解できないって言われちゃったわ。・・・そうでしょうね。そうだと思う。だけど私はずっとこうしてきたから。こういう方法じゃないと駄目だから。・・・でもあなた達は若いから、ちゃんとした恋愛をした方がいいわ」

 正しい恋愛を、と彼女は付け足した。何となく、寂しそうに。

 僕は少し考えて、言った。遠くで蝉の鳴く声がする。
「二人なら・・・僕と曜なら、いいんですよね」

 さくらさんは疑わしげに僕を見上げた。
「曜に聞いてみます。彼がいいのなら問題ないんですよね。__僕は構わないから」


 何故だか僕は理解したのだ。

 一人と付き合えないと言う事は、さくらさんは一人以上となら問題はないと言う事を。

 そんな事僕は今まで経験した事がなかったし、考えてみた事もなかった。
それでも不思議と抵抗感はなかった。僕以外に彼女と付き合う人が赤の他人だったなら、あったかもしれないけれど。

 でも、相手が曜なら。僕のよく知っている彼なら。

 それに、
「ほんとうに、いいの」

 何度も同じ台詞を繰り返す、彼女の、さくらさんの悲しそうな顔を、これ以上は見たくなかったのだ。 
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