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「一人を愛せないってどういう意味」
 俺は果物ナイフで林檎の皮を剥きながら、さくらに尋ねた。背後にある台所では彼女が戸棚を開け閉めする音や、お湯の沸騰する音がしている。彼女はこれから紅茶を入れるに違いない。

 さくらの、ふふ、と言う笑い声がした。
「曜はいつもまっすぐね。・・・あ、やっぱり雪になっちゃったわね」

 雪、と言う言葉につられて正面の大きな窓を見ると、いつの間にか粉雪が舞い始めていた。どうりで冷える筈だ。

「意味は前言った通りよ」

 すぐ背後で声がしたので振り向くと、さくらが皿をこちらに差し出して立っていた。俺は皿を受け取り、切った林檎を並べてテーブルに置いた。
「それがよく分からないんだよな」
 何度聞いても。

 並べたばかりの林檎を一つ取ってかじる。手と口の中に広がる一瞬ひやりとした感触。
「・・・分からない方がいいかもしれないわ」
 さくらの話し方が珍しく強かったので、心配になって彼女を見上げた。俺の顔を見て、彼女はいつも通りのゆったりとした笑顔になる。
「紅茶が入ったわ。ここのクッキー美味しいのよ。そっちに運んでくれる? 」
 俺は立ち上がり、台所からティーカップやポットや紙ナプキンを、元いた居間のテーブルまで運んだ。全て運び終えると、振り返って台所で立ち働くさくらを見つめた。

 端整な横顔。華奢な腕。折れそうな腰。さらさらの長い黒髪。

何もかもが華奢でやせぎすなくらいなのに、うっとりするほど色気がある。力はどう見たってこちらの方が上なのに、彼女の色気と瞳には全く敵わない。
力なんて、なんにもならない、と初めて分かった。その目で見つめられると、俺は従順な犬になる。

とび色の、強い光を放つ瞳。

「どこを見ているの」
 クッキーをこちらへ運びながらさくらが問う。低く、ゆったりとした甘い声。それだけで幸福な気持ちになる。

「さくら」

 俺は即答した。もちろん、と言うように胸を張って。
「さくらの顔とか髪とか体とか。さくらの全部」
 彼女は、ふ、と微笑んだ。

 その笑顔があまりに綺麗で優しかったので、言った本人であるこちらが何故だか耳まで赤くなった。
「何だよ、本当だよ」

さくらは再び微笑み、隣にそっと座ると俺の髪を撫で、わかってるわ、と言った。

ちらついていた粉雪は、いつの間にか降り止んで、残骸が屋根にうっすら白く残っていた。
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