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十突き目 男と女

ありきたりの日常の中で

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朝、目覚めると横に可愛い寝顔がある。
それだけで、恵は満たされた気持ちになっている。
口を半開きにして、掛けたまま眠ったのだろう眼鏡が目の位置とは違う所にある琴音。
そっとその眼鏡を外すと、う~んと、顔を腕の中に埋めてしまう琴音。
その寝顔を黙って見つめる恵は、ちょっかいを出したくなる。
顔にかかる髪をつまむと鼻をコショコショとする恵。
琴音は虫でも払うかのように、手があっち行けをする。
ムフッと、さらに調子に乗る恵。
ティッシュを掴むと、手のひらでこねて先を尖らせる。
その先を琴音の鼻の穴に、そっと差し込む。
「うるさい」
琴音の手が大きく振りかぶる。その肘が恵の顔面を思い切りとらえる。ゴン
一瞬、火花が散る恵は、鼻を押さえてうずくまる。
身から出た錆。自業自得。藪蛇(藪をつついて蛇を出す)。便利な言葉がたくさんあるもので、その言葉の意味を深く胸に刻む恵であった。
「ん?どうしたんですか?恵さん」
琴音が目を覚まし、体を起こすと鼻を押さえている恵を見る。
「なんでも、ないよ」
手を離すと鼻血が
「な、何したんですか?鼻血出てるじゃないですか?」
(君の肘鉄喰らったとは言えない)
「あ、いや、君を見てたら興奮しちゃって」
その言葉に素直に喜ぶ琴音。
「・・する?」
上目使いに、くるまった掛け布団を開いて、チラ見せする琴音。
こういうのって、棚からぼた餅とでも言うのか。
「頂きま~す」
琴音に飛びつく恵。
「あん♡」

        ・・

琴音が、朝食用にパンを焼いている。
コーヒーの香りと混じって香ばしい匂いが立ち込める。
顔を洗おうと洗面台に立つ恵は、あることに気づいた。
コップに置かれていた古びた歯ブラシが一本無くなっていて、新しいものが置かれていた。
こうやって、お互いの部屋に相手の物が増えていくんだな、と考えている恵。
ん?俺たちって、付き合ってるの?
デートらしいことしてないよな?
成り行きでいきなり、こうなったけど、知らずに知らずに惹かれあってたな、俺たち。
そんなことを考えていると後ろから琴音が抱きついてきた。
「歯磨き?」
見ると眼鏡の上から瞳を覗かせている琴音。
「うん、これ用意してくれたんだね」
「あ、それね。昨日、買っておいたんだよ」
恵を覗き込むように話す琴音の唇を、恵の唇が塞ぐ。
目を閉じて笑う琴音を見て恵も嬉しくなって笑みを浮かべる。
こんな些細な一瞬が幸せに思えた。
琴音は、新しい歯ブラシを取ると歯磨き粉を付けて恵に渡す。
恵は待ってと、自分の歯ブラシを預けると琴音の歯ブラシに歯磨き粉を付け琴音に差し出し、互いに交換する。
お互いが無意識にタイミングを合わせるように口の中に歯ブラシを入れる。
シャカシャカと磨き始める二人。
忙しく磨く恵の磨き方を真似る琴音が、眉間みけんしわを寄せている。
「俺、そんな顔してる?」
「してる」
言うと、また皺を寄せて忙しく磨き始める。
よせよ とばかりに肘で琴音を小突く恵。
ケタケタと笑う琴音が、とても幸せそうに見える。それを見る恵も胸が暖かくなるのを感じている。

どこに行くとも決めてもいなかったが、出かける準備をしている恵と琴音。

着る物がなかった恵は、取り急ぎ琴音のゆ元カレが残していったロングTシャツに大きめなジーンズを履いた。
洗面台の鏡を覗く琴音は、顔を作るのに忙しい。
「ねえ、今日、どうしようか?」
「一度、家に寄って着替えてきたいな。作業着も洗いたいしね」
「もう、洗っておいたよ」
 え?
ベランダを見ると、大きさの違う作業着が風でなびいていた。
「出掛けついでに、新しいの買ったら?」
「それもいいけど、一式揃えるのは大変だよ。やっぱ、一度帰ってくるから待っててくれる?」
立ち上がる恵は、玄関に向かう。
顔を作りかけたまま、琴音が駆け寄ってくる。
「ヤダよ。行かないで」
恵の袖を掴んで離さない琴音は、口を尖らせている。
「なら、一緒になら行く?車も駐車場に置いてきたいしさ」
「それなら、いいけど」
仕方なく琴音が終わるのを待つことにした恵。
まだ、少し掛かりそうなので音楽でも聞こうとスピーカーのスイッチを入れBluetoothをスマホとリンクさせる。
スマホをタップすると、1990年代の洋楽が流れ始める。
一城が、洋楽もたまに聞いていてその影響からか、恵も聞くようになっていた。30年近くも前の曲なのになんだか新鮮であった。
「へえ、恵さんて、ずいぶん古い音楽聴くんですね」
「え?琴音ちゃん、これ知ってるの?」
「うちのお父さんがよく聞いてたからね。懐かしいな」
恵は、咲のことを思い出し、もしやと思い例の曲を流す。
「あ、あ、これ、知ってる。えと~、あ!3rdだ」
(やっば、知ってるんだ)
自分だけが、知らなかったのが何とも悔しかった恵。
「一城さんのお気に入りなんだよ」
「え?」
「ん?どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない。そう・・・社長がね」
「泣けるからよく聞いてみろって、しつこいんだよ」
「へえ~、そうなんだ・・・」
「ほんとに、この曲聴きながら涙を流すんだよ。一城さん」
「ふうん・・・」
「あれ?どうしたの?琴音ちゃん急に静かになっちゃって、もしかして、泣いてる?」
「泣いてません。泣くもんですか?」
「え?何、どうしたの?」
気になって近づく恵は、琴音の肩を抱く。
「何?何かあったの?」
「何でもないです」
顔を背けてしまう琴音。一城の話を楽しそうに話すので、ヤキモチに似たものを抱いていた。
恵の持つスマホの画面をタップする琴音。
次の曲が流れ出す。
「あ、好きじゃなかった?」
「あ、うん、あんまりね」
「そか、なら、そう言ってくれればいいのに」

不意に、琴音が恵に抱きついてきた。
「ど、どうしたの?」
「お願い、もう一人にしないで・・・」
「一人になんか、しやしないよ」

それこそ、今流れている曲こそが琴音が膝を抱え一人夜を過ごした時に聞いていたものだった。
善い思い出も、悪い思い出も、お構いなしに記憶の旅にいざなってしまう。
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