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第八夜 ラート
父親なら
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門を入るとものすごい長蛇の列が続いていた。剣や槍、盾を持った者たちの列が出来ている。
「うげっ、何だよ。この列」
シュンタは、テーマパークで順番待ちをしている時の気分だった。
その問いに、並んで歩いているミサオが呆れて答える。
「決まってるでしょ。この国の王への謁見のためよ」
シュンタは、とぼけた声を出す。
「なんだよ、えっへん、て?」
会話を聞いていたチマウが呆れたように吐き捨てる。
「マジ、ぶっ飛ばすよ」
腕捲りをするチマウは、シュンタに殴りかかろうとして、ミサオに、まあまあと行く手を阻まれる。
「チマウちゃん、殴るだけ損だよ。シュンタは放っておいて、先を急ごう」
長蛇の列を横目に先へと、どんどん進んでいくミサオを、長蛇の列の最後尾に素直に並んでいるシュンタが慌てて追いかける。
「おいおい、並ばなくていいのかよ」
心配そうに指を咥えているシュンタに対し、堂々と胸を張ってその横を歩いていくミサオ。
「いいのよ」
「何でだよ」
「何でもよ」
「だって、みんな並んでんじゃん」
変に生真面目なシュンタは、こういう時、オドオドしている。
「忘れたの?私たちはこの物語の主役よ。この映画のね」
映画の中であることをつい忘れていたシュンタだった。とはいえ
「えええ、そんなもんなの?」
「そんなもんなの」
シュンタの手を掴むと列を無視して先を進むミサオ。それを遮るように大柄な衛兵が立ちはだかった。
「ん?」
「失礼ながら王への謁見ならば、列に並んで順を待たれるが良い」
やっぱ、怒られた。とばかりにシュンタは、ミサオの手を取り、引き返そうとする。
「ほら、言わんこっちゃない」
ミサオは、ガンとして動かなかった。落ち着いた表情で、見上げるほど大柄な衛兵に対し、堂々と答えた。
「私は、剣士ミサオ。王へのお取り継ぎを願いたい」
それを聞いて、あちゃあと呆れ顔をするシュンタ。
「そんなんで、行けるわけがないだろ?ミサオ」
するとどうだろう、衛兵が、緊張し硬直したかと思うと、胸に手を当て慌てるように敬礼をした。
「こ、これは、ミサオ様。ご無礼をお許し下さい。ささ、剣士殿。王がお待ちです。こちらへ」
衛兵が先導し、行く手を阻むものを避けるように道を開けていく。
「え?マジで?いいの?すげえなぁ」
「シュンタ。あなたは黙ってて」
長蛇の列をわき目に先を進むシュンタとミサオと仲間たちは、長蛇の列からの視線を浴びながら、偉くなった気分になっていた。皆が姿勢を正し胸を張っている。
『ぷっ』
天の声が、思わず吹き出した。ロカの部屋で、この一部始終を見ている矢那さんだった。
妹のチマウがやや小さめに舌打ちすると天を睨みつける。
「あにき~」
『ご、ごめん、みんなが緊張してるのが、わかったもんで、つい』
さらに舌打ちしながら天を睨むチマウ。
「あとさ、この際だから、言っとくけど、気付かないと思ってる?」
『な、何を?』
「うるさいんだよ」
『へ?』
「音」
『お、音?』
「微かだけど、雑音的に聞こえてんだよ。いろんな音」
ポテチを食べていた矢那だった。さっきも、誰もいないからとオナラをしていたのを思い出した。
『あっ』
思わず大きくなる矢那の声。
身を縮めるミサオたち。
「気づけよ。あにき」
『ご、ごめん。ちょっと、トイレ行ってくるね』
慌てるようにその場を離れる矢那だった。
「いちいち、言わなくていいよ」
シュンタやミサオたちは、顔を見合わせると(聞こえてた?)(ううん、気が付かなかった)
そんなやりとりをしながら耳を傾けると、確かに矢那の生活音が微かだが、聞こえる気がした。
驚くべきチマウの聴覚であった。
シュンタが驚いている。
「チマウちゃん、耳がいいなぁ」
「小さい頃、兄貴のこういうの散々聞いてたからよ。ウザいだけ」
吐き捨てて、ため息をつくチマウ。
「そんなに嫌いなんだ。お兄さんのこと」
「嫌いだね。こういう所、ほんと大っ嫌い」
シュンタは、それを聞いてあごを摘んで、ふうんと顔をする。
「こういう所って事はさ。他の所は好きなんだ」
その言葉に顔を真っ赤にして、振り返るチマウは、手を振りかぶっている。
「ば、バカな事言ってんじゃねえよ。ぶっ飛ばすよ」
今度ばかりは、ぶっ飛ばされると覚悟を決めて身を屈めるシュンタだった。
が、何もせずに先を歩くチマウ。
ロカがシュンタの横を横切る。
「シュンタ、デリカシーって知ってる?」
「デリ?」
ヤタノも立ち止まるシュンタを横目に珍しく睨みつけている。
「直球すぎます。女の敵です」
「ほえ?なんで?」
思った事を口にしただけのシュンタだった。
『ただいま、おっと、ごめん。少し音
絞ろうか?』
「いいよ、別に。そこまでしなくても」
即座に答えるチマウにオドオドするばかりの矢那だったが、何故か、一人ポツリと孤立している駿太を見て不思議に思った。やや小声で囁く。
『ねえねえ、駿ちゃん。なんかあった?』
それを答えようとする駿太を遮るようにチマウが手を見ながら吠えた。
「なんにもねえよ。うっせえんだよ」
矢那は画面越しに、駿太は天を仰ぎ、互いが顔を見合わせる。
「ちっとも、変わってないね。チマウちゃん」
『そうなんだよ、うちに来た時からずっと変わってないんだよ』
先を歩く少し遠く離れた所から、チマウから恐ろしいほどの殺気を感じ取る駿太だった。
間も無くして城の正面にやって来ると、巨人でも通るかと思えるほどの大きな扉が目の前に迫った。その両脇に屈強の門番が微動だにしないで立っている。
「うわ、でっけえ扉。こんなのが開くのかよ」
衛兵が、門に向かって叫んだ。
「開門」
ギギギと大きなきしみ音を立てて扉が開かれていく。
「おお、開くもんだな」
扉が開き、中に入ると大きな広間に出た。その中央を幅五メートルはある絨毯が真っ直ぐに伸びていた。その先に玉座が見える。
「お邪魔してま~す」
「シュンタ、うるさい」
ミサオがシュンタに立ち止まるように手で行く手を遮った。
ミサオたちは、横一列に並ぶ形で立ち止まった。
一行を導いた衛兵が、敬礼しつつお辞儀をした。
「剣士ミサオ様御一行が、ご到着になられました」
王の間にいた全ての者が振り返った。
絨毯の上を並んだままゆっくりした足取りで進む一行。
玉座は、数段上がった階段の上にあり、そこには割腹の良い白髭の王がまるで彫像のように、真っ直ぐな姿勢で座していた。
「イカンデス王の御前である」
ミサオが敬礼するとお辞儀をした。
チマウたちもそれに合わせて敬礼をする。
シュンタは、相変わらず出遅れている。
「こら、シュンタ。王様だよ。国王だよ。早くお辞儀して」
「ん?ああ、お辞儀ね」
シュンタは、ミサオに言われるまま、わざと視線を外して、素っ気ない相槌を打つかのように、ペコリとお辞儀をした。
玉座の王は、そんなシュンタをチラリと見たが、気にも止めていなかった。それよりも、待ち望んでいたミサオを見て、口髭の中に歯が見えるほどの笑みを浮かべたのだ。
「遠路遥々ご苦労であった。剣士ミサオ殿」
ミサオが、恐縮して再度お辞儀をした。
「イカンデス王、歓迎のお言葉、痛み入ります」
うんうんと頷く王は、身を乗り出した。
「早速だがミサオ殿。そなたの噂は遠く聞き及んでおる。ついては、魔王ブラアーデミーを倒し、姫を助け出してほしい」
「はい、無論、承知致しております」
肘掛けにもたれ掛かると伸びた顎髭を撫で下ろすイカンデス王。
「うむ、魔王を倒し、姫奪還の折にはいかようにも礼をさせてもらうつもりじゃ。して、ミサオ殿。有能な魔導士殿が、其方ら一行のまとめ役と聞いておるが、どの者じゃ?」
国王とはいえ、ふんぞり返っている様は実に太々しい。
ミサオがシュンタの脇を指で突いた。
「いてて、何だよ。ミサオ」
「シュンタ、いいから名乗って」
「えええ、もう、面倒くさいな」
渋々立ち上がるシュンタは、一歩前に出る。
「そなたがこの五人の戦士たちのリーダーか?」
「リーダー?そんな堅苦しい者じゃないですよ」
王の側に立つフードを被った補佐官らしき者が声を上げた。
「言葉に気をつけられよ。王に対して無礼ですぞ」
その言葉に反応するかのように衛兵が剣の柄を掴んでいる。
それを王が手をかざして静止する。衛兵は、王に対し一礼すると一歩後退すると再び直立不動の姿勢を取った。
それを横目に見ながら、更に一歩歩み出るシュンタ。
「王さんよ。言いたいのはこういう事でいいんですよね?姫を助け出し、魔王を倒す」
皆が伏している中で、シュンタだけが、腰に手を当て立っている。
「その通りじゃ」
「俺はさ、ただ姫であるチヤウちゃんを助けたい。それだけなんだよね」
王が眉間に皺を寄せる。
「チヤウちゃん?」
「あ、いや、チヤウ姫か。まあ、そんなのどっちでもいいや」
王をまるで睨むかのように、言葉を吐き捨てるシュンタ。
王もまた、シュンタに睨み返した。
「要は魔王打倒。姫奪還。ですよね?」
「お主に出来ると申すか?」
「やるよ。何が何でもね」
「うむ、よろしい。望みのものあらば、なんでも申せ。本当に叶うものならな」
王は、シュンタの自身に満ちた態度に興味があった。
期待半分と出鼻を挫きたい思いもあった。
「いえ、何にもいらないです」
「ほお、本当に何もいらんと申すか」
「あんたからは、何ももらいたくないんでね。もういいかな?王さん。えっへんて、これで終わりでしょ?だったら、さっさと姫を助けに行きたいんだけど」
ミサオたちは、シュンタのバカさ加減に呆れて、顔を上げることが出来ずにいた。
「えっへんとな?」
イカンデス王は、首を傾げている。
「王が威張ってるのを見るためのものだろ?そんなもん、見たくもないし」
「なるほど、威張る・・・か」
王は鼻で笑う。
王に対し、無礼な振る舞いをするシュンタに対し、痺れを切らす衛兵が剣を抜き、シュンタの前に立ちはだかる。
「貴様、無礼にも程があるぞ。その首叩き斬ってやる」
首元に差し出された剣は、研ぎ澄まされ、シュンタの顔を写し込んでいる。
「衛兵、下がれ」
イカンデス王に命ぜられるまま衛兵は敬礼すると王に向いたまま後退した。
ミサオは、そんなシュンタの態度が気になった。
「ねえ、シュンタ。今日、どうしたのよ、おかしいよ」
「そお?普段と変わらないけど?それよか、ミサオ、こんな王は放っておいて、さっさと行こうぜ」
ミサオは、シュンタのあまりの態度に頭に血が昇るのがわかった。
「何なのよ、シュンタ」
「だって、そうだろ?」
「何がよ?」
シュンタは、王に振り返ると杖を王に向けた。
「王様だか、なんだか知らないけど、あんた、王である前にチヤウ姫の父親だろ?だったら、他人に任せないで、自分でさっさと助けに行きゃいいんじゃねえの?」
驚いた顔をしている王イカンデス。
「なに?」
「確かに王様ともなるとさ、国を守らなくちゃならないのは、わかるよ。でもさ、そんなもんより娘が大事なんじゃないのかよ。そうやって、座して待ってるだけで、人任せに助けを出そうなんてしてやがる。俺は、そんなあんたにムカつくんだよ」
皆がシュンタの言動に驚きを隠せないでいる。
シュンタの言葉に、一番ショックを受けたのは、チマウであった。幼い頃に母と自分と姉を捨てて家を出て行った父親の背中を思い出していた。
大好きだった父親に裏切られて捨てられた。
チマウ自身、この場にいる事が好きではなかった。何故かはわからなかったが王の顔を見る気がしなかった。
シュンタの言葉で、自分の今の感情が理解出来た気がしていた。
「もう行こうぜ。腹が立って仕方がないよ」
実生活において、チヤウとチマウは、父親に捨てられている事を知っているシュンタは、そのことを重ねずにはいられなかったのだ。
「待たれよ」
玉座から王が立ち上がっていた。
「なに?」
「シュンタと申したか」
「だったら、何?」
「・・・私とて・・・姫が心配だ」
「ん?」
王にしては、らしくない心配気な表情をしている。
「・・・道中の無事を祈っておる」
シュンタは、この時イカンデス王の中に、先ほどまでの太々しさではなく、一人の父親を見た気がした。
「お、大きなお世話だっての」
ちぇっと、舌打ちをするシュンタは、王の間を出て行った。
ペコペコとお辞儀をしていくミサオ、ロカ、ヤタノ。
チマウだけは、シュンタの背中を真っ直ぐに追いかけていた。
扉が閉まり、シュンタたちが出ていくと王はその場に残った者たちに下がるように命じた。
謁見は終了ということになる。衛兵と側近が残った。
王は、玉座に沈み込むと、髪をクシャクシャと苛立ちを見せる。
「私とて、チヤウを今すぐにでも助けに行きたいと思っておるわ」
イカンデス王は、感慨に耽っていたが、ふと何かを思い立ったように顔を上げると、相談役で先代王から支えているマチクダを見る。
マチクダは、目を輝かせている王を見て何かを悟った。
「王様、お待ち下さい。それは、いかんです」
「爺、わしはまだ何も言ってはおらんぞ」
王イカンデスは、いたずらっ子のような顔をしている。
「なりませぬぞ。イカンデス様」
イカンデス王は、すっくと立ち上がると自室へと歩き始めた。
「まだ、何もしておらんぞ」
先ほどまで、老け込むように座していた王が、勇ましく歩いている。
「ライアー、おるか」
護衛役として影の如くどこからか姿を現した男。ライアー。
「はっ、ここに」
黒装束でフードを被り顔を隠している
ライアーと呼ばれた男が、陰で座しているのを見ると、よしと頷いた。
「マチクダ。なんだか、喉が痛くて仕方がない。しばらくは、誰とも会わんから皆に伝えよ」
マチクダは、大きく方を落とすとやれやれと首を振った。
「かしこまりました。イカンデス様。後のことは、万事お引き受け致します。十分に休まれますよう」
「うむ、すまんの、爺」
言うとイカンデス王は茶目っ気たっぷりに、ウィンクをマチクダにしてみせた。
「うげっ、何だよ。この列」
シュンタは、テーマパークで順番待ちをしている時の気分だった。
その問いに、並んで歩いているミサオが呆れて答える。
「決まってるでしょ。この国の王への謁見のためよ」
シュンタは、とぼけた声を出す。
「なんだよ、えっへん、て?」
会話を聞いていたチマウが呆れたように吐き捨てる。
「マジ、ぶっ飛ばすよ」
腕捲りをするチマウは、シュンタに殴りかかろうとして、ミサオに、まあまあと行く手を阻まれる。
「チマウちゃん、殴るだけ損だよ。シュンタは放っておいて、先を急ごう」
長蛇の列を横目に先へと、どんどん進んでいくミサオを、長蛇の列の最後尾に素直に並んでいるシュンタが慌てて追いかける。
「おいおい、並ばなくていいのかよ」
心配そうに指を咥えているシュンタに対し、堂々と胸を張ってその横を歩いていくミサオ。
「いいのよ」
「何でだよ」
「何でもよ」
「だって、みんな並んでんじゃん」
変に生真面目なシュンタは、こういう時、オドオドしている。
「忘れたの?私たちはこの物語の主役よ。この映画のね」
映画の中であることをつい忘れていたシュンタだった。とはいえ
「えええ、そんなもんなの?」
「そんなもんなの」
シュンタの手を掴むと列を無視して先を進むミサオ。それを遮るように大柄な衛兵が立ちはだかった。
「ん?」
「失礼ながら王への謁見ならば、列に並んで順を待たれるが良い」
やっぱ、怒られた。とばかりにシュンタは、ミサオの手を取り、引き返そうとする。
「ほら、言わんこっちゃない」
ミサオは、ガンとして動かなかった。落ち着いた表情で、見上げるほど大柄な衛兵に対し、堂々と答えた。
「私は、剣士ミサオ。王へのお取り継ぎを願いたい」
それを聞いて、あちゃあと呆れ顔をするシュンタ。
「そんなんで、行けるわけがないだろ?ミサオ」
するとどうだろう、衛兵が、緊張し硬直したかと思うと、胸に手を当て慌てるように敬礼をした。
「こ、これは、ミサオ様。ご無礼をお許し下さい。ささ、剣士殿。王がお待ちです。こちらへ」
衛兵が先導し、行く手を阻むものを避けるように道を開けていく。
「え?マジで?いいの?すげえなぁ」
「シュンタ。あなたは黙ってて」
長蛇の列をわき目に先を進むシュンタとミサオと仲間たちは、長蛇の列からの視線を浴びながら、偉くなった気分になっていた。皆が姿勢を正し胸を張っている。
『ぷっ』
天の声が、思わず吹き出した。ロカの部屋で、この一部始終を見ている矢那さんだった。
妹のチマウがやや小さめに舌打ちすると天を睨みつける。
「あにき~」
『ご、ごめん、みんなが緊張してるのが、わかったもんで、つい』
さらに舌打ちしながら天を睨むチマウ。
「あとさ、この際だから、言っとくけど、気付かないと思ってる?」
『な、何を?』
「うるさいんだよ」
『へ?』
「音」
『お、音?』
「微かだけど、雑音的に聞こえてんだよ。いろんな音」
ポテチを食べていた矢那だった。さっきも、誰もいないからとオナラをしていたのを思い出した。
『あっ』
思わず大きくなる矢那の声。
身を縮めるミサオたち。
「気づけよ。あにき」
『ご、ごめん。ちょっと、トイレ行ってくるね』
慌てるようにその場を離れる矢那だった。
「いちいち、言わなくていいよ」
シュンタやミサオたちは、顔を見合わせると(聞こえてた?)(ううん、気が付かなかった)
そんなやりとりをしながら耳を傾けると、確かに矢那の生活音が微かだが、聞こえる気がした。
驚くべきチマウの聴覚であった。
シュンタが驚いている。
「チマウちゃん、耳がいいなぁ」
「小さい頃、兄貴のこういうの散々聞いてたからよ。ウザいだけ」
吐き捨てて、ため息をつくチマウ。
「そんなに嫌いなんだ。お兄さんのこと」
「嫌いだね。こういう所、ほんと大っ嫌い」
シュンタは、それを聞いてあごを摘んで、ふうんと顔をする。
「こういう所って事はさ。他の所は好きなんだ」
その言葉に顔を真っ赤にして、振り返るチマウは、手を振りかぶっている。
「ば、バカな事言ってんじゃねえよ。ぶっ飛ばすよ」
今度ばかりは、ぶっ飛ばされると覚悟を決めて身を屈めるシュンタだった。
が、何もせずに先を歩くチマウ。
ロカがシュンタの横を横切る。
「シュンタ、デリカシーって知ってる?」
「デリ?」
ヤタノも立ち止まるシュンタを横目に珍しく睨みつけている。
「直球すぎます。女の敵です」
「ほえ?なんで?」
思った事を口にしただけのシュンタだった。
『ただいま、おっと、ごめん。少し音
絞ろうか?』
「いいよ、別に。そこまでしなくても」
即座に答えるチマウにオドオドするばかりの矢那だったが、何故か、一人ポツリと孤立している駿太を見て不思議に思った。やや小声で囁く。
『ねえねえ、駿ちゃん。なんかあった?』
それを答えようとする駿太を遮るようにチマウが手を見ながら吠えた。
「なんにもねえよ。うっせえんだよ」
矢那は画面越しに、駿太は天を仰ぎ、互いが顔を見合わせる。
「ちっとも、変わってないね。チマウちゃん」
『そうなんだよ、うちに来た時からずっと変わってないんだよ』
先を歩く少し遠く離れた所から、チマウから恐ろしいほどの殺気を感じ取る駿太だった。
間も無くして城の正面にやって来ると、巨人でも通るかと思えるほどの大きな扉が目の前に迫った。その両脇に屈強の門番が微動だにしないで立っている。
「うわ、でっけえ扉。こんなのが開くのかよ」
衛兵が、門に向かって叫んだ。
「開門」
ギギギと大きなきしみ音を立てて扉が開かれていく。
「おお、開くもんだな」
扉が開き、中に入ると大きな広間に出た。その中央を幅五メートルはある絨毯が真っ直ぐに伸びていた。その先に玉座が見える。
「お邪魔してま~す」
「シュンタ、うるさい」
ミサオがシュンタに立ち止まるように手で行く手を遮った。
ミサオたちは、横一列に並ぶ形で立ち止まった。
一行を導いた衛兵が、敬礼しつつお辞儀をした。
「剣士ミサオ様御一行が、ご到着になられました」
王の間にいた全ての者が振り返った。
絨毯の上を並んだままゆっくりした足取りで進む一行。
玉座は、数段上がった階段の上にあり、そこには割腹の良い白髭の王がまるで彫像のように、真っ直ぐな姿勢で座していた。
「イカンデス王の御前である」
ミサオが敬礼するとお辞儀をした。
チマウたちもそれに合わせて敬礼をする。
シュンタは、相変わらず出遅れている。
「こら、シュンタ。王様だよ。国王だよ。早くお辞儀して」
「ん?ああ、お辞儀ね」
シュンタは、ミサオに言われるまま、わざと視線を外して、素っ気ない相槌を打つかのように、ペコリとお辞儀をした。
玉座の王は、そんなシュンタをチラリと見たが、気にも止めていなかった。それよりも、待ち望んでいたミサオを見て、口髭の中に歯が見えるほどの笑みを浮かべたのだ。
「遠路遥々ご苦労であった。剣士ミサオ殿」
ミサオが、恐縮して再度お辞儀をした。
「イカンデス王、歓迎のお言葉、痛み入ります」
うんうんと頷く王は、身を乗り出した。
「早速だがミサオ殿。そなたの噂は遠く聞き及んでおる。ついては、魔王ブラアーデミーを倒し、姫を助け出してほしい」
「はい、無論、承知致しております」
肘掛けにもたれ掛かると伸びた顎髭を撫で下ろすイカンデス王。
「うむ、魔王を倒し、姫奪還の折にはいかようにも礼をさせてもらうつもりじゃ。して、ミサオ殿。有能な魔導士殿が、其方ら一行のまとめ役と聞いておるが、どの者じゃ?」
国王とはいえ、ふんぞり返っている様は実に太々しい。
ミサオがシュンタの脇を指で突いた。
「いてて、何だよ。ミサオ」
「シュンタ、いいから名乗って」
「えええ、もう、面倒くさいな」
渋々立ち上がるシュンタは、一歩前に出る。
「そなたがこの五人の戦士たちのリーダーか?」
「リーダー?そんな堅苦しい者じゃないですよ」
王の側に立つフードを被った補佐官らしき者が声を上げた。
「言葉に気をつけられよ。王に対して無礼ですぞ」
その言葉に反応するかのように衛兵が剣の柄を掴んでいる。
それを王が手をかざして静止する。衛兵は、王に対し一礼すると一歩後退すると再び直立不動の姿勢を取った。
それを横目に見ながら、更に一歩歩み出るシュンタ。
「王さんよ。言いたいのはこういう事でいいんですよね?姫を助け出し、魔王を倒す」
皆が伏している中で、シュンタだけが、腰に手を当て立っている。
「その通りじゃ」
「俺はさ、ただ姫であるチヤウちゃんを助けたい。それだけなんだよね」
王が眉間に皺を寄せる。
「チヤウちゃん?」
「あ、いや、チヤウ姫か。まあ、そんなのどっちでもいいや」
王をまるで睨むかのように、言葉を吐き捨てるシュンタ。
王もまた、シュンタに睨み返した。
「要は魔王打倒。姫奪還。ですよね?」
「お主に出来ると申すか?」
「やるよ。何が何でもね」
「うむ、よろしい。望みのものあらば、なんでも申せ。本当に叶うものならな」
王は、シュンタの自身に満ちた態度に興味があった。
期待半分と出鼻を挫きたい思いもあった。
「いえ、何にもいらないです」
「ほお、本当に何もいらんと申すか」
「あんたからは、何ももらいたくないんでね。もういいかな?王さん。えっへんて、これで終わりでしょ?だったら、さっさと姫を助けに行きたいんだけど」
ミサオたちは、シュンタのバカさ加減に呆れて、顔を上げることが出来ずにいた。
「えっへんとな?」
イカンデス王は、首を傾げている。
「王が威張ってるのを見るためのものだろ?そんなもん、見たくもないし」
「なるほど、威張る・・・か」
王は鼻で笑う。
王に対し、無礼な振る舞いをするシュンタに対し、痺れを切らす衛兵が剣を抜き、シュンタの前に立ちはだかる。
「貴様、無礼にも程があるぞ。その首叩き斬ってやる」
首元に差し出された剣は、研ぎ澄まされ、シュンタの顔を写し込んでいる。
「衛兵、下がれ」
イカンデス王に命ぜられるまま衛兵は敬礼すると王に向いたまま後退した。
ミサオは、そんなシュンタの態度が気になった。
「ねえ、シュンタ。今日、どうしたのよ、おかしいよ」
「そお?普段と変わらないけど?それよか、ミサオ、こんな王は放っておいて、さっさと行こうぜ」
ミサオは、シュンタのあまりの態度に頭に血が昇るのがわかった。
「何なのよ、シュンタ」
「だって、そうだろ?」
「何がよ?」
シュンタは、王に振り返ると杖を王に向けた。
「王様だか、なんだか知らないけど、あんた、王である前にチヤウ姫の父親だろ?だったら、他人に任せないで、自分でさっさと助けに行きゃいいんじゃねえの?」
驚いた顔をしている王イカンデス。
「なに?」
「確かに王様ともなるとさ、国を守らなくちゃならないのは、わかるよ。でもさ、そんなもんより娘が大事なんじゃないのかよ。そうやって、座して待ってるだけで、人任せに助けを出そうなんてしてやがる。俺は、そんなあんたにムカつくんだよ」
皆がシュンタの言動に驚きを隠せないでいる。
シュンタの言葉に、一番ショックを受けたのは、チマウであった。幼い頃に母と自分と姉を捨てて家を出て行った父親の背中を思い出していた。
大好きだった父親に裏切られて捨てられた。
チマウ自身、この場にいる事が好きではなかった。何故かはわからなかったが王の顔を見る気がしなかった。
シュンタの言葉で、自分の今の感情が理解出来た気がしていた。
「もう行こうぜ。腹が立って仕方がないよ」
実生活において、チヤウとチマウは、父親に捨てられている事を知っているシュンタは、そのことを重ねずにはいられなかったのだ。
「待たれよ」
玉座から王が立ち上がっていた。
「なに?」
「シュンタと申したか」
「だったら、何?」
「・・・私とて・・・姫が心配だ」
「ん?」
王にしては、らしくない心配気な表情をしている。
「・・・道中の無事を祈っておる」
シュンタは、この時イカンデス王の中に、先ほどまでの太々しさではなく、一人の父親を見た気がした。
「お、大きなお世話だっての」
ちぇっと、舌打ちをするシュンタは、王の間を出て行った。
ペコペコとお辞儀をしていくミサオ、ロカ、ヤタノ。
チマウだけは、シュンタの背中を真っ直ぐに追いかけていた。
扉が閉まり、シュンタたちが出ていくと王はその場に残った者たちに下がるように命じた。
謁見は終了ということになる。衛兵と側近が残った。
王は、玉座に沈み込むと、髪をクシャクシャと苛立ちを見せる。
「私とて、チヤウを今すぐにでも助けに行きたいと思っておるわ」
イカンデス王は、感慨に耽っていたが、ふと何かを思い立ったように顔を上げると、相談役で先代王から支えているマチクダを見る。
マチクダは、目を輝かせている王を見て何かを悟った。
「王様、お待ち下さい。それは、いかんです」
「爺、わしはまだ何も言ってはおらんぞ」
王イカンデスは、いたずらっ子のような顔をしている。
「なりませぬぞ。イカンデス様」
イカンデス王は、すっくと立ち上がると自室へと歩き始めた。
「まだ、何もしておらんぞ」
先ほどまで、老け込むように座していた王が、勇ましく歩いている。
「ライアー、おるか」
護衛役として影の如くどこからか姿を現した男。ライアー。
「はっ、ここに」
黒装束でフードを被り顔を隠している
ライアーと呼ばれた男が、陰で座しているのを見ると、よしと頷いた。
「マチクダ。なんだか、喉が痛くて仕方がない。しばらくは、誰とも会わんから皆に伝えよ」
マチクダは、大きく方を落とすとやれやれと首を振った。
「かしこまりました。イカンデス様。後のことは、万事お引き受け致します。十分に休まれますよう」
「うむ、すまんの、爺」
言うとイカンデス王は茶目っ気たっぷりに、ウィンクをマチクダにしてみせた。
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