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第八夜 ラート 

降り立った、ラートの地

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「まず私が先に入るから、差し出した私の手を掴んでね。中に引っ張り込むから」
初めてのことに、皆、緊張を隠せない。恐る恐るうなずくことしか出来なかった。
「矢那さん、サポート頼んますね」
駿太が手を振る。
「ほいほ~い」
ミサオはテレビの画面に入り込むのではなく、まるで枠をまたぐかのように入っていく。それに駿太、夜多乃、露華、千舞宇も続く。
画面に入ると同時にそれぞれの装備を身に纏った姿に変わっている。
皆が画面の中に入るが、一人足りない。
「あれ?夜多乃さん?」
矢那が横を見ると、そこにまだ立っていた。
「夜多乃さん?」
「あ、ごめんなさい。やっぱ行く前にトイレ行っておきます」
言うと、トイレに駆け込む夜多乃。
[矢那さん?]
「聞こえてるよ」
[おお、天の声がする]
駿太が、矢那の声が天から聞こえて来るので空を仰いでいる。
「皆の者、よく聞くが良いぞ。夜多乃殿は、今、心配だからと、トイレに行っておる」
天の声と言われて調子に乗る矢那。
[矢那さん、そこは普通でいいから]
ミサオが突っ込む。
「あ、ごめん、一度やってみたかったんだ。失礼」
[わかる、それ]
駿太が嬉しそうに笑う。
「兄さん?」
千舞宇が腕組みして呆れ顔をする。
「いやいや、ほんとすまない」
「お待たせしました」
夜多乃が戻ってきた。
ミサオが手を差し伸べるとそれに合わすようにカメラが回り込む。
[行ける?ヤタノさん]
「はい、行けます」
言うと、ミサオの手を取る夜多乃。
画面が水面のように歪みながら、夜多乃が中へと入って行く。

映画の中の地に降り立つヤタノ。
「あ・・」
「ん?どうかした?ヤタノ」
ミサオが首を傾げてヤタノを見る。
「いや、お腹の痛みが治まった気がしたので」
ヤタノは、下腹をさすりながら言う。
「ね?心配ないでしょ?」
「はい」
笑顔になるヤタノ。
「ここって、どこよ?」
チマウが周囲を見回している。
「今私たちは、イチヤタ国の街近くの街道にいるわ」
伊達メガネを掛けたロカは、言葉にすると慌てて口を手で覆った。
「あれ?なんで私知ってるの?」
剣と盾を背負ったミサオが笑みを浮かべる。
「それが、ロカのスキルだからよ」
へえ~と、皆が感心している。
どれどれ、と、格闘家の格好をしたチマウが体を動かしてみる。
キレの良いパンチとキックが炸裂する。
「おお、こりゃすごいや。体がすごく軽い」
「へえ、そうなんだ。俺もなんかやってみよっと」
シュンタが持っている杖を構える。
何やら、詠唱を始める。
「えい!」
が、何も起きない。
「あれ?」
思った次の瞬間、ヤタノの足元につむじ風が起きると長いスカートを巻き上げた。
ブワッ
「きゃあ」
ヤタノが、慌てて捲れ上がるスカートを押さえ込む。
「こら、シュンタ!」
ミサオが動く。よりも速くチマウの蹴りがシュンタに命中していた。
ドムッ
シュンタは、吹っ飛んで後方の巨木に叩きつけられる。
カハッと、血反吐ちへどを吐くシュンタ。
「あれ?」
なのに、ほんの少しは痛みがあるものの、吐血するような怪我はしていない。
「なんだ、ぜんぜん平気だ」
ピンピンしているシュンタを見たヤタノ。
「これじゃ、私必要ないみたいですけど?」
少しつまらなそうな顔をするヤタノ。
「そんなことないよ」
ミサオが言うと、背中の剣を抜きシュンタの腕を横一文字にすると、肩のすぐ下で切り落とした。
ドバッと血が吹き出し、ゴトリと地に落ちる、への字の形をしたシュンタの腕。
「ななな、なんてことすんだよ。ミサオ」
「大丈夫だって。ここで、ヤタノちゃんの出番だよ」
ヤタノの手を取り、引き寄せるミサオ。
「さあ、怪我をした仲間を助けてあげて?」
「え?あ、うん」
自然と詠唱を始めるヤタノ。
地に落ちた腕が宙に浮かび上がると、シュンタの切断されたその部分に引きつけられる。
切り離された皮膚が、くっつき合って元に戻る。
「おおお、治ったよ。ほんとに」
はしゃぐシュンタだが、皆が違和感を感じてシュンタを見ている。
チマウが、ニヤニヤしている。
「こりゃ、いいや。シュンタ、背中が掻きやすくなったでしょ?」
「え?あ、ほんとだ。でも、やたらとお腹が遠い気がする」
よくよく見ると、シュンタの腕が後ろ向きにくっ付いていた。
「おおお、おいこれ?」
ミサオがヤタノの肩を抱くと
「しばらく、このままにしとこうか?」
「え?いいんですか?」
「いいの、いいの。たまにはお灸を据えないとね」
「そりゃないよ。ミサオ」
「ヤタノをイジメるからよ」
「ほんの冗談だってば」
「あら、これもほんの冗談なんだけど。さあ、放っておいて行こ」
「え?でも・・・」
ヤタノが、シュンタを、気にして振り返る。
「そ、そんな~~」
地に両手を着いてしまうシュンタ。
「やっぱ、こんなの良くないです」
ヤタノが、シュンタに駆け寄る。
え?と、ミサオが驚いている。
「今、元に戻しますね」
真面目で気の優しいヤタノを垣間見た下唇を噛むミサオは、とんだ道化を演じた気分だった。
ヤタノの後ろ姿に千夜宇が重なって見えるミサオ。
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