魔物を倒すよりお前を押し倒したい

貴林

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第三夜 好みの秘密

駿太の好み

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駿太の部屋のキッチン

食卓の椅子に腰掛ける駿太は、エプロン姿のミサオを目で追っている。
忙しく動き回るミサオは、初めての料理をしている。とはいえ、映画でつちかったスキルが手先に反映している。
プロについて、教わったので包丁さばきは本物であった。
ミサオの出演作にコックを夢見る若者の話を描いた映画がある。
心配なのは味付けである。
昼間見て覚えた肉じゃがを作っている。それと、豚汁の入った鍋。
スプーンで豚汁をすくうと口に運ぶ。味を確かめると、よしとうなずいている。
かつおぶしの乗ったほうれん草のお浸しがテーブルにあった。
「ビールあるから飲んでていいよ」
駿太は、テレビを観るわけでもなく、台所に立つミサオを、ずっと目で追っている。それも、嬉しそうに。
「いや、待つよ。ミサオと一緒がいい」
「うん、わかった」
コンコンと、玄関の戸を叩く音。
はいと、駿太が答える。
「どなたですか?」
「矢那だよ」
隣部屋に住む矢那だった。
ガチャッと、扉が開く。
「遅めの夕食かい?お邪魔だったかな?」
「大丈夫ですよ」
玄関先でためらっている矢那は迎え入れる駿太に遠慮がちな表情をしてみせる。
「出直そうか?」
「よかったら、一緒にどうですか?」
「え?いいの?」
台所から、ミサオも笑顔で矢那を見ると、グラスをもう一つ棚から出している。
「どうぞ、ろくなもてなしも出来ないけど」
ミサオの笑顔のもてなしで、気持ちは満たされていた。
「ではでは、お邪魔するですよ」
矢那が、気遣いながら入ってくる。
「こんばんは、美紗緒ちゃん」
「いらっしゃい、矢那さん」
ニコリと矢那を出迎える。
「いやいや、いつ見ても、女優のミサオにそっくりだね」
「そんなぁ、あんなに綺麗じゃないですよ」
駿太は、ミサオのその言葉の返答に期待するミサオの反応が気になった。
「何を言うかなぁ、こっちのがぜんぜん綺麗だよ」
背を向けて、やった。とガッツポーズをするミサオ。
やっぱり、それね。女の子は、綺麗だね。可愛いね。と呼ばれるのがやはり嬉しいらしい。

どうしても、嘘がつけず従姉妹と偽ったが、実は彼女なんです。と明かした。
ただし、ミサオ本人というのは、さすがに言えずにいた。

「お待たせー」
肉じゃがを盛りつけた皿と豚汁をお椀によそい運んでくる美紗緒。
さあ、お初のお味はどうか。
匂いは、悪くない。美味そうだ。
エプロンを着けたまま、冷えた缶ビールを持ってくるとミサオも腰掛けた。
プシッと、音を立ててタブを起こす駿太。
まずは、ミサオのコップに注ぐ。次に矢那さんと思ったら、ミサオがやるよ と、駿太からビールを取ると矢那のコップに注ぎ始めた。
「おお、これはこれは、これほど美味しいビールはないですな」
「またまた、そんなこと言って」
「声までそっくりなんだよな。体つきもそうだけど」
ハッと胸元を隠すミサオ。
「あ、いや、こ、これは、失敬。あまりにそっくりなのでつい。ほんとにすまんです」
手を振り苦笑いをするミサオ。
「悪口言ってる訳じゃないんだし、気にしなくて大丈夫ですよ」
「そう言ってもらえると助かる」
駿太も矢那の人柄は知っていたので、気を悪くすることはなかった。
ミサオのコップにビールを注ぐと三人で乾杯をした。何に?何でもいいよね。強いて言うなら、この満たされたひと時に かな?
「矢那さん、遠慮せずにどうぞ」
毒見役を押し付けてる気分だった。
「お、ならば遠慮なく頂くですよ」
箸でじゃがいもを刺すと、すくい上げ小皿に取ると箸で割って、つまんで口に放り込んだ。モグモグ
「う・・」
駿太とミサオの視線が矢那に向けられる。
「うんま。こりゃ、母ちゃんの味だ」
ここでまた、ガッツポーズをするミサオ。
どれどれと、駿太も口に入れる。
頬が落ちるとはこのことか。
本当に美味かった。完璧だった。
嬉しそうに、台所に立ち明日の弁当の下拵えしたごしらえを始めるミサオ。
食事を続ける二人。箸が止まらなかった。あっという間に平らげた。
ビールを新しく開けて、再び飲み始める。
下拵えと洗い物を終えて、エプロンを外して椅子にかけるミサオ。
矢那が唐突に口を開いた。
「もう二人はHしたの?」
ブッと、ビールを吹き出す駿太。顔を赤らめて、エプロンで口元を隠すミサオ。
「な、なんですか、いきなり?」
「いやいやいや、誤解してもらっては困りますな。Hとは、すなわち今みたいに食事をするのと、何ら変わらない行為ですぞ」
「いや、それはちょっと無理が」
「何を言うかね。駿ちゃん。性欲も食欲も、変わらぬ欲ですぞ」
「それは、そうですが、Hは別物ですよ」
「その考え方が、世の中を堕落させるのですよ。もっと、オープンにしないから、犯罪などが起こるのです」

「こそこそとしているから、やましいものになるんです」

「昨日の彼どうだった? うん、美味しかったよ。カリ高なのが良かったわ。で、良いと思いませぬかな?」

うんうんと、うなずくミサオ。
(ええ、納得しちゃったよ)

「そういうの、いいと思う。矢那さんて、すごい」
「いやはや、女の子に理解頂けるとは、あははは」

何を思ったか、ミサオが口を開く。
「シュンタのザーメン、苦かったけど、また飲みたいな」

ブッと吹き出したのは矢那だった。

「ん?変ですか?」
矢那も露骨に言われると、さすがに恥ずかしかった。
「そそそ、そんなことは、ないですぞ。す、素晴らしい」
声がうわずってしまう矢那。

         ・

「いやあ、突然の訪問なのに歓迎有り難きことです。美紗緒ちゃん、料理最高でしたぞ。また、ご馳走してくだされ」
「いつでも、いらして下さい」
靴を履きながら、矢那がふと思った。
「ああ、美紗緒ちゃん、グラサンとか持ってるかな?」
「どうしてですか?」
「いや、ミサオに似過ぎてますのでな。念のため、着用をお勧めする次第で」
「なるほど、それはいいかも」
納得する駿太。
「女の子だし、髪型変えろとは言えるもんじゃなし。まあ、とにかく気をつけてね」
「ありがとうございます」
ミサオが、お辞儀をする。
「では、おやすみなされ」
手を振りながら扉を閉める矢那。
矢那を見送ると、テーブルの上を片付け始める駿太とミサオ。
「髪型か」
ミサオを見る駿太に気づき、ミサオが何かを思ったのか身を乗り出してきた。
「駿太、髪の長い子好きだよね?」
「んー、嫌いではない」
「ちょっと、待ってね」
ミサオは、何を思ったのかテレビの方に行った。
「ねえ、これを見て」
「ん?」
振り向くと目の前にアダルトビデオのケースがあった。
「ななな、なんだよ、いきなり」
「シュンタの好みがわかると思って」
「そんなんでわかるかな?」
「要するに、チビ太が起きやすい子ってことだよね?」
「ええ、そんなもんかな」
ほれっと、パッケージを目の前にかざすミサオ。
「み、美里ちゃん?」
ピク チビ太が反応する。
「ショートが好きなの?」
「これは、これで良かったよ」
「ん?やっぱ、ショートが好きってこと?」
「いや、そうとも言えない」
駿太は押し入れに向かうと何やらゴソゴソと、押し入れの中の段ボールを開き始める。何かを見つけ取り出すとそれを持ってミサオの元に戻ってくる。
「見てみ、これはデビュー当時なんだけど、ロングだよ」
ビデオのジャケ写などどうでも良かった。駿太を睨みつけているミサオ。
「どうしたの?ミサオ」
「そんなとこにも、隠してたんかい」
「あ・・・」
「あ、じゃないやろ」
(なぜ、関西弁?)
「他にもあんのやろ?全部出さんかい。われ」
藪蛇だった。
床一面にズラリと並ぶ、アダルトビデオ。畳三畳分はある。
「まあ、ずいぶんと揃えたものね」
ミサオは、あまりの多さに怒りを通り越して呆れになっている。
こうして並べて見ると、髪型は特に決まっていない様子だった。
「共通するものといえば、目が大きめで、豊満な胸ってとこかしら。ね?」
「ね?って、睨まないでよ」
「まあ、今までは、良しとするけどね」
「え?今まで?」
「明日、全部これ捨てるから」
「ええええええ」
「ええええじゃないやろ?ええ加減諦めんかい。文句があるんかい?ああ?」
「あ、いや、ないです」
ん?と、一つのビデオに目が止まるミサオ。
手に取ると、この子だけ、目が切長きれながで細身な上、男の子のような胸をしていた。
表のパッケージは、アダルトとは程遠い、白いシャツに淡い水色のショートパンツを履いて、はにかんだ笑顔をする彼女だった。
どことなく、憂いた感じを漂わせている。影のある子であった。
基本は、明るい子が好きなのに、なぜだろうとミサオは思った。
ひっくり返して裏を見て、ミサオは仰天した。
大勢の男たちに顔射されている写真。
上と下に男優が重なり、口にもう一人のものを咥えている。
おもちゃでおもちゃにされているものなど。全て半泣き状態だったのだ。
「シュンタ?」
顔を引き攣らせるミサオ。
「なんだよ?」
「シュンタ、まさか、こういう趣味があるんじゃないわよね?」
「勘違いするなよ?俺はそんな趣味はない。証拠に未開封だろ?」
言われてみると、ビニールがかかったままだった。
「そんな内容とは知らずに、表見ただけで買っちゃったんだよね」
「ふーん、で、この子のどこが良かったわけ?」
駿太は、あごを摘むと上目遣いになった。
「そうだな、無理して笑顔作ってるのが、意地らしくてね。そんな子がどんなHするのかなって気になったのは確かだよ」
「ふーん、よくわかんないけど」
「どことなく、ミサオに似てたって言うか」
「は?これのどこが、私に?」
ミサオは、手に持ったビデオをパンパン叩くと顔の横にパッケージを並べて比較でもするようにして駿太の言葉を待った。
「見た目じゃないんだ。感じるものっていうか、目の輝きっていうか。こういう子、なんとかしてあげたくなるんだよ。実際には何もしてあげられないけど」
駿太にしては、珍しく真面目な顔で下を向いてしまう。この時の駿太の真剣な心の内にミサオが気付くはずもなかった。
「なんとかしてあげられるじゃない?」
「え?どうやって?」
「イケばいいんだから」
ミサオは茶化すつもりだった。
駿太は、表情を一変させるとキッと、ミサオを睨みつけると
パン ミサオの頬を叩いていた。
「何も、知らないくせにそんな風に言うなよ」
頬を抑えて、立ちすくむミサオ。
「シ、シュンタ?」
あ・・と、駿太は後退りをしながら、叩いた手のひらを見つめている。
「ご、ごめん」
言うと、駿太は玄関を開けて飛び出していた。
「シュンタ」
ミサオは後を追うことが出来なかった。自分の言ったことで、駿太が傷つくとは思わなかった。いつもなら、軽く受け流してその場を笑いに変えてしまう駿太。
本心で口にしたわけではないだけに、後味の悪い後悔を味わうミサオは、両手で顔を覆うと、座り込んで泣いた。
「・・・シュンタ、ごめん、ごめんなさい・・・」

        ・・

静まり返った部屋に時計が秒を刻む音が響いている。その時計を見るミサオ。
夜も十二時を過ぎ、一時になろうとしていた。
「帰ってこないな。シュンタ」
はあ・・と、ため息をつくミサオ。

玄関の戸が、コンコンと鳴る。
慌てて立ち上がるミサオが、声をかける。
「シュンタ?」
「矢那です」
ガチャと開けると、矢那がお辞儀をする。
「何かあった?美紗緒ちゃん」
無言でうなずくミサオ。
スリッパを置き、上がるように促す。
「お邪魔しますぞ。夜分に申し訳ない」
「いえ・・・」
矢那が食卓の椅子に腰掛けると、ミサオも向かい合うように腰を下ろした。
「駿ちゃんが、飛び出していくのがわかりましてな」
「はい・・・」
「未だ戻られない様子なので、気になりましてね」
「ありがとうございます」
お辞儀をするミサオ。
床に不自然に落ちているアダルトビデオを見つけ、それを手に取る矢那。
「なるほど、これですか?」
チラリと矢那に視線を送るミサオ。
「ええ」
憂いを秘めた女の子のビデオのパッケージを見ながら矢那が優しく語りかける。
「駿ちゃん、話してないのかな?」
「え?何をですか?」
「知らぬようですな」
「何か知ってるんですか?」
「うむ」
「教えて下さい」
コクリとうなずく矢那。
「わかりました。本来なら駿ちゃんから聞くのが筋なのでしょうが。そうも言ってられないでしょうしね」
手に持ったビデオケースを見つめる矢那を見てミサオが何かに気がついた。
「この子に関係が?」
「というよりも、この子にそっくりな子がおったんですよ」
「え」
「駿ちゃんから、聞いた話をそのまま話しますな」
「・・・はい」
「高校生の時だったそうです。駿ちゃんにとっての初恋ってやつです」
ゆっくりと、顔を上げて矢那を見るミサオ。
「ああいう子ですからね。片想いってやつですな」
パッケージを見ながら矢那が話す。
「本当に、瓜二つだったようですよ。この子に」
「え・・・で、その子とは?」
「片想いのまま、終わったそうです」
「終わった?」
「告白することが叶わぬまま終わってしまったそうです」
「初恋の子がどうかしたんですか?」
「亡くなったそうです」
「え?そんな・・・病気か何か?」
「いえ・・・自殺だそうです。屋上から身を投げて」
口を手で覆い言葉が出ないミサオ。
「この子のように、大人しめで内向的な子だったようですよ」
「・・・」
「駿ちゃん言ってました。好きだって告白していたら。もっと色々話していたら。死なせずに済んだかもしれないと後悔だけが残ったそうです」
「私、なんてことを・・・」
知らなかったこととはいえ、駿太の傷を更にえぐってしまった思いのミサオだった。涙が溢れてきて膝に置いた手の上にポタポタと落ちている。
「美紗緒ちゃん、ミサオのデビュー作のポスターをよく見たことがありますか?」
何枚か貼られているポスターの中の一枚を指さす矢那。
少し古ぼけて色褪せていた。
「このポスターのミサオに一目惚れだったそうですよ」
ミサオは、ゆっくりと顔を上げるとそのポスターを見た。
他の作品にはない顔をしている。
憂いて影のある表情をしていた。
目の輝きが、ビデオの子と同じであった。
この頃は、まだ、売り出し中で、世間の反感を買ったり、事実にないスキャンダルで世論で叩かれて人生で最悪の頃だった。
「思い出しました。この頃の私は何をやってもうまく行かず、酒やドラッグに溺れていました。やりきれなくて自殺も考えたことがあります。でも、一つの言葉に救われたんです」
顔を上げると真っ直ぐと前を見据えるミサオ。
「あなたが大好きです。だから、死んだりしないで下さい」
それを黙って聞いている矢那。
「日本語で書かれていました。こんな私でも好きって言ってくれる人がいるんだって、とても、嬉しかったです」
矢那は、立ち上がるとその古ぼけたポスターに歩み寄る。
「偶然ですね、それと同じようなこと言ってる奴がここにいるんですよ」
「え?」
ミサオも、立ち上がり矢那が見上げるポスターに歩み寄った。
「世の中は、狭いですね。これって、偶然でしょうか」
矢那はそういうとポスターをめくり、裏側を見せる。
そこには、走り書きがあった。

〈ミサオ。大好きだ。死ぬな。〉

ミサオは、言葉が出なかった。何という偶然か。それにデビューしたてで、ファンなんてろくにいなかったあの頃。
「あ、あの時、手紙をくれたの。シュンタだったの?」
その言葉で、矢那は確信した。
「やっぱりあなた、ミサオ・マモルでしたか」
「あ、いや、あの・・・」
手で制する矢那。
「心配ご無用、最初からわかっていましたから」
矢那はミサオの手を取ると、何かのキーを渡した。
「外にバイクがあります。あなたなら、乗れるでしょう?」
「え、でもどこへ?」
スマホを差し出す矢那。
ナビ機能が展開していた。
「この案内通りに行けば、駿ちゃんに会えますよ」
ミサオの背中を押す矢那。
「ささ、何をグズグズしているのです。やっと、駿ちゃんの夢が叶ったんです。どうか、無くさないようにお願いしますぞ」
靴を履くミサオは、振り返り矢那を見る。
「ありがとう。矢那さん。行ってきます」
「うん、留守は任せていいから」
「はい」
ミサオは走った。
階段を降りるとバイクがあった。
ハンドルにかかるヘルメットを取る。内側に何か書いてある。
激臭注意。
ふふっと笑うミサオ。
スマホをハンドルにセットすると、エンジンをかけた。
ブロロン、ドルッドルッ
「今行くから待っててね。シュンタ」
バイクが、ナビ案内に沿って走り出した。
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