蜃気楼の向こう側

貴林

文字の大きさ
上 下
84 / 96
9 提灯洞

真希乃と毛大 そのニ

しおりを挟む
対峙し合う真希乃と毛大。
真希乃の後ろに、しゃがみこんだまま回復を待つ彩花は、精神統一のため、その場に正座をすると目を閉じた。
また、毛大の背後にも、もう一つの影が現れる。蝶華である。
「珍爺、まだ済んでおらんのかえ?早よ、アヤカを助け出さぬか」
「おお、美か。これがなかなか、マキノが手強くての?」
毛大は、視線は真希乃を捉えたまま蝶華に弾んだ声で答える。
「ふん、よく言うわい。妾には楽しんでおるようにしか見えんぞよ」
蝶華には、この時の毛大がおもちゃを与えられた子供のように見えたのであろう。
呆れながらも毛大のその後ろ姿に、若き頃の男の背中を見た蝶華は、心なしか胸を踊らせていた。
「まったく、男というのは、いつまで経っても子供でいかんわい」
ポツリと言った蝶華の言葉が聞こえたのか、毛大がそれに反応する。
「仕方ないじゃろ。楽しいものは楽しいんじゃ」
「はいはい、そうかえ。勝手にするが良いぞよ」
毛大を本気にさせる真希乃の力量が気になるのは、蝶華も同じであった。
獣のように殺気立つ真希乃の中に、冷たく落ち着いた何かを感じ取っていた。ゆらゆらと揺れる真希乃に隙がなかった。
「ほお、これは確かに楽しそうじゃわい」
笑みを浮かべる蝶華は、毛大に視線を移した時、真希乃が動いたのを見た。
真希乃の牽制の連撃が繰り出される。
両手両足を使った真希乃の攻撃に、全身で応える毛大は、それら全てを受け、又は受け流している。
「ほお、これは先が楽しみじゃの」
老いた毛大、その瞳に輝きが蘇っていく。
「忘れておったの、この感覚。いいのぉ。実にいい」
夢中になりすぎて、自然に繰り出される本気の拳が、真希乃の頬をかすめていく。
痛みに顔を歪める真希乃は、思わず後退りをする。
「つ、なかなかやるじゃねえか。爺さん」
真希乃は頬の傷から滲み出る血を拭うでもなく、前に出る。
更に激化する真希乃の攻撃に対し、少しずつ殻を破るように力を放出していく毛大。速さと重さが増していく。
それに圧倒され始める真希乃は、彩花に気を取られる余裕がなくなっていた。徐々に引き離され奥の壁へと追いやられる真希乃。
「美よ、アヤカを」
毛大が声をかけた時には、蝶華はすでに隙を伺い、彩花に寄り添っていた。
蝶華が彩花を抱えると、毛大の後ろに回り込み、上空の出口に向かって飛んだ。一人での跳躍ですらこうはいかないであろう。ましてや人を抱えての跳躍となれば。
「珍よ、あまり無理するでないぞよ」
「わかっておる。まだまだ、負けはせんでの」
その言葉に鼻で笑う蝶華。
「ならば良い。心置きなくマキノと向き合うが良いぞよ」
穴の上から覗き込む蝶華を見上げる真希乃は舌打ちする。
「婆さん、すぐ行くから待ってろ」
見上げる真希乃の前に立ち塞がる毛大。
「どこを見ておる」
「邪魔だ。しじい」
真希乃の正拳を避け、大きく後退する毛大は深くため息をつき肩を落とすと、目を閉じて深く息を吸い込みそして吐いた。
「はあ、やはりあれをやるしかないかの」
「やる?面白え。奥の手があるようだな。やれるものならやってみろ。ジジイ」
やれやれと、襟足をかく毛大は、ゆっくりと構える。
「その性根を叩き直す以外ないようじゃの」
「面白い。来い、老いぼれ」
真希乃は、毛大の懐に飛び込むと凄まじいばかりの連続技の猛攻。結晶を持っていないが、何故か速い。姿を消しながら四方八方から襲いかかる。
真希乃の繰り出す拳は、予想以上に速く、しかも重い。
が、難なく受け止める毛大が感心している。
「ほお、余裕をかますだけのことはあるの。これほどとは、なるほどの、蛇の力、あなどれんの」
「ごちゃごちゃと口が減らねえな」
クルリと体を捻る真希乃は、大きく足を振りかぶり踵落としを毛大に放つ。
毛大は、あえてこれを両腕で受け止める。あまりの衝撃に、踏ん張る足元の小石が跳ね上がる。
ガクッと膝を折る毛大は、危うく膝を着きそうになる。
「・・・くっ、危ないの。予想以上じゃ」
毛大は受けた腕で真希乃の足を弾きあげると、そのまま真希乃の懐に飛び込むと金的に正拳を叩き込んだ。
たまらず真希乃は体をくの字にして吹き飛ばされ、股間を押さえながらうずくまる。その顔は痛みで歪んでいる。
それを見た毛大は、口角を持ち上げて嬉しそうに鼻で笑う。
「芝居は良い。はよ、立たんか。マキノ。手応えでわかるわい」
身構える毛大は、手招きをしている。明らかに誘っている。
「だろうな」
真希乃は何事もなかったように立ち上がると、毛大から正拳突きを受けて赤く腫れた右手の甲をブラブラさせる。
「いいパンチだったぜ、爺さん」
「ふっ、貴様如きに褒められても、嬉しゅうはないの。遊びは良い。かかってくるが良いの」
「そう急かすなよ。早くケリ付けてえのは、わかるけどよ。もっと、楽しもうぜ」 
顔を上げ見下すように毛大を見る真希乃は、唇を舐めている。
「ほお、年老いた我が身を案じてくれるのかの?じゃが、そんな悠長なことでいいのかの?大事な獲物が遠のいていくぞ」
洞窟の入り口を見上げる毛大。
「獲物?ああ、女の事か、そんなものより。もっと美味しいもの見つけちまったからな。今となったら、どうでもいい」
「女か・・・彩花のことをそのように・・・こうなると、個に対する認識がなくなるようじゃの」
(目の前のこやつは、マキノであって、そうではないと言うことかの。恐らく、この事は覚えておらぬ記憶となろうの)
毛大は、大きく肩を落としてため息をつくと、呼吸法の型を始める。
それを見た真希乃が構えを解くと毛大のすることを見定めようとする。
「へえ、面白そうだな。次は何が出るのかな?」
毛大は両腕を腰に引き寄せると、大きく胸を膨らませ息を吸い込んだ。
真希乃は腰に手を当て余裕そうにしていたが、身構えた。
「行くぞ、ジジイ」
真希乃は毛大に向かって踏み込むと、フッと消えた。
カッと目を見開く毛大は、何もない後方に向き直ると両手を突き出し気合の一撃を放つ。
ドン 衝撃波が扇状に空間を歪める。
その空間に真希乃が現れ、その衝撃をまともに受けていた。
「なに?」
腕でそれを遮ろうとするが、全身を襲う衝撃は抑えられない。
勢いよく後方へ吹き飛ばされる真希乃は、石の壁に叩きつけられる。
「ぐわっ」
吐血する真希乃は、その場に崩れ落ちる。
白目を向く真希乃は地面に伏したまま動かなくなった。腕や足が変な形で折れ曲がっている。全身の骨が複雑に折れているようだ。
毛大もまた、力付き、ガックリと膝を着くとたまらず地に向かって吐血する。
「はあ、はあ、やはりとしかの」
蝶華が降りてきて、肩で呼吸を繰り返す毛大に駆け寄る。
「珍、まさかあの技を」
「こうするのが効果的じゃでの」
「そうは、言うてものぉ」
蝶華の支えで立ち上がる毛大は、自分の力では立ち上がることすら出来ないほど精魂使い果たしていた。
「今、無名がこちらに向かっておる」
「そうか。アヤカは、どうしておるかの?」
「妾の里で、休んでおるぞよ。チヨリに預けてある」
「チヨリか。確かに面倒見は良い子じゃが・・・そうか、すまんの。美よ」
「今更、かしこまらんでも良いわ」
蝶華を見つめる毛大。
「美よ。何やら、今日はやけに綺麗に見えるが何かあったかの?」
その言葉に頬をほんのりと赤らめる蝶華。
「な、何を申すかえ?妾はいつもと変わらんぞよ」
「そうかの?気のせいのかの?いつになく乙女に見えるが」
先程の毛大に男を感じていた蝶華は、心の内を見透かされたような思いであった。毛大を支えていた腕を咄嗟に引き抜いてしまう蝶華。床に落ちる毛大。
「あいたた。何をするのじゃ、蝶華」
「お、お主が要らぬことを申すからぞよ」
慌てて立ち上がる蝶華は、顔を見られまいと背を向けてしまう。
「何を照れておる?」
「て、照れてなどおらぬわ。バカか、珍爺は。そ、それよりもどうするのじゃ」
蝶華は、言うとはぐらかすように視線を真希乃に向けた。
「ふむ、それなんじゃが」
「何か当てがあるのかえ?」
毛大は遠く彼方を見つめる。
「ここはやはり、あいつに委ねるしか、ないと思うのじゃがの」
蝶華が驚いて、毛大を覗き込む。
「あいつ?まさか、あいつのことかえ?」
毛大は、口元の血を手で拭う。
「危険じゃが、あいつしか真希乃を抑えられんでの」
「しかしのぉ、珍よ。妾の元を去ってから、どこにいるかもわからんのじゃぞ?」
「恐らく、まだあそこじゃろ」
「あそこにおったにせよ。妾は賛成しかねる」
「あやつしかマキノの豹変を抑えられんのは、美もわかっておるじゃろ?」
「そうは言うてもの、あやつの力は・・・」
蝶華が何かを言おうとするのを遮るように蝶華の肩を掴む毛大は、優しく微笑む。
「大丈夫じゃ。なんとかなるじゃろ」
「そうかえ?じゃが、妾は共に行けぬ。まさか、珍一人で行く気かえ?」
「いや、わし一人じゃ無理じゃろ」
「他に誰かおるかえ?」
「ここは、やはり、チヨリしかおらんじゃろ?お供には」
「チヨリ?あれは、単に男好きなだけじゃぞよ?」
「だから、あやつにはいいんじゃよ。対反する性格のチヨリがの」
「そんなもんかえ?」
「そんなもんじゃ」
空を仰ぎ見る蝶華は、大きくため息をついた。
「一波乱あるぞよ、これは」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

滅びる異世界に転生したけど、幼女は楽しく旅をする!

白夢
ファンタジー
 何もしないでいいから、世界の終わりを見届けてほしい。  そう言われて、異世界に転生することになった。  でも、どうせ転生したなら、この異世界が滅びる前に観光しよう。  どうせ滅びる世界なら、思いっきり楽しもう。  だからわたしは旅に出た。  これは一人の幼女と小さな幻獣の、  世界なんて救わないつもりの放浪記。 〜〜〜  ご訪問ありがとうございます。    可愛い女の子が頼れる相棒と美しい世界で旅をする、幸せなファンタジーを目指しました。    ファンタジー小説大賞エントリー作品です。気に入っていただけましたら、ぜひご投票をお願いします。  お気に入り、ご感想、応援などいただければ、とても喜びます。よろしくお願いします! 23/01/08 表紙画像を変更しました

神様お願い!~神様のトバッチリで異世界に転生したので心穏やかにスローライフを送りたい~

きのこのこ
ファンタジー
旧題:神様お願い!〜神様のトバッチリを受けた定年おっさんは異世界に転生して心穏やかにスローライフを送りたい〜 突然白い発光体の強い光を浴びせられ異世界転移?した俺事、石原那由多(55)は安住の地を求めて異世界を冒険する…? え?謎の子供の体?謎の都市?魔法?剣?魔獣??何それ美味しいの?? 俺は心穏やかに過ごしたいだけなんだ! ____________________________________________ 突然謎の白い発光体の強い光を浴びせられ強制的に魂だけで異世界転移した石原那由多(55)は、よちよち捨て子幼児の身体に入っちゃった! 那由多は左眼に居座っている神様のカケラのツクヨミを頼りに異世界で生きていく。 しかし左眼の相棒、ツクヨミの暴走を阻止できず、チート?な棲家を得て、チート?能力を次々開花させ異世界をイージーモードで過ごす那由多。「こいつ《ツクヨミ》は勝手に俺の記憶を見るプライバシークラッシャーな奴なんだ!」 そんな異世界は優しさで満ち溢れていた(え?本当に?) 呪われてもっふもふになっちゃったママン(産みの親)と御親戚一行様(やっとこ呪いがどうにか出来そう?!)に、異世界のめくるめくグルメ(やっと片鱗が見えて作者も安心)でも突然真夜中に食べたくなっちゃう日本食も完全完備(どこに?!)!異世界日本発福利厚生は完璧(ばっちり)です!(うまい話ほど裏がある!) 謎のアイテム御朱印帳を胸に(え?)今日も平穏?無事に那由多は異世界で日々を暮らします。 ※一つの目的にどんどん事を突っ込むのでスローな展開が大丈夫な方向けです。 ⭐︎第16回ファンタジー小説大賞にて奨励賞受賞を頂きました!読んで投票して下さった読者様、並びに選考してくださったスタッフ様に御礼申し上げますm(_ _)m今後とも宜しくお願い致します。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

あらゆる属性の精霊と契約できない無能だからと追放された精霊術師、実は最高の無の精霊と契約できたので無双します

名無し
ファンタジー
 レオンは自分が精霊術師であるにもかかわらず、どんな精霊とも仮契約すらできないことに負い目を感じていた。その代わりとして、所属しているS級パーティーに対して奴隷のように尽くしてきたが、ある日リーダーから無能は雑用係でも必要ないと追放を言い渡されてしまう。  彼は仕事を探すべく訪れたギルドで、冒険者同士の喧嘩を仲裁しようとして暴行されるも、全然痛みがなかったことに違和感を覚える。

異世界転生した俺は、産まれながらに最強だった。

桜花龍炎舞
ファンタジー
主人公ミツルはある日、不慮の事故にあい死んでしまった。 だが目がさめると見知らぬ美形の男と見知らぬ美女が目の前にいて、ミツル自身の身体も見知らぬ美形の子供に変わっていた。 そして更に、恐らく転生したであろうこの場所は剣や魔法が行き交うゲームの世界とも思える異世界だったのである。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

お母さん冒険者、ログインボーナスでスキル【主婦】に目覚めました。週一貰えるチラシで冒険者生活頑張ります!

林優子
ファンタジー
二人の子持ち27歳のカチュア(主婦)は家計を助けるためダンジョンの荷物運びの仕事(パート)をしている。危険が少なく手軽なため、迷宮都市ロアでは若者や主婦には人気の仕事だ。 夢は100万ゴールドの貯金。それだけあれば三人揃って国境警備の任務についているパパに会いに行けるのだ。 そんなカチュアがダンジョン内の女神像から百回ログインボーナスで貰ったのは、オシャレながま口とポイントカード、そして一枚のチラシ? 「モンスターポイント三倍デーって何?」 「4の付く日は薬草デー?」 「お肉の日とお魚の日があるのねー」 神様からスキル【主婦/主夫】を授かった最弱の冒険者ママ、カチュアさんがワンオペ育児と冒険者生活頑張る話。 ※他サイトにも投稿してます

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

処理中です...