上 下
27 / 35
四章 穏やかな日々(おお! わたし の ともだち!)

第26話

しおりを挟む
 僥倖というべきだろう。カミルは思った。
 サウニアル国に不穏の動きありとの噂を聞きつけて、この北の辺境の町までやってきた。大昔の遺跡に調査の名目で、サウニアル中央から人が来ているという話だ。ただの人間ではない。サウニアル王立魔術学院の正式な魔道士という話だった。その遺跡で何が行われているのかを調査するのが、カミルの仕事である、いや仕事だった。
 カミルは派遣協会の調査官だったのだ。
 不穏の動きありといっても、現時点ではまだ噂の域を出ていない。
 派遣協会はまだ今回の事を危険視してはいない。
 おそらくは、太古の遺跡を利用して魔法の研究、開発をしようとしているのではないか、というのが本部の予想であり、カミルはそれを確認しにきたのだ。
 魔法の研究や開発、これは別に特段責められるべきことではない。三大国及び派遣協会の間で結んだ条約にも抵触はしない。
 それに、本当に単なる遺跡調査である可能性も捨てきれない。
 だから、今回の調査行は退屈なルーチンワークで終わりそうだと、カミルは思っていたのだ。
 それがなんと、逃亡中の勇者を見つけることになるとは。
 町を歩いていたら、目の前の店、装身具の店だ、の扉が開き、中から一年前に逃亡した勇者が出てきたのだ。
 最初に見た時は、どこかで見た顔だと思っただけだった。凶悪な人相だった。こんな悪相の人間は自分の知り合いにはいない。どこで会った人物だろうか。カミルは懸命に記憶を手繰り寄せた。そして、カミルは気づいた。男の顔が手配書の人相書きとそっくりであることを。
 その勇者に続いて、もう一人、男が出てきた。
 どうやら店の人間のようだ。何故か、顔を腫らしている。
 店を出た二人の後をカミルはつけた。
 町の外れまで来た勇者は辺りを見渡した後、走り出した。常人ではありえない速さである。間違いない、男は勇者だ。
 そして、店員も勇者だった。普通の人間には有り得ないスピードで駆け出した勇者に遅れることなく、その店員も駆け出したからだ。
 二人はあっという間に見えなくなった。
 カミルは急いで、早馬の急使を立てた。早く派遣協会の本部に報せなければ。
 突如として舞い込んだ手柄話に、カミルは興奮する気持ちを抑えられなかった。




 数日後、両手に花束を抱え村へやってきた俺を迎えたのは失笑だった。
 うるせー。似合わねえことは百も承知だ。
 フィーネのご機嫌を伺うためだ。
 子どもといえど、女だから花、というのはいかにも短絡的である。俺もそう思う。
 いっておくが俺の案じゃない。俺はイレミアスに従ったまでである。
 どうも、イレミアスには強固な信念があるらしい。女は花で落ちる、と。
 本当かよ。大体、俺より世間知らずのくせして、その自信はなんだ。まあ結局はイレミアスも所詮は勇者だってことだなんだよな。あまりにも考えが雑だ。雑すぎる。コイツ、顔は美形だけど、もてない典型なんじゃあるまいか。俺は横に並ぶ綺麗な顔を眺めて思った。
 だが結局、イレミアスの理論が正しいかどうかは、わからずじまいだった。
 花を渡すはずの相手がいなかった。
 フィーネは村にいなかったのだ。

 「フィーネたちが町にいって、どれくらいだ?」
 俺は村長に訊いた。
 村では月に一度、当番のものが町へ買出しにいく。今回はフィーネの父親が当番だった。その買出しにフィーネも付いていったのだ。そして、それきりフィーネは父親ともども町から戻らないのだという。
 「今日で三日目だ。三日前の朝、村を出ていった」
 普通なら朝に村を出て、その日の夕方には町へ着く。そこで一泊して、次の日の午前中に買い物を済ませ、昼に町を出て日が暮れた夜に村へ戻る。それがいつもの買出しのパターンということだ。
 「何で、フィーネなんか連れていったんだ?」
 「どうも、あの首飾りを気に入ったようでな。町には他にも綺麗なものがあると思ったらしい。どうしても町を見物したいといって、きかなくてな」
 村長はいいづらそうにして、俺に告げた。
 やれやれ、やっぱ子どもにアクセサリーなんてやるもんじゃねえな。
 俺はため息をついた。
 「まあ気にするでない。いずれ町を見たいといいだす頃だと思っておったし、わしらもその内、連れていってやろうとは思っていたのよ」
 村長の慰めにも俺の心は晴れない。
 冷静に考えれば、そう不安がることはないかもしれない。初めての町に大はしゃぎで、帰るのを遅らせているだけかもしれない。
 だが、俺には悪い予感があった。
 俺は町に向かうことにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...