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発注会議前日譚
しおりを挟むリプレイス案件というプロジェクトのリーダーをやっている僕は今までやっていた一人の技術者として作業を行うだけでは無く、発注書を作成する必要がある。八木さんの作った資料の精度も良くて改めて僕が見積をしても大体同じくらいになる。一部作業が増えて金額の上乗せを考える場面も存在するが、今のところは許容範囲で落ち着いていた。
会社への利益を考えると多くの機能を担当する方が良い。組織に属しているからには新部署でも利益が上げられないと切り捨てられる可能性がある。赤字になると組織図の形が変わり今井の居場所もどうなるか分からない。
生活に必要なお金を稼ぐのはもちろん。ボーナスにも影響を与える。
頑張れば頑張るだけ売上が出るのは良い事だが、その分だけ給料に反映される訳では無いのが偶に悲しくなる。もしも個人で仕事を取っていれば多額な金額を目で見る事が出来る。しかし、企業にいるからこその信用を含めてお仕事があるので僕が仮に一人で生きていこうとしたら上手くは行かないだろう。
出来れば今井の作業も最低……月五十万は確保したい。僕は引き続き作業の見積もりと発注書の作成で忙しく一日が終わる。
「先輩。今日のお昼はどうしますー?」
「僕は軽く済ませるから気にしないで」
お昼時間になるとコンビニで買ったおにぎりを頬張り終えると作業に取り掛かった。昨日は終電ギリギリに家へ帰る事になり、今井の作業を半分しかチェック出来ていない。この休憩時間は確認に使った。
まだ慣れてないから作業量は少ないけれど、丁寧なエビデンスに僕は満足している。
月曜、火曜と似たような時間が流れて神下部長に発注書を確認して貰う予定の日まで後少し。
今はスケジュールを仮置きしている。
約一年後までに僕一人で終える事が出来る作業ラインの見極めを行い、少し期間に余裕を残して見積もる。
「せんぱーい。今日も居残りさんですか?」
「そーだね。金曜には神下部長に確認して貰うから……それまでは頑張るよ」
数日忙しそうにしている僕へ気を使っているのか業務中の私語も少なくなっている事には気づいていた。仕事のスケジュールは見積もり次第で忙しさが大きく変わる。
僕はそう思ってるから今井とのやり取りが減少した事が逆に集中できて助かっている。
「ちなみに先輩は昨日……お夕飯は何を食べました―?」
覗き込む様に僕の顔を見る今井に僕は手を動かしながら答える。
「んー……夕飯は、えーっと」
すぐに出てこなかった。コンビニで弁当を買った様な気もするけど、昨日は帰って寝てしまった気もする。口にした物は……思い出した。
「家にあったお菓子食べて寝ちゃったや」
「食べて直ぐ寝たら牛になります」
「大丈夫だと思う」
人間が牛になる訳ない……はずだ。空想上で人間の体に牛の顔を持つモンスターが存在していたと思うが、元は飲食後に睡眠をとってしまった人間を指しているのかと脳裏に過った。一人で色々と思考が脱線しそうになるところを堪え、定時なので今井を帰すことにした。
「気をつけて今井は帰りなさい」
「はーい」
荷物を持って部屋を出ようとした今井が思い出したかのように僕の側に戻ってきた。
「そういえば神下部長を見ないですね。何処に居るんでしょう?」
神出鬼没な部長が姿を現さないから心配にでもなったのか部長の生息地を問われた。僕も完全に予定を把握している訳では無いので、今も何をしているのか分からない。
「一応、金曜は僕と会議があるからくるはずだけど……わかんないなぁ」
「今まではノリで顔を見せに来てたんですね。絶対にそうです」
小さな溜息を吐いて今井は『睦月さんにも聞いてみよう』と呟きながら僕に別れの挨拶をして部屋を後にした。
プライベートで色々なやりとりをしている様子だが、睦月が変な事を吹き込んで無い事を切実に願う。
僕は今日も残業をして帰った。寄り道してラーメンを軽く食べ切り自宅の風呂で軽く汗を流して就寝する。ある程度の目処が付いたとは言え、今後の増員するタイミングや時期も考えなくてはならない。
絶対に終わらせるクリティカルな作業を終えても人手不足で間に合わないと大変……困ってしまう。だから、事前に忙しくなる時期に人を入れる体制も作らなくてはならない。順々と作業を進めても七月末にはテスト周りをお願いするために数人の経験者が必要だと見込んでいる。
翌日。
僕はいつも通り電車に揺れて会社についた。今井は初対面の時みたいに朝早く出勤する事は無く、仕事が始まる十分前くらいに席へ着くようになった。朝は余裕があるみたいでコンビニの最新商品を手に持っていたりとバリエーション豊かで見ていて飽きない。
僕は会社内に設置されている自動販売機でお茶を買い一息つく頃に今井が出勤した。
「おはよう」
「先輩おはよー」
今日に限って今井は荷物が多かった。コンビニ袋を僕の席に置いて中身をお披露目する。
「じゃーん。どうせ先輩は昨日もお菓子を食べて寝ているに違いないと思ったので、お弁当を買ってきました。先輩の分です」
「昨日の夜はラーメンを食べたよ。大ハズレ……弁当ありがとう」
財布から千円札を取り出し今井に渡そうとしたら断られてしまった。
「今日はカナが先輩に奢ります。お腹いっぱい食べてくださいね」
「……お言葉に甘えます」
恐らく心配させてしまっている。夕飯は遅れてもなるべく食べよう、ラーメンが閉まっていてもコンビニへ行けば何か残ってるはずだ。確かに、僕の稼働時間は伸びている事実がある。しかし、初めに頑張れば先を見据えきれるので、大事なフェーズだと僕は認識している。
本日は久々に今井とお昼を食べた。コンビニ弁当とはいえ、ガッツリ食べると眠くなる。
「そういえば先輩。今日は業務後に睦月さんと会ってきます」
「そう。楽しんでおいで」
「宜しければご一緒しても良くってよ?」
ふふふっと口元を隠しながら笑う今井に対して僕は重くなりつつある瞼を持ち上げて答える。
「お誘いはありがたいけど、ふぁぁぁ……明日は会議あるからお断りします」
「眠そうだし欠伸してるし、先輩寝れてる?」
「まぁ、ボチボチ」
僕の返答が悪かったのか今井が大袈裟なふくれっ面を見せつける。疲れは確かに溜まりつつあるも土日で解消できるだろうし……今井の言う通り意識して食を取らないと今後は体調を崩してしまいそうだ。眠気に勝つのは至極困難で今井に何か言おうかと思ったが瞼が段々……閉じていく。
「残ったお昼時間……寝る」
「ほやふみなはい」
頬を膨らませて今井カナは僕に……いや、少しだけ寝よう。
今日は仮眠を取ったから終電ギリギリまで元気に残業できた。
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