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業務内容
しおりを挟む戻ってきた日常で今井が僕に声を掛ける。
「先輩! 此処がわかんないんですけど……」
「あぁ、これか」
緊急性の高い作業が落ち着いて僕はリプレイス案件の環境構築を進めていた。そして、今井が分からない点を都度教えている。
結局落ち着いたのは僕がテスト対策に手伝う事だった。今井が分からない点を教えてあげる事で試験までのレベルアップを計る。
プログラムの命令のルールや動きがイメージ出来て居ない様子だったので、処理の動き方や順番の優先度を徹底的に叩き込む。
詰め込む事になるが身につくかは今井の地頭に賭けるしかなかった。元々の主な作業はサーバー側の作業となるが、スクリプトの部分を学んでいても損はない。実際に使う現場も存在して完全に無駄にはならない。
それでも、僕は今井のやる気を削いでしまう結果になったのが先輩として自分自身にムカついた。
「繰り返す処理……これって条件とやら次第では先輩……永遠に回りません?」
意外と心配は要らないかと思える気付きである。プログラムは条件次第では処理を永遠に繰り返す事もありえるのだ。
「良く気づくな。センスあるね君」
「えへへ、先生が優秀かもしれませんねー」
相変わらず僕をべた褒めする傾向が見える。やりづらく感じる事は無いが、申し訳ない気持ちが少しだけ強まるよ……。
「二週間も無駄にさせてしまったけどな」
「でも、埋め合わせはちゃんとしてくれるんでしょう?」
ぐ、頭が上がらない。
「そういえば、本番ってゴールデンウィークの前でしたよね? 先輩ってゴールデンウィークは予定とかあるんですか?」
長期の休みが近い事は認識しているが特にやることは決めていなかった。このまま家でゴロゴロと過ごす事になる。例年通りなので特に気にしていなかったな。
「家で……のんびりする予定がある」
「暇そうですねぇ。一緒に映画とかご飯とか行きません?」
予定は確かに無いけれど、素直に頷くか悩む。新作のゲームが発売されないか記憶を探ったが直近の残業が印象高くて全く思い出せない。
「埋め合わせの一つみたいな感じで……だめですかぁ?」
この今井とか言う後輩は僕の弱点を鋭く突くから返答に困った。
「それに聞いてくださいよ。私って四月に実家からここに来たんですよ? ゴールデンウィークって一ヶ月しか経ってないのに実家に行くって変じゃないですか? それに、ここで知り合いも少ないし。いえ、知り合いが全く居ないので先輩しか頼れる人が居なんです」
「あぁ、行こう。何処にでも好きなところに行こう。だから、それでチャラにしてくれ。あと、ちゃんと試験には受かってくれ」
ぱっと僕の返答に今井が笑顔で頷いた。
「任せてください。今井カナが本気を見せますよ。絶対に受かります」
「ちゃんと睡眠は取るようにな。本番前に頑張りすぎて体調を崩して試験を受けれないとか無しだぞ」
無理はして欲しくない。何故ならば僕も過去に無理をして体調を崩した事がある。その時はタイミングが悪く、何のために頑張っていたのか悩む虚無の時間を過ごしたことがある。
そういった経験は今井にして欲しくない。むしろ、既にさせてしまったとも思える。
それでも頑張っている今井を応援しよう。気がつけば僕の頭の中は今井で溢れている事に気付いた。
――どうして僕はこんなにこの子を意識してるんだ?
初めての後輩だから。自分の些細なミスで無駄な事をさせて悪いと思っているから。
いくつか心当たりはあるが、どれもしっくりこない。
「そういえば、試験に受かった後って何するんですか?」
今井に詳しくリプレイス案件に関して伝えて居なかった事を僕は思い出した。自分が携わる業務を理解して悪い事はない。
「大手電力会社が現在使っているシステムのサポートが終了するんだ。だから、そのシステムを新しいサポートされているバージョンに載せ替える必要がある」
僕の説明を聞いて今井の中でしっくりきた答えが浮かんだらしい。閃いたようにぴかっと口を開く。
「新しいスマホが出て前の奴を生産終了する的なノリですか?」
「いや、どちらかというとアップデートだな。今井が遊んでるゲームも新しいコンテンツが増えるとデータ通信をして更新するだろう。その更新作業を僕等が手でやるんだ」
動くシステムが新しいものに変わるかつ、出来ればサーバー周りの環境も見直したいらしい。
適した場所でシステムを動かす方が健全だ。今ある場所が悪い訳ではなく、システムにも相性が存在する。
「ポチって押して終わりそうですけど、そう上手く行かないんですか?」
スマホのアプリを更新するのはタッチ一つで終わる。だから、そう思うのも不思議じゃない。
事実、動いているプログラムのバージョンを上げるだけで環境は変る。
「今井は三という数字に五を足す時はどう計算する?」
答えは単純に三に五を加算して八となる。小学生でも出来る算数だ。
期待していた答えを今井は口にした。
「普通に三に五を足して八って計算しますよ」
「そう、僕達人間の考えではそう答えるだろう。僕はどう計算するって尋ねた。三に一を五回足したら答えはどうなる?」
一度で終わる計算を五回も繰り返す意地悪のような言葉に元気よく今井は答えた。
「八になる!」
「そう、答えは一緒だがその答えに到達するまでに計算方法が変わる事があるんだ。だから、単純にシステムを更新するだけだと不具合が発生する。その不具合も人間目線で悪い結果であるだけだ。プログラムを動かすパソコンから見ると正しい結果なんだけどね」
欲しい結果が出ないシステムは出来の悪い使えないシステムに成り下がる。
「計算する数字によっては全く結果が変わることもあるんだ。顕著に現れるのは小数点が絡む計算だな。従来のやり方だと、小数点から切り上げる物が切り捨てになることもある」
「へぇー、プログラムって不思議。でも、小数点ってことは切り上げても変わるのはたったの一でしょ?」
一という数字の大切さを理解していない今井にどう伝えれば分かりやすいか僕は考える……なるべく身近な物が分かりやすいと思ったが何も思い浮かばない。必死に考えて出てきたのが消費税だった。
「事実とは異なるかもしれないが、消費税を出す計算式があったとしよう。その計算式が小数点を切り捨てて五パーセントだと仮定しよう、その計算が切り上げに変わって六パーセントになったとしたらどう思う?」
「えー、百円で買い物する時に一円多く払うことになるとか?」
「百円ならそうなるな。んじゃ、百万円の買い物をしたとすると?」
一円なら……でも、一万円多く払うとなれば一大事だ。大げさな例えだがそういう不具合を抱えたシステムを運用するだけで、その利用者が損を抱える事もある。
「一万円あったらショートケーキが沢山食べれる……」
意外と食い意地を張っている後輩である。でも、その少しが違う事で何がおきるのか理解してくれた。
「だから、そういう今までと違う挙動を全て洗い流して通常通りの動きをするようにシステムを新しい環境で再構築しなければならない。もしも不具合が発生する場合はシステムのバージョンを公式の資料から読み取り、今までの動きになるよう弄っていく。ま、元々の動きに合わせればいいから簡単だよ」
簡単とはいえ、比較対象が『一から作る物』と比べると簡単なだけで苦労するのは目に見える。
「私が今勉強してるやつが、その元々の動きに合わせる時に使うってこと?」
「そうだな。出来れば直せる様になって欲しい。最悪のパターンは修正を別の人に任せて今井は不具合の調査だな」
既存のシステムをひたすら動かして新しい環境との違いを片っ端から調べる必要がある。調査にも大きな時間が掛かるが修正にも同じくらい時間は掛かる。
操作の仕方さえ伝えれば調査を人数でカバー出来る案件である。
「とりあえず、資格を取れば力になれるってことね」
「そういうことだ」
実際に自分が携わる内容を把握してやる気になってくれたか測れないが僕は今井がテスト本番前にリプレイス案件のテスト環境を作り上げた。
おもったよりも苦戦した。来月のゴールデンウィークが終われば僕は新環境の調査と実装をしなければならない。
環境構築兼、新人の面倒を見る二週間はあっという間に過ぎ去り本番迫る中で追い込みを掛けていた。
「模擬試験で一応、八割取れたけど……」
「ま、あとは本番の問題に対して冷静に対処できるか次第だな」
「緊張するぅ」
「めちゃくちゃ頑張ったんだ。落ち着いて受けてきなさい」
僕はゴールデンウィーク前の一日を神下部長と二人で過ごした。出張は無事終わったらしく、僕の失敗を伝えたら笑われた。今井に関しては試験を受けるので会社は特別休暇扱いとなる。
特に大きな事件も起きず最後の平日が終わりを告げる、明日は今井と映画を見に行く事になっていた。
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