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甘い酒は揚げ物と合うの?

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 呼び出しボタンを押して数分が経った。しかし、誰も来ない。

「遅いですねぇ……」
「周りのお客さんも多いんだろうね」

 僕――西崎カオルは今井カナと居酒屋で二人っきりだった。

「あ、店員さんが向こうに料理を運んでる。これは戻ってきた時に捕まえます!」

 ふんっと鼻息荒く意気込む新入社員が厨房へ戻ろうとする店員を見事つかまえた。

「これと……これ……あと、ハイボールはやっぱ無しでカルアミルクでお願いします」

 そのやり取りを僕は遠目に見ていた。先程まで二人で何故か海外ドラマを見ていたとは今でも信じられない。

 ソレに、最初はセッティング作業で忙しくて僕は二話から見始めた。

 結局、今日の業務はコレで終わりだった。相変わらずカウボーイ姿の神下部長が終業時刻ぎりぎりに飲みに行こうと提案した。新人も入った事だし顔合わせという意味で口走った。

 まだ知らない間柄で少人数の飲み会とか変に圧を掛けそうだし、僕が新人なら帰りたいと思っていたから口を挟もうとした。僕は新人をすぐ帰す先輩になろうとしたのだ。

「いいですねー。呑みに行きましょ!」

 なんと、この新人はノリノリであった。

 それから、神下部長が遅れて行くと言い僕等は居酒屋の個室で二人っきりとなる。

「遅いな。神下部長」
「先に飲み始めていいんですかー? こういうのは待つんじゃないんです?」

 遅刻する奴が悪い。時間を守った僕等が意味の分からない待ち時間を食らうのは意味がわからない。だから、僕は新人に伝える。

「気にしないでいいよ。気にならなくなるから」
「ふーん?」

 エンジニアが遅れる事はよくある。作業が溢れると参加が遅れるのは日常茶飯事で気にするのも馬鹿らしくなる。

 それに、新人と二人っきりで僕は何を話せばいいか分からない。酒を飲まないとこの空間でやってく自信が無かった。

「お待たせ致しましたー。お料理の方は少々お待ち下さい」

 おっっと。ビールを頼んで後は好きな物を新人に任せていたが瓶で来た。ジョッキをイメージしていたので僕は少しだけ驚いてしまう。

「開けますね―」

 慣れた手付きで栓抜きを手に蓋を開けると泡が吹きこぼれた。

「おお!? ほら、拭くよ」

 僕は反射的におしぼりを手にテーブルが汚れないように慌てて手を動かす。

「わ、ごめんなさい」
「いいから、どっか汚してない?」
「だいじょぶです!」

 僕のスーツならまだしも今井カナはどう見ても私服だった。今時の子がどんな服を着るか把握はしていないが、もしかすると僕の安物スーツよりも高い可能性がある。

 会社の飲み会でお気に入りの服を汚した時はもう嫌な思い出と脳にインプットされてしまう可能性を考えてしまった。

 僕等の部署には神下部長を含めて僕と新人の三人しかいない。この新人が来なくなってしまったら僕は永遠に神下部長と二人で飲む事になる。それだけは避けて新人にも酔っ払いの相手をさせたい。

 流石に嫌がるなら無理に参加はさせないが今日の雰囲気を鑑みるに飲む場は好きな様に見える。

 そういう人材も大切にしていきたい所存だ。

「コップに、えーっと」
「いや、気にしないでいいよ。自分で入れるから、開けてくれてありがとね」

 僕は瓶を奪い取り自分のコップに注いだ。

「じゃー、乾杯です!」
「乾杯」

 カランカランとグラスが奏でて氷が後に続いた。

 去年の忘年会ぶりに酒を飲んだ。正直なところ、僕はどうやらお酒にあまり強くないらしい。

「久々の味だ」
「普段はお酒とか飲まないんですかー?」

「家では飲まないなぁ」

 両手で掴んで今井カナはちびちびとお酒を飲んでいた。

 さて、問題が発生してしまった。僕は新人の子と話をする……話題が足りない。会話に切れるカードがとても少ない。いわば、会話デッキの枚数に問題があった。

 プログラム関係の事なら少々、控えがあるにはある。しかし、それを全く知らない子に話しても意味が無い。興味を持たれないどころか呆れられてしまう可能性さえあるのだ。

 だから、間に耐えられず。僕は苦し紛れに口を開いた。

「そういえば、今日……いい天気だったねー」

 外出する者に共通する話題といえば空模様だ。しかも、晴れて良い天気だったからコレは天より授かれし会話カードに違いない。

「まだ少し肌寒いから太陽の光でいい感じでした。朝はちょっと走って暑かったんですけど」

 通りで部屋の冷房が低めに設定されていた訳だ。朝に走る……ジョギングのように運動が趣味の可能性が浮かんだ。

 よく考えて欲しい。朝に走る要因と言えば通勤に間に合わない時だ。僕も悪あがきで走る日も一つ……いや、五つくらいは年にある。

 しかし、今日は僕よりも早く朝に出勤しているのが目の前の新人――今井カナだ。

 朝コーヒー屋に立ち寄って会社に出社する新人を僕が見たから間違いない。コレが天から授かりし会話カードの効力。ありがとう天の会話の神様。

「ジョギングとか趣味なの? 運動部とか入ってた?」
「え……運動は大の苦手。走るのとかマジで無理!」

 雲行きが怪しくなった。

 運動の苦手な人が朝走る理由が思いつかない。いや……理由を考えるのは変な詮索と感じるかもしれん。

 とりあえず、僕は相槌をうつ。

「そうなんだ」
「はい!」

 さて、今日の天気という会話カードを使い切った。次に明日の天気カードがちらちらと目に入るが僕はそっと選択肢から外す。次に出来る事を探していると店員さんが料理を運んできた。

「お待たせ致しました」

 唐揚げやポテト、刺し身の盛り合わせ等がちらほら届いた。何を頼んでも良かったので新人に任せていた。

「唐揚げ熱々だから気をつけて」

 先に口へ運んだ今井カナは、はふはふと熱がっていた。そりゃ、唐揚げから熱々印の煙が出ているのは一目瞭然。この子はたこ焼きも丸っと口に放り込んで後悔する子か。

 僕はそっと、刺し身に手を出した。

「あ、ズルい」

 水で無理やり冷やすという最終手段で新人は境地を脱した。そして、ズルいと言われても僕はただ、刺し身を食べてビールを飲みたかっただけだ。決して同じ目に合わない為に熱いからあげを避けた訳じゃない。と言った表情をしたつもりになってビールを飲んだ。

 店員さんという存在が次に訪れるのは何時だろう。僕は先程見た海外ドラマを思い出しながら何か共通の話題を考える。

「あ!」
「急にどうしました???」

 僕は思い出してつい、声を大きくしてしまった。共通の話題になるかもしれないと僕は『仮面先生の真実』が思い浮かんだ。

 俳優の西崎カズキが主演を務める話題のドラマだったと記憶している。

「仮面先生の真実ってドラマが話題じゃん? あれってどうなの?」

 問題があるとしたら僕がそれを見ていない。単純に見逃していた。

「まだ、始まったばっかりだから良くは分かんないけど、面白そうな雰囲気ありますよ。学園物って言うんですか? カッコいい先生が裏で警察とつながって何かを追いかけてる的な感じなんですけどー、仮面先生ってタイトルだから先生って仮の姿なのかなと考察する感じです。あと、主演がカッコいいって同級生の中では話題ですよ」

 流石二つ下の弟よ。人伝に活躍が聞けると安心感が増す……年末に実家で会ったら何か買ってやるか。

「先輩って雰囲気はカズキに近いですよね。顔の感じとか」

 ごほっと咳き込んで口からビールが流れ出るのを必死に抑えた。

「んっっ。急にどうしたの。今井さんはカズキのファン?」

 とりあえず、僕は話の流れを変える事にした。二つ年下の弟が人気俳優となれば実家に押しかける可能性も多分、無くはないと思う。好きが爆発したファン程、周りが見えなくなるものだ。

「まぁ、同世代の俳優さんの中では好きですよ。顔の感じとか? でも、まぁ。それだけかなぁ。よく知らないし追いかけてないし」
「ふーん。そうなんだ」

 弟関連の話は辞めておこう。

 そもそも、僕が何か考えて会話しようとするのも正解か分からない。仕事について気になることでも訪ねようかと思ったが初日かつ、今日は二人で海外ドラマを見ただけである。ドラマの話も居酒屋に来る途中で済ましてしまった。

 あとは、なるべく神下部長が来たら適当に任せていれば良い。

 早く来い部長と思いながら僕は今井さんに話しかける。

「今度、暇があったらドラマも見てみようかな。そういえば、初日だけど何か聞きたい事とかある?」

 僕は逃げる事にした。僕が気を使いながら相手に話を振り場を繋ごうとする必要って実は無いのだ。変な間が出来るくらいなら主導権を相手に渡して何かあれば話すくらいで丁度よい。
 
 かもしれない。

 今までの経験上で語りたいが良く考えると部下も初めてだし、女性と二人っきりの空間も久しくて覚えていない。

「そうですねぇー」

 悩むがいい。僕は相手を待つ状況を作り上げた。悠々とビールを口に運び時を待った……これぞ大人の余裕であり、先輩がどっしりと構えている図である。

「おかわりどうぞー」

 僕が飲み干した隙きを見逃さず今井カナは瓶ビールを手にして僕のコップへ注いだ。

「ありがとう。でも、気にしないでいいよ。自分で入れるから」
「まぁまぁまぁ」

 何か訪ねようと思っている様子だが、悩んでもいるあやふやな後輩を放置して僕は良い温度になった唐揚げに手を出した。

 肉厚で中まで火がちゃんと通っており、味付けも好みに合う。意外と居酒屋の唐揚げって旨いな、ビールと合わせてもいける。

 そう考えながら唐揚げを食べてると後輩から予想しなかった言葉を掛けられた。

「先輩怒ってます?」

 ふぅ……さて、僕が怒る要素が今までに合っただろうか。栓抜き時にビールが溢れるくらいで怒る男では無い……心当たりも無い。

「怒ってないよ。唐揚げが思ってたより美味しかった」

 お酒に油物はよく合う。でも、甘いお酒にも合うのか少しだけ疑問に思った。後輩の今井カナは甘いお酒をちびちびと飲んでいる。この唐揚げと合わないなら別の食べ物を頼もうかを考える。

「そのお酒は美味しい? 別の料理とかも頼もうか?」

 僕の言葉の真意はちゃんと伝わらずに今井カナはじーっと、僕の顔と手元のカルアミルクを交互に見て小さくうーんと唸りながら口に出した。

「しかたない。朝のホワイトチョコたっぷりキャラメルフラペチーノは駄目でしたけど、これなら一口いいですよ」

 そう言いながら僕に向かって飲みかけのお酒を差し出す。

「いや、別に欲しくないから」

 断られると想定していなかったらしい今井カナは驚いていた。そんなに飲みたそうに見えていたか……僕はコップのビールを飲み干して唐揚げを頬張る。

「思いついた。先輩って彼女いますか?」
「んんんっっ」

 会話カードに想定されていない質問が飛んできた。禁止カード級の質問に僕は変に飲み込んで唐揚げが喉につっかかる。

「ごほっ」
「わ、先輩大丈夫ですか!? ほら、これ」

 手渡されたお酒を飲んで喉の苦しさから開放される。

「急に変な質問するね」
「何か聞きたい事って言われたから……」

 仕事の事を想定していたんだけど、プライベートの事を尋ねられるとは思わなかった。

「彼女は居ないよ」
「えー、うそっぽい」

 嘘をつく理由が無い。それにしても唐揚げと甘いお酒は意外とイケた。

 それは僕が甘党だからかもしれないけれど……。
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