上 下
10 / 11

第十話 黒猫と風鈴と

しおりを挟む
 チリリ……ン……
 チリリ……ン……
 
 風が吹いてきたみたいね。
 軒下に吊り下げてある、お椀を逆さにしたような小さな鈴。
 その鈴が、ふるふると震えているのが見えるわ。
 柳都の手のひらにおさまりそうな大きさで、透明なガラスで出来ている鈴。
 それがお日さまの光を反射しているものだから、真っ白に見える。
 ちょっと眩しいけど、あたし、その絵柄を良く覚えているのよ。
 それにはねぇ、青いお花の絵が描いてあるの。
 大きく開いた丸い形のお花で、葉っぱは広三尖形。
 それには細かく毛が生えているの。
 お庭に咲いている朝顔の花と全く同じ。
 あたしの大好きなお花よ。
 ねぇ、涼しそうな色だと思わない?

 チリリン……
 チリリン……

 その鈴の内側からぶら下がっている小さな短冊。
 それが、風に誘われてゆれている。
 それは、廊下に寝そべっているあたしの上で、くるくると回っている。
 そのたびに涼しそうな音が、耳の中に入ってくる。
 すごく心地良いものだから、あたしは寝そべったままううんと背伸びをした。しっぽも思いっきり伸ばして。
 この音は、ゆっくりと目を閉じて、いつまでも聴いていたくなるわ。
 ジリジリと、ただやかましく鳴くセミ達とは大違いよ。
 この音に良く似たスズムシ達の声が聴こえてくるのは、まだ当分先のようね。
 この暑さ、どうにかならないかしら。
 身体中が熱を持った感じがするし、頭がぼうっとしてきそうになる。

 すると、ぶううん……と大きな音がしたとたん、何か涼し気な風が、部屋の奥から吹いてきた。
 冷たずぎず、暑すぎず、丁度いい温度。
 その風が、あたしの毛を地肌からそっとなで上げてきたの。

 同じ方向から、足音もしてきた。
 
「ディアナ。部屋を冷やすのが遅くなってすみません。そこは暑いですから、早くこちらにおいで」

 穏やかな声が聴こえる。
 ああ、柳都の声だ!
 あたしはすくっと身を起こし、声が聴こえた方向へと足を動かした。
 すると柳都ったら、何故かまゆにシワを寄せているの。
 あらやだ。一体どうしたというのかしら?
 彼の美しい額にシワが残ったら困っちゃうわ!

「ディアナ。心地良いところで寝そべるのは構わないのですが、きちんと水を飲んで下さい。グルーミングだけでは足りませんよ。熱中症になったら大変です」

 ……しまった! あたしったら、またやってしまったわ!

 そこで気付いたあたしは、すぐ傍に置いてあった真っ白なお皿に目をやった。 
 それには、ひたひたになるほど入れてある、お水が風に誘われて小さなさざ波を作っていた。
 お皿に入れてあるお水に、全然手付かずだったのが彼にばれちゃった。

 ああん柳都、ごめんなさい。
 あたしのために、せっかくお水を準備しててくれたのに、そのまま放置しちゃって。
 この廊下のひんやりとした感じが好きで、あたしったら、ついうとうとしちゃったの。

「みゃぁう~……」

 すっかりうなだれちゃったあたしを、彼はその大きな両手で抱き上げたの。何かから奪い去るかのような勢いよ。あたし、びっくりしちゃったわ。


 部屋の奥の方は、廊下と違ってほんのり涼しい温度になっていた。あの音がした、クーラーと言う機械のおかげね。
 でも、人間と猫の体温は違うって、この前テレビで言ってたっけ。
 あたしは丁度良いんだけど、これって彼にとっては、暑くないのかしら?
 彼の腕の中で丸くなりつつも、ついつい気になってしまった。
 濡れたタオルで身体のあちこちを拭かれた後、そのままうとうとしてたんだけどね。
 
 机の上に置いてある真っ白なお皿。
 その中には、少しかさの減ったお水が入っている。
 言われた通り、あたしちゃんとお水を飲んだわよ。
 もちろん、眠っちゃう前だけど。
 だって、これ以上柳都に心配をかけたくないもの。
 体調だって、今はどうもないし。
 
 すると、上から優しいんだけど、どこか心を決めたような声が聞こえてきたの。

「昔に比べここ近年は酷暑になっていますから、アイスジェルマットかクールマットの購入を考えましょうか。そうすれば、あなたが寝そべっても大丈夫ですから」

 え? それって何?
 あたしがいつもの場所でごろごろしても大丈夫になるものなの?

 あたしは彼の顔をつい見上げた。
 銀縁眼鏡の奥から、榛色をした優しい双眸が、あたしの瞳を見つめ返してくる。

「あなたは心配しなくても大丈夫ですよ。冷え過ぎも良くありませんし、あなたに合わせていれば、体調を崩すことはありませんから」

 何か、また頭の中を読まれちゃったみたい。
 背中がなんだかむずがゆくなってきた!

「なぁ~ごぉ~!」

 柳都~心配かけてごめんなさい。
 あたし、今度からなるべく忘れないように、必ずお水を飲むようにするから!

 しっぽをぴんとまっすぐに立てて、ぷるぷるふるわせたあたしの頭を、彼はその大きな手で優しくなでてくれたの。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

Hope Man

Kisaragi Mutsuki
キャラ文芸
昭和の真っ只中、出会いと別れを経験して大人になっゆく『龍一』の生き様を描いた物語。

継母の心得

トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 4巻発売中☆ コミカライズ連載中、2024/08/23よりコミックシーモアにて先行販売開始】 ※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロが苦手の方にもお読みいただけます。 山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。 治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。 不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!? 前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった! 突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。 オタクの知識を使って、子育て頑張ります!! 子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です! 番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。

ウサギ様と私

キャラ文芸
 ある日の仕事終わり、私は道端に落ちているウサギを拾った。交番にも届け出を出し、飼い主が見つかるまで預かることになった。  翌日、目が覚めると横には幼女。驚く私と何故かいないウサギ。実は幼女がそのウサギであり、あやかしなのだと言った。元々山に住んでいたが、逃げてきて偶然私に拾われたらしい。かくして、一人暮らしの私に奇妙で可愛い同居人が出来た。  ウサギのみこが小学校に通うことになったり、みこの従兄や兄がやってきたり、今度はこちらがみこの実家を訪ねてみたりと大急ぎの日々が始まる。

見知らぬ男に監禁されています

月鳴
恋愛
悪夢はある日突然訪れた。どこにでもいるような普通の女子大生だった私は、見知らぬ男に攫われ、その日から人生が一転する。 ――どうしてこんなことになったのだろう。その問いに答えるものは誰もいない。 メリバ風味のバッドエンドです。 2023.3.31 ifストーリー追加

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※完結済み、手直ししながら随時upしていきます ※サムネにAI生成画像を使用しています

契約違反です、閻魔様!

おのまとぺ
キャラ文芸
祖母の死を受けて、旧家の掃除をしていた小春は仏壇の後ろに小さな扉を見つける。なんとそれは冥界へ繋がる入り口で、扉を潜った小春は冥界の王である「閻魔様」から嫁入りに来たと勘違いされてしまい…… ◇人間の娘が閻魔様と契約結婚させられる話 ◇タグは増えたりします

処理中です...