上 下
53 / 82
第五章 革命の時

第五十一話 絶体絶命

しおりを挟む
 レイアは自分の右脇腹に痣があるのをまざまざと思い出した。聞いていたセレナとアーサーもはっとなった。雷に打たれたかのような衝撃が身体を一気に刺し貫いてゆく。
 小さい頃から翼のような形をした右脇にある痣。アエスが言うには、その痣がロアン家の血をひく者であれば、身体のどこかに現れる証拠だと言うのだ。
 
 (そんな……! あれは……偶然ではなかったのか……!? ) 
 
 まさか自分の実の親を殺した相手が、アリオンの両親の生命を奪った相手と同一人物だとは思わなかった。その衝撃がレイアの全身を駆け巡る。 
  
 今まで以上に耐えかねる痛みが襲いかかって来たが、こめかみを押さえ、歯を食いしばることでレイアは何とか堪えた。だが、早鐘を打つように痛みは増し、流れ落ちる冷や汗で上着が湿り気を帯びてくる。額から流れ落ち、顎から玉となった汗がしたたり落ちてゆく。痛みと驚愕の事実に襲われ、頭の整理が追い付かない。レイアの異変に気付いたアリオンがレイアの傍に駆け寄った。  
 
「……それじゃあ、今まで生きてきた私は一体何なんだ!?」
「レイア! 落ち着くんだ!」
「これが落ち着いていられるか! あいつの言うことが真実であるならば、今まで‘’レイア・ガルブレイス‘’として生きてきた時間は、全て偽物だったということだろう!?」
「レイア!」
「私は……私は……一体……何なんだ! 何者なんだ……!!」
 
 そんな彼女をアリオンは黙って後ろから抱き寄せた。汗で頭部が雨に打たれたかのように濡れ、すっかり冷たくなっている。彼女の身体が小刻みに震えているのを感じ、温もりを与えるかのように抱く腕に力を込めた。それに気付いたレイアは慌ててアリオンから身を剥がそうともがいた。
 
「離せよ! 離せったら!!」 
「……離さない。レイア。混乱する気持ちは良く分かるが、一先ず聞いてくれ。君は、君だ。名前が‘’レイア・ガルブレイス‘’だろうと‘’ジャンヌ・ロアン‘’だろうと、君が君であることに変わりはない。君は生きているんだ。名を変えているだけで、ジャンヌとしても生きているのだから!!」
「……」
 
 ようやくレイアの身体の震えが止まった。雪が溶けるように痛みが一気にひいてゆく。痛みから開放され安堵の吐息をつき、後ろを振り返りゆっくりと見上げてみると、悲痛な面持ちの王子の顔があった。金茶色の瞳はわずかに潤んでいて、血走っている。その顔に浮かんでいる表情は複雑で、何か気持ちを抑え込んでるようなどこか緊張しているような表情だった。

 アリオンは汗に濡れて張り付いた濃い茶色い前髪を、指でそっと避けてやった。そんな彼の仕草に気付いたレイアは何か言葉を発したいが、喉につっかえてうまく出てこない。彼女が口を開いて何か言おうとしたその時、アエスのハスキーがかった渋味のある声が、その場の空気を一気に引き裂いた。 
 
「しかし、あの時子供だったお前がここまで美女に育つとはな。気の強い女は好みだ。抱き心地の良さそうな女もな。何なら儂の妃になっても良いぞ。但し正妻がいるゆえ二番目だがな。そんな薄汚い格好などせず、痛い思いなどせず、昼夜問わず毎日楽しく過ごせるぞ。本来ならあるはずだった王族としての贅沢な暮らしが、儂の元にはあるのだからな!」 
「そんなもの……私は望んでいない!」
 
 喉笛に食らいつくのではないかという位の勢いでレイアは言い放つ。
 
「そうか……これでも儂は情けをかけてやったつもりだがな……仕方がない。お前もここから生きては出さぬぞ」
「……そうはさせない。アエス王、僕が相手だ」  
 
 アエスはレイアからアリオンへと視線を向けた。まるで見下すような瞳だ。王子は煙水晶の瞳を睨み付け、腕輪のある左の握り拳をぐっと握り締める。
 
「ほう。今のお前がこの儂に勝てるとでも?」
「……敵わずとも、一矢は報いるつもりだ」 
 
 アリオンはレイアを解放し、彼女を背にして立ち、腕輪のある左の握り拳をぐっと握り締め、すらりと剣を鞘から引き抜いた。
  
「ほう。この儂に剣を向ける気か。良いだろう。その腕輪の作り主が儂だということを今ここで思い知らせてやるわ……」
 
 アエスは右手を突き出し、手のひらを上に向け、何やらブツブツと呪文を唱えた。煙水晶の瞳が真っ黒になったその瞬間、アリオンが目を大きく見開いた。
  
「あああああああああああっっっ!!!!」
「アリオンっ!!」
 
 数ヶ月前に崖から落ちたレイアを助けるために“力”を使った時の倍以上の痛みがアリオンを襲ったのだ。
 アリオンは剣を落とし、左胸を押さえながら膝立ちになった。
 心臓を握り潰そうとする力がどんどん強くなってゆく。
 カシャンと音を立てて、手から滑り落ちた剣が床に転がった。
 
「あああああああああああっっっ!!!!」
 
 アリオンは真っ直ぐに立つことすらままならず、倒れずに済んでるだけマシな状態だった。
 痛みのあまり、呼吸が上手く出来ない。
 白皙の色が更に白くなった額に汗が浮き出し、宝石のように輝いている。
 胸を押さえてもがき苦しむ王子を見て、アエスは勝ち誇ったかのように高笑いした。
   
「フハハハ!! 儂を憎みたければ憎むが良いぞ! 所詮は悪あがきというもの。己の非力さを憎み苦しみ、泣き叫ぶが良い!!」
 
 王は腰に帯びている自分の剣を鞘からすらりと抜いた。その剣は外からの光を受け、ギラリと輝いている。その剣身を舌でべろりと舐めた。
  
「一度は見逃したが、その恩を忘れて刃向かうとはな。そんなに死にたければ死ねばいい!!」
 
 王は剣を振りかざし、身動きがとれずにいるアリオンの左胸を目掛けて突き刺そうとした。耐えきれなくなったレイアは急いで立ち上がる。
 
 (駄目だ!! それだけは絶対に許せない……!! )
 
 衣服が擦れる音を聞き、レイアの動きを察知したアリオンは痛みを堪え、絞り出すような声で彼女を制止しようと必死に叫んだ。
 
「……レイア……駄目だ……こちらに来ては……いけない!!」
「貴様! アリオンに何をする!!」
 
 レイアは身を踊らせ、アリオンを思い切り突き飛ばした。するとアエスの剣先が、誘われるかのように彼女の左胸を背中から真っ直ぐに刺し貫き、周囲に血が飛び散った。
 
 剣先からぼとぼとと血がしたたり落ちてゆく。レイアは全身に走る激痛を堪え、ありったけの力を振り絞り、背後にいる男の鳩尾を狙って肘鉄を食らわせた。
 
「何……!?」 
「これ以上……私から大切な者を奪うなぁああっっ!!」
 
 予想外の反撃をまともに食らったアエスは剣を握ったまま背後にふき飛ばされた。レイアの渾身の一撃だった。 
 
「ぐあっ!!」
「く……あ……っ!!」
 
 身体から剣が抜けてゆく生々しい感触にレイアは苦悶を浮かべた。左胸から迸る真っ赤な血潮が大きな弧を描く。髪留めが切れて、濃い茶色の長い髪が扇のように広がった。
 
「レイア――ッ!!!!」

 アリオンの悲痛な叫び声が室内に響き渡った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

四回目の人生は、お飾りの妃。でも冷酷な夫(予定)の様子が変わってきてます。

千堂みくま
恋愛
「あぁああーっ!?」婚約者の肖像画を見た瞬間、すべての記憶がよみがえった。私、前回の人生でこの男に殺されたんだわ! ララシーナ姫の人生は今世で四回目。今まで三回も死んだ原因は、すべて大国エンヴィードの皇子フェリオスのせいだった。婚約を突っぱねて死んだのなら、今世は彼に嫁いでみよう。死にたくないし!――安直な理由でフェリオスと婚約したララシーナだったが、初対面から夫(予定)は冷酷だった。「政略結婚だ」ときっぱり言い放ち、妃(予定)を高い塔に監禁し、見張りに騎士までつける。「このままじゃ人質のまま人生が終わる!」ブチ切れたララシーナは前世での経験をいかし、塔から脱走したり皇子の秘密を探ったりする、のだが……。あれ? 冷酷だと思った皇子だけど、意外とそうでもない? なぜかフェリオスの様子が変わり始め――。 ○初対面からすれ違う二人が、少しずつ距離を縮めるお話○最初はコメディですが、後半は少しシリアス(予定)○書き溜め→予約投稿を繰り返しながら連載します。

処理中です...