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第五章 革命の時

第五十話 真実

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 その部屋の真ん中あたり黒髪で煙水晶の瞳を持っている男がゆったりと立っていた。その頭には冠を乗せていない。国旗と同じく黒を基調とした生地に、紫色の差し色が入った上着を来ている。炎のような形をした襟飾りのついた黒い外套を、その上から羽織っていた。彼はレイアの破れた上着に始まり、セレナの傷だらけの手足からアーサーの左腕に巻かれた包帯一つに至るまで、獲物を舐め回すかのように眺め見た。
  
「ほう。これは、確かに面白い顔ぶれだな。このランデヴェネストから抜け出した後、そなたはかような連中を連れてきたわけなのだな。アリオンよ」 
「……」
「こちらの兵で仕留められなかったのは残念だが、その結果としてお前達は万全な状態ではなくなった。儂を相手に生きて帰れるまい。覚悟するがいい」 
 
 アリオンは無言のままアエスを睨みつけた。何を言われても動じることはないが、何としてでも自分がアエスを押さえ込みたいところだ。だが、左手首にある冷たい黒い腕輪が鉛のように重く感じる。
 
「フハハハ! 残念ながら鍵は見つからなかったようじゃの。アリオン。その腕輪がある以上、そなたの勝機はほぼないと思え……」
「王とやら、やってもいないうちから結果を決めつけるのはどうなんだい?」
 
 アエスは声がする方向へと顔を向けると、睨んでいるヘーゼル色の瞳に気が付いた。すると、彼は顎に手をやり眉をひそめ、やや訝しげな顔をした。
 
「……そこな娘、初めての顔のはずだが、どこかであったような、見覚えのある顔だな。名はなんと?」  
「レイア・ガルブレイス。失礼だが、私はあんたの顔は知らないね」
 
 王の問いに対し、レイアは切って捨てるように言い放った。しばらく記憶をたどっていたアエスだったが、何かを思い出したように目を大きく見開いた。
  
「ああ、思い出した。お前は……あの時の娘だな。もうそんなに経ったか」
「?」
「いくら髪の色を変えても、風貌や雰囲気を変えてもその瞳を見れば分かる。お前の瞳はエオンの生き写しだからな。その面立ちは母親そっくりだ」
 
 アエスから突然聞き覚えのない名前を言われ、レイアは首を傾げた。
  
「エオン? それは誰だ?」 
「知らぬのか? 聞いたことも?」
「ああ。初めて聞く名だ」
 
 すると、再びフハハハハ! と、アエスは高笑いをした。レイアは頭に血がのぼってカッとなり言い返す。
 
「一体何がおかしい! いきなり笑うなんて失礼ではないか!!」
「いやあ、これは滑稽だ。いや、憐れむべきと言うべきか。可哀想にのうエオンよ……。そなたは本当に“エオン”という名に全く聞き覚えがないのか!?」
「知らん。全く分からん」 
「ダムノニア王国最後の王の名前だ。エオン・ロアン。お前の父親の名前だ」
 
 いきなり何のことか分からず、レイアは一瞬あ然となったが、アエスをぎろりと睨み付けた。声に苛立ちの色が混じり、今にも噛みつきそうな形相だ。
 
「突然何を言う!? 貴様……! 嘘をつくのも大概にしろ!! 私の両親はコルアイヌに住んでいた平民で、とうの昔に病死したと聞いている!!」 
 
 アエスは再びフハハハ!! と高笑いし、目尻に溜まる涙を豪奢な指輪だらけの指ですくいとった。
 
「……ああ、愉快だ愉快だ……腹の筋が痛くて堪らぬ!! 実の愛娘に存在を忘れられるとは、エオンは憐れな父親だのう!! その様子だと、産みの母であるコンスタンスも忘れられていると見える!!」
 
 アエスの言葉が更にレイアの神経を逆撫でする。 
 
「何故あんたがそう決めつける? そう言うのなら、あんたは本当のことを知っているとでも言うのか!?」
「勿論だ。エオンとコンスタンスを殺したのはこの儂だからのう」
「……何だって……!!」
「ロアン家の者を皆殺しにするよう、手下に命令したはずだったが……ここで再び相まみえるとは思わなかったぞジャンヌ」
「え……?」
 
 そこで、レイアの表情から怒気が一気に抜け去った。それとともに、嫌なあの感覚が背中から這い上がってくる。長年彼女を苦しめている、脳の奥底からじわりじわりと攻めてくる痛みだ。ごくりと唾を飲み込み、その痛みをぐっと堪えた。
 
 (ジャンヌ? ……どこかで聞いたことのある名前……確か……十年以上前に行方不明になった……王女の名前……!? )
   
「ジャンヌ・ロアン。それがお前の真の名だ」
「一体何を言っている? 私はレイアだ。ジャンヌという名ではない!!」
「ロアン家の出自は隠せない。お前の身体に翼の形をした痣があるはずだ。それが何よりの証拠!!」
「!!」
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