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第四章 西の国へ
第四十三話 決戦前夜
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黒を基調とし、紫が差し色として縁取られた国旗がはためいている。真ん中には炎のような紋。その旗のように艷やかな黒い翼をバサバサ広げ、フォンセが黄色いくちばしを開き、かあと一声鳴いた。その上から渋い声が轟いてくる。
「……そうか。奴らは今カンペルロに向かっているのか」
「ええ。陛下。このままで宜しいのでしょうか?」
「このまま……とは?」
「言葉そのままという意味でございます。父上」
息子から報告を受けたアエス王は鴉の頭をゆっくりとなでたあと、黄金のカップを手にし、中身をぐびりと喉の奥に流し込んだ。
机の上にカップをも置くと、中に残っている血のように赤黒い液体がゆらゆらと波打っている。口元を三日月型に歪めた。
「……ああ。余計な手出しはせず、そのままで良い。お前からの報告を聞いて、尚更このままで様子を見続けるのも一興だと改めて思ったのでな」
アエス王は確かめるかのように、顎の髭をゆっくりひと撫でした。そう言えば……と、言葉をつなげる。
「アルモリカを完全に我が物としたあと、次の標的として狙っているコルアイヌ。その国で一位二位を争う槍使いと小娘二人がアリオンに同行していると言ったな」
「はい」
「その腕前はどうだ?」
「小娘二人は存じませんが、そのアーサー・シルヴェスターと言う槍使いは中々腕が立ちます。私が軽度とはいえ手傷を負わされた位なので。こちらの味方にどうかと試しに誘ってみましたが、体よく断られました」
それを聞いたアエス王は煙水晶の瞳を細めた後、フハハハッ! と高笑いした。フォンセは突然の振動で、足場としている王の指からずり落ちぬよう必死に捕まるのに苦労している。
「そうであろうの。コルアイヌが手放そうとしない程の手練なら、そのアーサーという男、最強の護衛に違いない。こちらになびかぬのなら……意地でも寝返らせるように一手を打つか、殺すまでだな」
「……」
「……そうか。その仲間とやらを一人ずつ血祭りにあげるというのも面白い。拷問にかけても良いな。櫛の歯が一本ずつ欠けるように抜いていってやろうかの。あのアリオンがどこまで平常心を保てるか、……フハハハ! これは見物だ」
一人思い付いたことに満足しながら語り続けるアエスの前で、ゲノルは無言のままぴくりと片眉を動かした。その表情は変わらず無表情のままだったが。
「このところ退屈しておるからのぅ。アリオンは腕輪さえつけさせておけば恐れるに足らずだ。どんなに憎かろうと、儂の元で鎖に繋がれるしか未来がないことを、この際だから思い知らせてやる」
「……」
アエスは顎の黒い髭を右手の指でなでつつ、どこか満足げに口元を歪めていた。だが、その目は全く笑っていない。
「この世で一番の覇者はこの儂だ。誰にも邪魔させはせぬ。ゲノルよ。我らカンペルロ人が天下を我が物とする日も近いやもしれぬぞ!」
「はっ!」
「――ゲノル。そなたは奴等を常に裏で監視していよ。そして、彼らを城に待機させておけ。いつでも戦闘態勢がとれるように。良いな」
「はっ!」
ゲノルが一例をしてその場を辞した後、フォンセはかあかあと、大きく鳴き、王の指から離れて窓に向かって飛び去って行った。
(アリオンめ。若い者は諦めという言葉を知らぬようだが、そのしぶとさが己が身を地獄に突き落とすことになるぞ。己の非力さを憎んで苦しみのたうち回るがいい……! )
ランデヴェネスト城内を不気味な高笑いが鳴り響き、しばらくの間こだまし続けていた。
「……そうか。奴らは今カンペルロに向かっているのか」
「ええ。陛下。このままで宜しいのでしょうか?」
「このまま……とは?」
「言葉そのままという意味でございます。父上」
息子から報告を受けたアエス王は鴉の頭をゆっくりとなでたあと、黄金のカップを手にし、中身をぐびりと喉の奥に流し込んだ。
机の上にカップをも置くと、中に残っている血のように赤黒い液体がゆらゆらと波打っている。口元を三日月型に歪めた。
「……ああ。余計な手出しはせず、そのままで良い。お前からの報告を聞いて、尚更このままで様子を見続けるのも一興だと改めて思ったのでな」
アエス王は確かめるかのように、顎の髭をゆっくりひと撫でした。そう言えば……と、言葉をつなげる。
「アルモリカを完全に我が物としたあと、次の標的として狙っているコルアイヌ。その国で一位二位を争う槍使いと小娘二人がアリオンに同行していると言ったな」
「はい」
「その腕前はどうだ?」
「小娘二人は存じませんが、そのアーサー・シルヴェスターと言う槍使いは中々腕が立ちます。私が軽度とはいえ手傷を負わされた位なので。こちらの味方にどうかと試しに誘ってみましたが、体よく断られました」
それを聞いたアエス王は煙水晶の瞳を細めた後、フハハハッ! と高笑いした。フォンセは突然の振動で、足場としている王の指からずり落ちぬよう必死に捕まるのに苦労している。
「そうであろうの。コルアイヌが手放そうとしない程の手練なら、そのアーサーという男、最強の護衛に違いない。こちらになびかぬのなら……意地でも寝返らせるように一手を打つか、殺すまでだな」
「……」
「……そうか。その仲間とやらを一人ずつ血祭りにあげるというのも面白い。拷問にかけても良いな。櫛の歯が一本ずつ欠けるように抜いていってやろうかの。あのアリオンがどこまで平常心を保てるか、……フハハハ! これは見物だ」
一人思い付いたことに満足しながら語り続けるアエスの前で、ゲノルは無言のままぴくりと片眉を動かした。その表情は変わらず無表情のままだったが。
「このところ退屈しておるからのぅ。アリオンは腕輪さえつけさせておけば恐れるに足らずだ。どんなに憎かろうと、儂の元で鎖に繋がれるしか未来がないことを、この際だから思い知らせてやる」
「……」
アエスは顎の黒い髭を右手の指でなでつつ、どこか満足げに口元を歪めていた。だが、その目は全く笑っていない。
「この世で一番の覇者はこの儂だ。誰にも邪魔させはせぬ。ゲノルよ。我らカンペルロ人が天下を我が物とする日も近いやもしれぬぞ!」
「はっ!」
「――ゲノル。そなたは奴等を常に裏で監視していよ。そして、彼らを城に待機させておけ。いつでも戦闘態勢がとれるように。良いな」
「はっ!」
ゲノルが一例をしてその場を辞した後、フォンセはかあかあと、大きく鳴き、王の指から離れて窓に向かって飛び去って行った。
(アリオンめ。若い者は諦めという言葉を知らぬようだが、そのしぶとさが己が身を地獄に突き落とすことになるぞ。己の非力さを憎んで苦しみのたうち回るがいい……! )
ランデヴェネスト城内を不気味な高笑いが鳴り響き、しばらくの間こだまし続けていた。
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