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第四章 西の国へ

第四十一話 夜が明けて

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 レイアがふと目を開けると、窓から日の光が差し込んで来ていた。
 ちゅちゅん……と、どこからか鳥の愛らしい声が聞こえてくる。
 頭の奥がわずかだが、傷んだ。
 
 (まぶしい……もう朝か……早いな……)
 
 寝台の上でがばっと身を起こすと、腰まである長い髪の毛が、さらさらと頭から前へと流れ落ちてきた。右腕で後頭部に向かってざっとかき上げる。
 昨晩はいつの間にか眠っていたが、睡眠時間はいつもよりきっと短いと思う。
 
 ぱたぱたと足音がしてきたと思ったら、セレナだった。着替えは済んでいるようだ。心配そうにレイアの顔をまじまじと覗き込んでくる。
 
「レイア、どうしたの? 目が腫れているわ」
「ん~……ちょっと寝不足気味なだけ……」
「疲れ過ぎも逆に寝れないわよね……」
 
 ふわぁとあくびをするレイアの耳元で、セレナはこそっとささやいた。 
 
「ねぇ、昨日部屋に来るのが遅かったようだけど、ひょっとしてアリオンと何かあったの? 」 
「い……いや、べ……別に何にもないけど!?」
「ふうん? なら良いけど……」
 
 まさか昨晩アリオンの腕の中で大泣きしたとは言えず、レイアは何とかごまかすのが必至だった。横で首を傾げているセレナを尻目に寝台からあわてて立ち上がる。
 顔を洗い、夜着を脱いで身支度を整えている時、衣服に残る香りがレイアの身体にふわりとまとわりついた。
 
 何故か焚き火の匂いはせず、すっきりとしたさわやかさで、
 泣きたくなるような、戻りたくなるような、穏やかな春の海の匂いだ。
 
 (この匂い……)
  
 今まで意識したことがなかった温もりと重み。
 抱き寄せられた時の腕の力強さ。
 耳元で囁かれた優しい声は、波の調べのように耳に心地良く、それだけでも気を失いそうになって──。
 
「……!!」  
 
 色々鮮明に思い出して、レイアは頬を赤く染めた。
 
 (いけない。私は一体何を考えているんだ!? カンペルロ王国に向かうのと、鍵を探すことが大事だ。しっかりしなくては! )
 
 両手で勢いよく頬をぱんぱんと叩き、気合を入れた。
 乱れている髪をあわててくしで整え、いつもと同じように後ろに結い上げて髪留めで縛っていると、セレナの軽やかな声が滑り込んできた。
 
「レイア? 準備出来た? 食堂に朝ご飯食べに行きましょ」
「準備は出来たよ! 行こうか」 
 
 身支度を終えたレイアはセレナの元へとかけていった。
 
 ⚔ ⚔ ⚔
 
 レイア達が宿舎の食堂に入ると、彼女達の姿を認めたアーサーが右手を上げて合図してきた。 
 
 アーサー達は普段より早く起きたそうで、朝食は先に済ませたようだ。女子二人は疲れが溜まっているだろうとあえて声をかけず茶を飲みながら待っていたようだ。
 彼の横でアリオンは食後のお茶をすすっている。
 その様子は何ら普段と変わりない。
 
 それなのに、
 考えごとをしているのかどこか物憂げな目元と言い、
 頬に掛かる髪を耳の後ろにかき上げる仕草と言い、
 レイアの瞳にはやけに色っぽく見えてしまった。

 (馬鹿馬鹿馬鹿!! 朝っぱらから何を考えているんだ私は……!!)

 あわてて目をこするレイアに、セレナは子首を傾げている。
  
「どうだレイア。昨日は眠れたか? ……て、おい。目が腫れているようだが、お前大丈夫か?」 
「大丈夫だよ。……昨晩ちょっと水を飲み過ぎただけだ。身体はすっきりしているから問題ない」
「そうか。なら良かった」
 
 アーサーに変に勘繰られたくないので適当に口走ったが、改めて思い返すと、やけに身体が軽く感じるのは嘘ではなかった。
 今まで身体の中に溜まっていたものが、全て洗い出されたような感じがする。
 
 (昨晩あまり眠れてないわりには疲れがすっきりとれてる……一体何故? )
 
 そこでレイアは、アリオンが治癒能力を持っていることを思い出した。 
 まさかそれのおかげだろうか? 
 確信は持てないが、力を使ってレイアを癒やしてくれた可能性は充分ある。
 きっと、彼が気を遣ってくれたに違いない。
 そう思うと、顔から火が出そうになった。 
 
 (アリオンがせっかく善意でしてくれたことを私ったら……! 勘違いも甚だしい!! )
 
 でも、そう思うと、少し寂しい気持ちが心に宿るのも否めなかった。乙女心は色々忙しい。
 
「ここの朝食は自分で好きに料理を注文しに行くスタイルのようだ。向こうに注文出来る場所があるから行くといい。支払いは店を出る前で良いそうだ。俺達は話し合いをして待っているから、急がなくていいぞ」 
「ありがとう。気を遣わせて悪いわね。なるべく急ぐわ。レイア、行きましょ!」
 
 アーサーが指差す先に、店員が始終出入りしている調理場が見えた。朝食に訪れる客は多いようで、今朝も早朝から客の入りは良いようだ。それに比べ、店内は少し落ち着きを見せ始めているように感じる。 
 少しすると、レイアとセレナがめいめい料理を乗せた木製のお皿を運んできた。それぞれ美味しそうな湯気がたっている。
 
 グリーンリーフで飾られた目玉焼き。
 トマトをふんだんに混ぜたふわっふわのオムレツ。
 色とりどりの野菜サラダ。
 蒸し焼きにされたコチャの実(木の実の名前)。
 白い湯気をたてているコンソメスープ。
 香ばしい香りを放つ焼き立てのマナ。
 カリカリに焼かれたベーコン。
 湯がいたソーセージ。
 小さな鉢に盛られた果物。 
 などなど。 
   
 目玉焼きは黄身にナイフを通すと、レモン色の中身がとろりと出てくる。これを切り分けたぷりぷりの白身にからめて口に入れると、まったりとした嬉しい気分になる。
 オムレツはナイフを通すと、半熟でとろとろの中身があふれ出てくる。
 ソーセージは外側はぱりっとした食感で、かむと美味い肉汁が口の中に広がり、ハーブの良い香りが食欲をさらにそそる。
 果物は汁気たっぷりで、ほどよい酸味と甘味が口中を爽やかにしてくれた。
 
 セレナは満面の笑みで茶色の木の実の皮を剥いては中身を口に運んでいる。どうやらそれは蒸し焼きにされたコチャの実のようだ。鶏の卵黄位の大きさの、木の実だ。
 
「ねぇねぇレイア、このコチャの実、もう食べた?」
「いや。まだだよ。初めて聞く名前だね」
「この地域の特産物みたいよ。火を通した後、皮を剥いてから食べるものらしいんだけど、すっごく甘くてほくほくしてて美味しいの! 食べないと損するかも!」
「本当!? 食べてみるよ!!」
 
 レイアがセレナと同じようにしてコチャの実を口に入れると、驚きのあまり目を真ん丸にした。それを目にしたセレナはにっこりとほほえんだ。それはどこか安心したような、笑顔だった。 
 
 女子二人が食事と話しに花を咲かせている間、 
 アーサーとアリオンは地図を見ながら色々話し合っていた。
 
「アリオン、昨日は毛布をありがとう。うっかり机の上で寝てしまっていた」
「いつもきちんとしている君が珍しいなと思った。大丈夫か?」
「ああ。俺は特に変わりない。ただ、これから先色々考えねばならないことが多いな……と思うと、少々気が重い位かな。人の想いだけは他人が自由に出来ることじゃないから、尚更な」

 彼はきっと、空色の瞳を持つ少女との間に何かあったのだろうか? ――アリオンはそう思ったが、気を遣い口には出さないでおいた。

「……そうか。何かあったら相談してくれ」
「ありがとう。その時はそうさせてもらおう」
 
 アリオンは女子二人をちらと見やり、セレナと一緒になってコチャにかぶりついて満面の笑みを浮かべるレイアを見て、目を細めた。
 
 ――タフそうに見えるが、彼女は結構脆いところがある――
 ――あんたはレイアのことをきっと理解してくれると、思っているからかもしれんな――
 
 (こんな僕でも少しは役に立てたなら、良かった)
  
 昨晩の取り乱し様といい、気になるところは色々あるが、何かあればレイアを守ろうと、強く心に誓うアリオンだった。
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