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第三章 奪われし国

第三十一話 レイアの怒り

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 アリオンの導きにより、来た道を戻ったレイア達は城の外へと無事に脱出出来た。
 まだ太陽は出ている。
 だが、もうじき夕陽へと変わる頃合いだ。
 
 (急がねば)
 
 アルモリカ王国に入ってどれ位の時間が過ぎたのか良く分からないが、城門で居眠している兵達にまた眠り直してもらわねばならなくなる。
 
 彼らは来た道をそのまま戻ることにした。 
 黒い外套は敢えてそのままにして。
 
 リアヌ城内にカンペルロの兵達がいるのは分かっていたが、まさかアエス王の息子がいるのは予想外だった。
 見たところ、ゲノルはかなりの実力者のようである。
 彼の言葉が本当であれば、 
 シャックルリングの鍵はここでは見付かる見込みはない。
 カンペルロには早く向かった方が良さそうだ。
  
 ――彼らは今や我が国の民だ。既に敗者であるお前のものではない――
 ――いい加減逃げ回るのは止めて、大人しく我が国のものになれ――
 ――お前がいくら逃げてもこちらからは全てお見通しだ。行動は全て把握されている。お前が表の入り口から入らずどうやってこの国のに侵入したのか、どうやってこの部屋に入り込んだのかもな――
  
 カンペルロ王国の第一王子が放った言葉の一つ一つが、杭のようにアリオンの胸へ深々と突き刺さった。

 食う者と食われる者。
 この世は弱肉強食の世界だ。
 特別なことではない。
 極々ありふれていることだ。
 強ければ生き続け、弱ければ死に絶える。
 至って普通のことだ。

 相手が言う言葉を真に受けて振り回されてはならぬと、自身に対して警鐘を鳴らすが、感情は思い通りになってくれない。
 どうしようもなく胸の中が重たいようで、切なくて、たまらなく腹ただしいような気がして、おさえられないのだ。
 
 (全ては私が至らないせいだ……!)
  
 王子は感情を押さえつけるためにぎゅっと唇を噛み、無言を貫いていた。
 先程のやり取りを思い出しながら、先を急いだ。
  
 ⚔ ⚔ ⚔ 
 
 薄暗い地下道を通りながら先を急ぐ途中で、すっかりかたくなっていた空気を破ったのはアーサーだった。 
 
「一対一の勝負事に首を突っ込むマネをして悪かったなアリオン」 
「いや……危ないところだった。あれは避けられなかったと思う。アーサー、どうもありがとう」
「あんたが傷付いたり、何かあったら悲しむ者がいるからな」
 
 すると、レイアが覆いかぶさるように話しかけてきた。 
 ずっと気になっていたのだろう。
  
「ねぇ、アリオン。あんたあの時、何故術を使わなかったんだ? 防御くらい出来そうなのに」
「公平にしたかったんだ。術を使わない相手に対して、術を使える私が何かしらの術を使えば、不公平になるから」
 
 例え自分が致命傷になる傷を負ったとしても、身を守る術すら使わない気だったのだろうか?
 
 この王子はどれだけ律儀なのだろう。
 どれだけ真面目すぎるのだろう。
 下手すると死ぬかもしれないのに。
 
 レイアは一瞬言葉を失ってしまった。
 そして、それと同時にどうにもならない怒りが無性に込み上げてきて、気が付いたらアリオンの胸ぐらを両手でつかんでいた。
 
「レイア……?」 
「……アリオンの馬鹿」
「?」
「アーサーの言う通りだよ! もしあんたに何かあったら悲しむ者はたくさんいるんだ。これはあんた一人の問題じゃないんだよ!?」
「レイア……」
 
 頭一つくらい下にあるヘーゼル色の瞳が、金茶色の瞳を睨みつけるように、下から真っ直ぐ見上げている。
 烈火の如く燃え上がる、瞬きのない真っ直ぐな目。
 貫くようなその瞳が、どこか潤んでいるのにアリオンは気が付いた。
 レイアは構うことなく、そのまままくし立て続ける。 
  
「あんたは自分の命を軽く見過ぎている。どうしてなんだ!? まさかアルモリカの件であんた一人だけ生き残って、それを罪深いと思っているんじゃないだろうね!?」 
「……」 
「あんたがカンペルロ王を倒し、囚われた仲間達を助け出すことを、この国の民は強く望んでいるんだ。あんたが途中で死んだら、この国は全土真珠の洪水にのまれてしまうよ!」
「……」 
「もしあんたが死んだら、私……絶対に許さないんだから!」
 
 地下道の壁に声がこだまのように反響する。
 いつになく感情的になっているレイアに対し、どう反応すれば良いのか分からないのか、アリオンは無口のままだった。
  
「レイア。落ち着いて……」
「……この馬鹿。突然何一人で頭に血を上らせてるんだ。冷静になれ」 
 
 セレナとアーサーは二人がかりでレイアをなだめにかかった。
 それでも彼女は指の力をゆるめようとしなかった。
 よく見ると、彼女の身体が小刻みに震えている。
 まるで怯えた小鳥のように。
 
 (彼女は何かを怖がっている……? )

 アリオンは先日アーサーが酒を片手に話してくれたことを蘇らせた。

――レイアは、大切な者はみんな自分を置いて行ってしまうと、無意識に思っているようだ。タフそうに見えるが、彼女は結構脆いところがある――

 彼女が突然豹変した原因は
 〝自分がゲノルに刺されそうになったこと〟
 それが引き金となったとしか思えない。
 
(私が彼女を怯えさせるようなきっかけを作ってしまったのか?)
 
 アリオンは自分の右手で、自分の胸ぐらで動けなくなっている彼女の両手を優しく包み込んだ。
 
「……そうだね。また私のいつもの悪い癖が出たようだ。レイア、心配かけてすまない」
 
 穏やかなささやきを受け、手に温もりが伝わった途端、レイアの身体からすっと固さが抜けた。
 ふと我に返ったレイアが慌てて手を離す。
 申し訳無さそうな色を宿している金茶色の眼差しを見た彼女は、頬をりんごのように赤く染めた。
 
「……ご……ごめん! 」  
「先を急ごうか。これ以上はここにいても何の情報も手に入りそうにないし、今はこの国から少しでも早く出た方が良さそうだ」
 
 アリオンの後に続き、アーサー達は出口へと急いだ。
 少し気まずくなったのか、それ以降、彼らはしばらく口を利くことがなかった。 
 
 ⚔ ⚔ ⚔
 
 確かに、レイアの言う通りなのかもしれない。
 
 囚われた自分一人だけがのうのうと今生きていて、自分以外の王族はあの日、目の前で全て死に絶えてしまった。
 そして、牢獄に囚われたままの仲間達は日々の拷問に絶えずうめき声を上げている。
 今、こうして息をしている間にも、息絶える者が出ているに違いない。
 一人、また一人と
 生命の灯火が消えてゆく……。
 
 彼らに対し、申し訳ないという気持ちが、アリオンからどうしても離れてくれない。
 心の奥底でいばらのように絡み付いているのだ。
 
 楽しいと思うたび、綺麗だと思うたび、
 平和だった国の全てを思い出し、
 全てを失った日に引きずり戻されてしまう。
 
 (本当に、自分がこのまま生きていて良いのだろうか? )
  
 それに、制限をかけられているために、
 力を使いたくても、満足に使えない現実。
 
 ああ今のままでは、自分はだめだ。
 つい引きずり込まれそうになるが、前に進まねば。
 腕輪の鍵を何としてでも探し出さなくては。
 行こう、カンペルロ王国に。
 そして意地でも鍵を見つけ出し、みんなを救うのだ。
 そう心に決めた王子だった。
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