上 下
18 / 82
第二章 南の国へ

第十六話 思い出の首飾り

しおりを挟む
 諸悪の根源であるアエス王を倒さねば、現地の被害は拡大する一方だ。
 
 アルモリカ王国だけではない。
 今まで略奪され、消えていったかつての王国達。
 たった一人の身勝手な為政者の為に、
 罪のない人々の血が、これまでにどれだけ大量に流され続けたことか。
 誰かがカンペルロ現国王の暴挙を止めなければ、悲劇は止まない。
 アルモリカ王国の場合、かろうじてまだ挽回の余地がある。
 
 ──王家唯一の生き残りであるアリオンが、自由である限り。
 
 なるべく早く、カンペルロ王国へ向かわねばならない。
 しかし、何の情報もなく行ったところで、丸腰で乗り込むようなものである。
 先方から見れば、単なる若者四人組相手だなんて、赤子の手をひねるようなもの。
 情報を手に入れるのも重要だ。
 
 そこでアリオンの意を汲み、まずはアルモリカ王国へと向かい、現状を把握した上でカンペルロ王国に向かおう、ということになった。
 現在のアルモリカには、支配国であるカンペルロ人達がたむろしていることだろう。
 何か情報が手に入るかもしれない。
 
「ところで彼女は……」
 
 アリオンの視線は、医術師としての腕を持ちつつ、華奢で儚げな印象の強いセレナに向いていた。
 彼女は陶器のポットを片手にお茶を淹れ直している。
 レイアは空になったカップを持って彼女の元へ行き、お茶で満たされたカップを受け取っては、話しに熱中している二人の元へ持っていった。
 アーサーは礼を言ってカップを手に取ると、一口すすり、一息ついた。
 
「彼女はああ見えて弓使いなんだ。彼女は弓矢と短剣が得物でね。最低限自分自身の身を守る腕を持っている。着痩せして見えるから見かけはああだが、筋肉はあるぞ」
 
 アーサーは赤褐色の頭の同居人の方をちらりと見やる。
 その眼差しは春の日差しのように、どこか柔らかい。
 
「……とは言っても、彼女は医術師としての能力に長けている。この先俺達の大きな助けとなるだろう。心配はいらない」
「分かった。私が不甲斐ないばかりに、君達を色々巻き込んで本当にすまない。これから先、生命の保証はないというのに……」
 
 すると、紫色の瞳は、金茶色の瞳を真っ直ぐに捕らえた。
 それは、普段の穏やかな表情とは違い、〝仕事〟に従事している時の鋭い眼光だった。
 
「今回の件に関して俺達は全面的に協力するから、アリオンは気にしなくて良いぞ。我々が住むこのコルアイヌ王国でさえ、カンペルロ王国にいつ侵略されてもおかしくない状況だからな」
「え……?」
 
 レイアは動きを止め、目を丸くした。
 アーサーはそのまま言葉を続ける。
 その表情は真剣そのものだ。 
 
「カンペルロ王国の侵略攻撃に関する詳細な情報が、この国の中心都市にだけ何故か行き渡っていない。あのサビナでさえ伏せられている。おかしいと思わないか?」
「確かにそうね。でも、変に国民の不安を煽らないようにしている……というわけではなくて?」
 
 セレナは首を傾げ、茶をすすった。
 
「仕事の都合上王宮に上がることはあるのだが、今までアルモリカに関する情報を城内で聞くことは一切なかった。情報の一部位は漏れて、噂に上がってもおかしくないはずだ。国の盛衰に関わる重要な情報のはずなのに、不思議だと思わないか?」
「……確かに……」
「まあ、城の中心部や重鎮達は把握していて、敢えて外部に漏らしていないという見方が出来ないこともないが、あまりにも不自然過ぎる。情報を拡散するのを、誰かが意図的に封じているとしか思えない」
「……」 
「俺がこの山に居を構えているのは、仕事に関係しているからだが、中心都市から離れている方が、様々な情報があらゆる方向から手に入りやすいという理由もある」
 
 アーサーはカップを握り、お茶を一気に喉の奥に流し込んだ。
 
「さて。アルモリカに向かう為の日程を決めようか。荷造りをせねばならないしな」
「国内に関しては私が把握しているから、案内する。しかし、国民は過敏になっているから、みんなは私から離れない方が良いかもしれない」
「そうね。あとアリオンはあまり顔を出さない方が良いかしら? 追われてるわけだし」
「でもそれだと、アルモリカ族からカンペルロ人と間違われた時、違った意味で厄介だな」
「成り行き任せになりそうだが、ある程度は打ち合わせしようか」
 
 食卓が、そのまま白熱した話し合いの場となった。
 
 ⚔ ⚔ ⚔
 
 それから少しして、
 各自食器を片付けた後、それぞれ部屋に戻っていった。
 レイアだけはその場に一人そのまま残り、椅子に腰掛けると、テーブルの上で右の手のひらを眺めていた。
 その上には、今朝アリオンから戻された首飾りが乗せられている。
 
 透明で小さな丸い石に、羽飾りがついた首飾り。
 それは、窓から差し込んでくる陽の光を浴びて、キラキラと静かに輝いている。
 
 生前のレイチェルが、常に身に着けていた首飾り。
 今は、御守り代わりとして自分が着けている。
 
 (羽……そう言えばあまり意識したことはなかったが、形があれに似ているかも……)
 
 ふと何かを思い出したレイアは、上着を下着ごとたくし上げた。
 
 右脇腹に痣が一つ。
 それは、羽根のような形をしている。
 小さい頃から不思議な形の痣だなと思ってはいたものの、今まで気に留めたことはなかった。
 この痣のことを、付き合いの長いアーサーとセレナは知っている。
 だが、二人共あまり気にしていないのか、今まで特に話題に登ることはなかったのだ。
 
 (何か関係がありそうでなさそうな……妙に気になるな……)

 痣と首飾り。
 思い当たる節がないか考えていると、脳の奥底がずきりとし、その痛みにレイアは頭を押さえた。
 目の前が白黒点滅し始める。

「うっ!! またこれか……!!」

 痛みをやり過ごす為にテーブルに突っ伏し、こめかみのあたりを指でもみほぐした。
 昔のことを思い出そうとすると、発作的に起こる痛み。それも、かなり昔のことを思い出そうとすると起こるのだ。
 いつも元気なレイアが悩まされている唯一のことである。
 本人は、ある意味持病のようなものだと思っている。
 たまに起こる為慣れているとは言え、こう毎度痛みに身体が襲われるのはたまらない。
 めまいがする時もあるので、厄介だ。
 だからこの「発作」が起きている時は下手に立たず、動かない方が良いと、経験上分かっている。
 大人しくしていれば、痛みはやがて去っていってくれる。
 以前セレナに鎮痛薬を煎じて処方してもらったことがあったが、全く効果がなかった。
 我慢して、ただやり過ごすしかないのだ。

(まるで、下手に思い出すなと脅迫されているようだ……)

 額に汗の玉が吹き出し、頬を幾筋か滑り落ちる。
 半乾きの濃い茶色の髪が、テーブルの上にこぼれ、暫く波打っていた。

「くっ……!!」

 錐で突き刺されるような鋭い痛みに暫く堪えていると、やがてすぅっと消えていった。

「はぁ……」

 レイアは一気に脱力し、テーブルの上でそのままぐったりとうつ伏せになる。
 背中が冷や汗でぐっしょりだ。

(一体何なんだよ……これも、に関わることなのか!? )
 
 ぼんやりしながら、今度は別の思考を巡らせていると、ふとアリオンとの今朝のやり取りを思い出した。
 
 ──つまり形見じゃないか。そんな大切なものを僕なんかに預けて良かったのか? ──
 ──何かね、あんたを守ってくれそうな、そんな予感がしたんだ──
 
 彼女は衣服を直し、自分で言った言葉を反芻していた。
 
 (私、一体どうしたんだろう。あの時は彼を奴らの手から逃し、無事コルアイヌにたどり着いても身の振り方に困らないように……ということしか頭になかったのだが……)
 
 あの崖から落ちた割には、これを良く落とさなかったものだと驚くものの、胸の奥底から湧き上がってくる、ほんの少し嬉しい気持ちも正直隠しきれなかった。

 あの時、強く止めたにも関わらず己を助けようとしてくれた、王子の腕の中。薄れゆく意識の中で何故か安心感があった。
 
 透明な石を覗き込んで見ると、顔が逆さまに映るのが見える。
 
 (昔まだ幼かった頃、レイチェルにこれをたまたま見せてもらったことがあったな。その時もこうやって覗き込んだっけ……)
 
 すると、懐かしい記憶がレイアの脳裏に浮かび上がってきた。
 
 ──ねぇレイチェル。それとってもきれいね! ──
 ──うふふ。レイア、ありがとう。これはあなたが大きくなったら差し上げますよ──
 ──ほんとう? やったぁ──
 ──ええ。これは預かりもので、とても大切なものです。大事にして下さいね──
 
 随分と懐かしいことを思い出したせいか、鼻の奥がつんとした。
 養親であるレイチェルは、レイアにいつも優しかった。
 叱るべき時は叱ることもあったが、その瞳は常に慈愛に満ちていた。
 
 あの時は二人で眺めた首飾り。
 今はただ一人でそれを眺めている。
 
 (ねぇ、レイチェル。もしあなたが生きていたら、教えてくれたのかな? この首飾りのいわれとか。頭痛の原因とか。もっと教えて欲しいこと、たくさんあったのになぁ……)
 
 聞きたくても、聞けない。
 優しくて温もりのある声。
 心のどこかが欲して止まない疼き……。
 二度と聞けない声に、彼女は静かに耳を傾けていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

戦いに行ったはずの騎士様は、女騎士を連れて帰ってきました。

新野乃花(大舟)
恋愛
健気にカサルの帰りを待ち続けていた、彼の婚約者のルミア。しかし帰還の日にカサルの隣にいたのは、同じ騎士であるミーナだった。親し気な様子をアピールしてくるミーナに加え、カサルもまた満更でもないような様子を見せ、ついにカサルはルミアに婚約破棄を告げてしまう。これで騎士としての真実の愛を手にすることができたと豪語するカサルであったものの、彼はその後すぐにあるきっかけから今夜破棄を大きく後悔することとなり…。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

処理中です...