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番外編
外伝二 懐かしい友
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事件が落ち着いて二年経った頃。
サミュエルが二十歳、アシュリンは十八歳。二人は正式に婚姻をすませ、アシュリン・ガルシアとなっていた。
ある日のこと。アシュリンはサミュエルを伴い、オグマ国ケレース町を訪れていた。
「此処が君の町だったね」
「ええそうよ」
アシュリンは嘗て生まれ育った場所がどうなっているのかを、ずっと気にしていた。事件が一段落したら来ようと思っていたが、落ち着く迄色々あって訪れることがままならなかったのだ。
やっと時間が出来、夫を連れて初めての里帰り。一泊二日と泊まり掛けだ。
出発の日義兄であるテオドールからも「三・四日位ともう少しゆっくりしてきたら良いのに」と気遣ってもらった。
久し振りに歩く生まれ故郷に足を踏み入れると、懐かしい香りがした。子供達が走り回ってはしゃぐ声。焼き栗の甘い匂いが漂っている。
「変なの。私は生まれて十五年間は此処でずっと生きてきた筈なのに、別の知らない土地に来たみたい。それだけ町が変わったということなのかな」
アシュリンの実家があった場所は別の家が建っており、別の人間が住んでいた。生まれ育った場所が様変わりして少し寂しいが、時の流れを感じる。
――それでも、私は生きている。かけがえの無い夫と共に、新たな人生を共にしている。此処とは違うけど、自分が存在出来る新たな場所がある。
「――此処か。あの頃が懐かしいな」
「そうね。もう十年前になるのかな。あの頃貴方はまだ小さな龍だった。私が抱っこ出来る犬位の大きさだったわね」
熱を出して行き倒れていたサミュエルを家に連れ、一週間程介抱した。そんなこともあった。あの頃はまさか出会った龍族の子と伴侶になるとは思ってもいなかった。数奇な運命を感じる。
二人でそんな話しをしていると、誰かの声が聞こえた。
「アーリー? アシュリンなの!?」
アシュリンが振り返ると、彼女と同い年位の若い娘が立っていた。旧友の姿を認めた瑠璃色の瞳が輝いた。
「サーシャ! サーシャね! 久し振り!!」
アシュリンは懐かしい旧友との再会に喜びの声を上げる。アシュリンもサーシャと呼ばれた娘も互いに駆け寄って来てきゃあきゃあと黄色い声を上げてはしゃいだ。若い女性の声で場の空気が一気に明るくなる。
「見ない内にすっかり貴婦人になっちゃって! ここ二・三年で貴方の身に一体何が起こったの!? 貴方あの火事で死んだものとばかり思っていた。他所の国で生きていたなんて、想像も出来なかったわ。でも良かった! 今幸せそうで。貴方ずっと苦労続きだったから……」
「サーシャは変わらないわね。見たところ元気そうで良かったわ。本当はもっと早く来たかったけど、色々あって……」
「ねぇ、素敵な殿方とご一緒のようだけど、どちら様?」
サーシャはアシュリンの斜め後ろに居る青年の方に視線を向けた。
「私はエウロスのサミュエル・ガルシアと申します。昔いつもお世話になっていたと妻から話を聞いております」
「まぁ! 龍族の旦那様なの! 貴方素敵な方とご縁があったのね! そうだ。ねぇ、私丁度今からライラ達と会う予定なんだけど、よかったら一緒に来ない? みんなスペシャルゲストにきっと驚くわよ。宜しければ旦那様もご一緒に」
アシュリンは夫を見やる。サミュエルは妻の肩に手を置いた。
「折角の機会なのだから、皆さんとゆっくり水入らずで話しをしてくると良い。時間はゆっくりある。私は色々散策しているよ」
「有り難う。夕方迄には此処に戻るわね」
「分かった」
※ ※ ※
妻と別れたサミュエルはケレース町を歩き回った。愛しい妻が生きてきた場所を、いつか自分一人で歩いてみようと思っていたのだ。丁度良い機会だ。気になる場所があれば、後で彼女に聞けば良い。
煉瓦で出来た建物や木で出来た建物が建ち並ぶケレースの町並み。屋根は共通して赤で統一されている。野菜や肉類や果物を売るお店が建ち並び、焼き芋や焼き栗を売る威勢の良い声があちらこちらで聞こえる。賑やかだがどこか穏やかで、温かい空気で満ちており、生活の息遣いを感じる。
――この町が彼女を育てた町……。
エウロスは都会。その上殆んどが龍族。ケレースは町。自分以外は全て人間。
どちらも平和な時が流れているのは同じだが、微かだが身体のどこかに気が貼っている自分が居るのを感じる。自分は人間の姿をしている為見掛け上は違和感無いが、無意識とは言え種族の違いをやはり意識してしまうのだろう。
――妻もエウロスに来たばかりの頃はどこか緊張感が抜けなかったのではなかろうか? あの時は彼女の命を助けるのが最優先で必死だったから、意思を無視して強引に連れ帰ってしまった。あの時彼女はどう感じていたのだろう?
色々思いを巡らせながらサミュエルは町中を歩き回る。身なりの良い眉目秀麗な青年の行く先行く先視線が付き纏った。
※ ※ ※
少し陽が傾いた頃、アシュリンが待ち合わせの場所に戻って来た。頬を紅潮させているところをみると、楽しい時間を過ごせた様だ。
「お待たせしてしまってごめんなさい」
「久し振りに会った友人達ではないか。もう少しゆっくりしたら良かったのに、もう良いのか?」
「うん。大丈夫。折角一緒に来ているのに、貴方を長く一人にしたくなくて……」
サミュエルは琥珀色の瞳を細める。気を遣う素振りを見せる妻が可愛くてならない。
「私は心配せずとも大丈夫だ。……流石に冷えてきたな。そろそろ宿に行こうか」
「そうね。買いたい物があるのだけど、明日帰りに寄っても良い?」
「ああ。構わない」
「貴方を連れていきたいお店があるの。明日ね」
アシュリンの腰に回したサミュエルの手に、愛おしさが溢れている。
その様子をサーシャ達は実は遠くから見ていて、黄色い声をこっそり上げていた。
「仲が良くて良いわねぇ」
「私達も相手を見付けなくては。アーリーに負けてられないわ!」
とある秋の日の出来事だった。
――外伝二 完 ――
サミュエルが二十歳、アシュリンは十八歳。二人は正式に婚姻をすませ、アシュリン・ガルシアとなっていた。
ある日のこと。アシュリンはサミュエルを伴い、オグマ国ケレース町を訪れていた。
「此処が君の町だったね」
「ええそうよ」
アシュリンは嘗て生まれ育った場所がどうなっているのかを、ずっと気にしていた。事件が一段落したら来ようと思っていたが、落ち着く迄色々あって訪れることがままならなかったのだ。
やっと時間が出来、夫を連れて初めての里帰り。一泊二日と泊まり掛けだ。
出発の日義兄であるテオドールからも「三・四日位ともう少しゆっくりしてきたら良いのに」と気遣ってもらった。
久し振りに歩く生まれ故郷に足を踏み入れると、懐かしい香りがした。子供達が走り回ってはしゃぐ声。焼き栗の甘い匂いが漂っている。
「変なの。私は生まれて十五年間は此処でずっと生きてきた筈なのに、別の知らない土地に来たみたい。それだけ町が変わったということなのかな」
アシュリンの実家があった場所は別の家が建っており、別の人間が住んでいた。生まれ育った場所が様変わりして少し寂しいが、時の流れを感じる。
――それでも、私は生きている。かけがえの無い夫と共に、新たな人生を共にしている。此処とは違うけど、自分が存在出来る新たな場所がある。
「――此処か。あの頃が懐かしいな」
「そうね。もう十年前になるのかな。あの頃貴方はまだ小さな龍だった。私が抱っこ出来る犬位の大きさだったわね」
熱を出して行き倒れていたサミュエルを家に連れ、一週間程介抱した。そんなこともあった。あの頃はまさか出会った龍族の子と伴侶になるとは思ってもいなかった。数奇な運命を感じる。
二人でそんな話しをしていると、誰かの声が聞こえた。
「アーリー? アシュリンなの!?」
アシュリンが振り返ると、彼女と同い年位の若い娘が立っていた。旧友の姿を認めた瑠璃色の瞳が輝いた。
「サーシャ! サーシャね! 久し振り!!」
アシュリンは懐かしい旧友との再会に喜びの声を上げる。アシュリンもサーシャと呼ばれた娘も互いに駆け寄って来てきゃあきゃあと黄色い声を上げてはしゃいだ。若い女性の声で場の空気が一気に明るくなる。
「見ない内にすっかり貴婦人になっちゃって! ここ二・三年で貴方の身に一体何が起こったの!? 貴方あの火事で死んだものとばかり思っていた。他所の国で生きていたなんて、想像も出来なかったわ。でも良かった! 今幸せそうで。貴方ずっと苦労続きだったから……」
「サーシャは変わらないわね。見たところ元気そうで良かったわ。本当はもっと早く来たかったけど、色々あって……」
「ねぇ、素敵な殿方とご一緒のようだけど、どちら様?」
サーシャはアシュリンの斜め後ろに居る青年の方に視線を向けた。
「私はエウロスのサミュエル・ガルシアと申します。昔いつもお世話になっていたと妻から話を聞いております」
「まぁ! 龍族の旦那様なの! 貴方素敵な方とご縁があったのね! そうだ。ねぇ、私丁度今からライラ達と会う予定なんだけど、よかったら一緒に来ない? みんなスペシャルゲストにきっと驚くわよ。宜しければ旦那様もご一緒に」
アシュリンは夫を見やる。サミュエルは妻の肩に手を置いた。
「折角の機会なのだから、皆さんとゆっくり水入らずで話しをしてくると良い。時間はゆっくりある。私は色々散策しているよ」
「有り難う。夕方迄には此処に戻るわね」
「分かった」
※ ※ ※
妻と別れたサミュエルはケレース町を歩き回った。愛しい妻が生きてきた場所を、いつか自分一人で歩いてみようと思っていたのだ。丁度良い機会だ。気になる場所があれば、後で彼女に聞けば良い。
煉瓦で出来た建物や木で出来た建物が建ち並ぶケレースの町並み。屋根は共通して赤で統一されている。野菜や肉類や果物を売るお店が建ち並び、焼き芋や焼き栗を売る威勢の良い声があちらこちらで聞こえる。賑やかだがどこか穏やかで、温かい空気で満ちており、生活の息遣いを感じる。
――この町が彼女を育てた町……。
エウロスは都会。その上殆んどが龍族。ケレースは町。自分以外は全て人間。
どちらも平和な時が流れているのは同じだが、微かだが身体のどこかに気が貼っている自分が居るのを感じる。自分は人間の姿をしている為見掛け上は違和感無いが、無意識とは言え種族の違いをやはり意識してしまうのだろう。
――妻もエウロスに来たばかりの頃はどこか緊張感が抜けなかったのではなかろうか? あの時は彼女の命を助けるのが最優先で必死だったから、意思を無視して強引に連れ帰ってしまった。あの時彼女はどう感じていたのだろう?
色々思いを巡らせながらサミュエルは町中を歩き回る。身なりの良い眉目秀麗な青年の行く先行く先視線が付き纏った。
※ ※ ※
少し陽が傾いた頃、アシュリンが待ち合わせの場所に戻って来た。頬を紅潮させているところをみると、楽しい時間を過ごせた様だ。
「お待たせしてしまってごめんなさい」
「久し振りに会った友人達ではないか。もう少しゆっくりしたら良かったのに、もう良いのか?」
「うん。大丈夫。折角一緒に来ているのに、貴方を長く一人にしたくなくて……」
サミュエルは琥珀色の瞳を細める。気を遣う素振りを見せる妻が可愛くてならない。
「私は心配せずとも大丈夫だ。……流石に冷えてきたな。そろそろ宿に行こうか」
「そうね。買いたい物があるのだけど、明日帰りに寄っても良い?」
「ああ。構わない」
「貴方を連れていきたいお店があるの。明日ね」
アシュリンの腰に回したサミュエルの手に、愛おしさが溢れている。
その様子をサーシャ達は実は遠くから見ていて、黄色い声をこっそり上げていた。
「仲が良くて良いわねぇ」
「私達も相手を見付けなくては。アーリーに負けてられないわ!」
とある秋の日の出来事だった。
――外伝二 完 ――
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