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完結編

終章 スカイランタン(挿し絵あり)

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 気候の穏やかな春の日。

 空へ空へと登ってゆくスカイランタン。
祝宴が開催されている。
エウロスの首都、セレネーにあるガルシア家の屋敷にて、今日はアシュリンとサミュエルの正式な婚約披露宴が行われているのだ。

 祝福の音楽と賛辞。
着飾った招待客は当主や准当主と歓談している。
立食パーティースタイルだ。勿論、腰掛けて食事出来るようテーブルと椅子の準備もされている。

 サミュエルは正装だった。
月白色のシャツに、薄藍色の上着を重ね、天藍色の鞘の剣を腰に帯びている。
ウィリアムがサミュエルに声を掛けた。

「本日はお招き頂きどうも有り難う。サム、事件も何とか一区切りついてやれやれだな」

「そうだな。ウィル、来てくれてどうも有り難う。この度は大変世話になった。まだ完全に解決したわけではないが、明日から続きをすれば良いだろう」

「しかし驚いたよ。まさかお前がリアム王子の転生者、アシュリン殿がクレア姫の転生者だったとはな。昔の記憶とはもう違和感なく融合出来たのか?」

「まぁな。一筋縄ではいかぬが、やっと今の身体に馴染んでくれたようだ」

「前の記憶があるということは……お前は俺より四百歳年上ということになるのか?」

「いや……この身体は現世のもので、昔の記憶は言わばオプションのようなものだ。気にしないで、今まで通りで良い。じゃないと、違和感だらけでやりにくい」

 サミュエルはどこか照れ臭そうな顔をしている。

「過去の自分とは言え、二つの人格を持っているようなものだな。今までのお前と少し雰囲気が違う。昔の龍王族の王子だからかな……貴族とは一味違う、王族の雰囲気をどことなく感じるよ」

「そうか。本人である私は殆んど感じないがな」

「まぁ、どんなであれお前はお前だ。私の大切な幼馴染みであることに変わりない。これからも宜しくな」

 ウィリアムはサミュエルの肩をぽんと叩いた。サミュエルは友の気遣いに感謝した。

「そう言えばお前はどう思う? ハーデース・ラスマンのこと。最初はムカつく奴だったし今迄の事件の大半の元凶だとは分かったけど、事情が事情なだけに私は彼を何だか憎みきれなくなってしまったよ。彼も戦争の被害者の一人に間違いはないからな」

 ハーデース・ラスマンこと、アルバート・セヴィニーは、戦争で翻弄され理不尽にも愛する者を奪われた。一度死んだリアム達とは異なり、四百年以上孤独の日々を絶望と失意の中彷徨いながら、ずっと一人で生き続けて来た。その壮絶さを一体誰が想像出来ようか。

「会議で決まった通り、一連の事件に関して彼はこれから先ずっと償って貰う事になる。刑罰云々と言うより、奉仕が望ましいと意見したのは私だ。過去のこととは言え、彼を深く傷付ける切っ掛けを作ってしまった私の責任もある。戦争の為に歪んでしまったところはあるが、本来彼はとても優しい性格だ。エリウ建国の歴史がそれを証明している。彼は誰にも出来ないことをやり遂げている。そして今、彼の傍には蘇ったアデルの魂がついている。四百年間癒やされることのなかった魂に、寄り添える魂が戻って来たのだ。もう“独り”ではないからきっと大丈夫だ。私はそう信じているし、アシュリンと共にこれから先もずっと見守り続けるつもりだ」

「……そうか。生きる道が別れてしまっているとは言え、彼もお前にとって大切な“幼馴染み”だもんな。時間は掛かるかもしれぬが、そちらも少しは寄りが戻ることを祈っているよ」

 アデルが守ってくれた魂。運良く二度目の生を受けられたのだから、大切に生きねばならない。

 生存者、転生者、魂魄だけと奇妙な形ではあるが、戦争で一度離れ離れになってしまった三人は無事再会を果たすことが出来た。
私達にはまだまだ時間はある。壊れてしまった関係も少しずつ戻していけば良い。

「大昔のこととは言え、お前は楽しむべき時期を随分苦労してきたようだから、今生は楽しく生きないとな。お前の大切な姫君と、幸せにな。仲良くやれよ」

「嗚呼、そうする。ありがとう」

 二人は持っていたシャンパングラスを互いにぶつけてカチリと鳴らした。
照明を受けた泡がきらきらと輝きを放っている。

 ※ ※ ※

 参加者の歓声が一際高く上がった。
支度の出来たアシュリンが、ハンナに付き添われて会場内に入ってきたのだ。

 桃色を基調とした上品なドレスを纏い、栗色の髪を高く結い上げたアシュリンは、桃色の薔薇の花を彷彿とさせた。薔薇の花をモチーフにしたティアラやイヤリングと言った数々のアクセサリーは、サミュエルから贈られた品である。彼女の姿は四百年前に舞踏会デビューした時のアデルをどこか彷彿とさせた。

 肉体はアシュリンのものだが、クレアの記憶と完全に融合した為か、彼女の雰囲気がすっかり大変わりしている。社交界慣れした、貴族以上のそれを醸し出し、招待客の視線を一気に吸い寄せた。

「アシュリンさん! おめでとう! そのドレス、とっても良く似合ってますよ!」

 エドワードがにっこり微笑みながら挨拶をしに駆け付けた。

「有り難うございます、エドワードさん。そしてこの度は色々助けて頂きどうも有り難う御座いました」

 アシュリンは花の綻ぶ様な笑顔を浮かべ、テーカシーをした。姫育ちだったクレアの意識が身体の隅々にまで完全に行き渡り、一つ一つの所作も王族のそれとなっている。

「アシュリン殿。ここ数ヶ月大変な思いをなされたようですが、もう大丈夫ですか?」

 エドワードと一緒に居たザッカリーが気に掛ける。初めて会った時とアシュリンの雰囲気が輪をかけて様変わりしているので、尚更そう思うのだろう。

「どうも有り難う御座います、ザッカリーさん。身体の調子も大分元に戻りました。でも私調子が以前と違いますよね。多分、安定してきてはいるのですけど自分でも、感じます」

「そうですか。これから先、サムのことを宜しく頼みます。色々あると思いますが、我々も応援しています。何かあったら是非頼って下さいね」

「はい。その時はお願い致します。これからもどうぞ宜しくお願い致します」

 アシュリンは招待客への対応、挨拶など気後れ一つ見せず、如才なく振る舞っていた。
それは数ヶ月前まで町で暮らし、社交界の社の文字すら知らなかった娘とはとても思えない、場慣れした貴婦人そのものだった。

 ※ ※ ※

サミュエルがアシュリンに声を掛ける。

「アーリー、疲れたのではないか? 少し外の空気を吸いに行こう」

「そうね。少しだけなら外に出ても良いかしら」

 サミュエルがアシュリンをエスコートする。アシュリンはサミュエルの左腕に自然と腕を絡めた。

「アーリー、今日の君はとても綺麗だ」

「有り難う、サム」

 頬をほんのりと紅く染めたアシュリンの胸には月白珠が光り輝いている。

 騒動が終結してから、月白珠の目に見える発動は起きなくなった。あれだけ見ては魘されていた夢をもう見ることはない。眩い光を発することもなくなった。

「月白珠はずっと探し続けてくれたのかな。リアムとクレアの魂の持ち主を」

「……そうだろうね。私達の魂は、生みの親の想いを組んだ、子供のようなものだから」

 バルコニーに出て見ると、空には無数のスカイランタンがゆっくりと登っていた。

「スカイランタン。綺麗ね。ケレースでは今まで見たことがなかったから、こんなに綺麗なものとは思わなかった」

 スカイランタン・フェスティバル。戦争で失われた沢山の生命を慰める為に、年に一度行われるようになったという盛大な一大イベントだ。
このランタンは自分の願いを込めて空に上げることが出来る。

「私達も上げようか。一緒に」

「ええ、そうね」

 サミュエルは円柱状の形をしたランタンを一つ手に持ってきた。
術で火を灯す。
ランタンはぼんわりと橙色に輝いている。
二人でそれを頭上に掲げそっと手を離すと、ゆらりゆらりと空へ上がっていった
まるで、自分の巣に戻る小鳥のように。
二人は手を組み、目を閉じて祈った。



 ※ ※ ※

 少ししてサミュエルが目を開いた。隣を見ると、祈り終わったのかアシュリンが目を開けていた。

「君は何を願った?」

「私はみんなが平穏無事で暮らせます様にと願ったわ。サムは?」

「私も似たようなものだ。あとは残り続ける戦争の傷跡が少しずつでもゆっくり癒える様に……かな。これからも私が尽力し続けねばならない事であるが」

 アシュリンがサミュエルの左肘を長手袋をした指で突く。

「ねぇサム。私気になることが一つあるの。私達は奇跡的とは言え転生出来たから、前世の記憶を持ったままこれからの生を全う出来るけど、アデル姫は転生せず魂魄のままなのよね? そう思うと何だか申し訳ないような気がしてならないの」

「確かに、アディには本当に頭が上がらない。だが今私達に出来る事は殆んど無い。ただ、あの二人もやっと素直になれたようだから、それだけでも良しとするしかないと思う。アディは自由を愛する性格だし『肉体がない方が軽いし思ってた以上に楽で良い』とこの前言っていた。彼女は「現在」を本当に楽しんでいる様だから、暫くはこのままで良いのではないかな。アディにも今度こそ幸せでいて欲しいし、彼女が望むことがあれば何かしてあげようと思っているよ」

 アシュリンが瞬き一つして、何か思いついたような顔をした。

「そう言えば『今度お邪魔して良い?』と彼女言ってたわ。あの頃は落ち着いて話す時間も機会もなかったから。私今度こそ、アデル姫といいお友達になりたいの」

「それは良いね。ああ見えて彼女は寂しがり屋だから。存分に相手をしてあげて欲しい」

――四百年前では無理でも、今なら……邪魔立てする者は誰もいないから。きっと、自分らしく生きることが出来る。

「エレボスさんの件も、きっと何とかなるわよね」

「……あのアディが叔母だからな。きっとこれまで構えなかった分、散々彼を構うだろうと思う。彼女は面倒見は良いしお節介焼きだ。それが数百年分溜まっている。アディに掛かったらきっと誰も敵わないだろうな」

「逆に大変かな?」

「それは分からない。ラスマン家のその後の話しは君も特に聞いていないのだろう?」

 四百年前のアデルがクレアにかけた“おまじない”は何といきていた。たまにアデルがアシュリンに連絡を直によこして来ることがある。

「そうね。特に変なことは聞いてないわ。みんな元気だということ位ね」

「それなら大丈夫だ」

 サミュエルはアシュリンに目で合図する。アシュリンは身体ごと彼が立つ右を向いた。

 二人は互いに向き合った。瑠璃色と琥珀色の瞳が見つめ合っている。共にどこか潤んでいる。

「アーリー、私の“アシュリン”、私と共に生きて欲しい」

「サム、私のサミュエル、例え前世からの縁と関係なかったとしても、私は貴方と共に生きたい」

 二人は自然と目を閉じ、互いの背と腰に自分の腕を絡めた。二人の影がぴったりと一つに重なる。

 優しく啄むような口付け。

 この肉体では初めての筈なのに、昔の記憶があるものだから、懐かしい様な切ない様な、不思議な気分だ。
 だけど、温もりが伝わって来て心の中からじんわり温かくなってくる。
 リアムとクレアの想いが加わり、身体全体が揺るぎ無い安堵感と幸福感に包まれた。
四百年越しに結ばれた想いを感慨深く感じられた。

 空へ空へとゆっくりと舞い上がってゆく無数のスカイランタン。
温かい生命の瞬きに囲まれて。
今度こそ共に生きてゆこう。
どんなことがあっても絶対に離れはしない。
改めて決意を新たにした二人だった。



――本編 完――


本編を最後までお読み頂きどうも有り難うございました。
以降は番外編に続きます。
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