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完結編

第四十四章 未来への架け橋

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 一連の事件が落ち着いて月日が経った。
 春を迎えるにはまだ早い季節。

 エウロスのセレネーにあるガルシア家の屋敷では、襲撃によって大破した建物などの改修工事が全て終り、穏やかな時間を取り戻していた。

 今まで起きていた謎の事件。その殆どが四百年前の戦争が残した傷跡だということが判明した。ハーデースが全て説明したとのことだった。

 クレア姫の一族・ディーワン家はクレア姫の死後、王族としての勢力を失い歴史の表舞台から姿を消すが、傍系一族を含め、各地転々としながら細々と生き抜いてきた。ディーワン家は傍系含めて子孫が多く、その末裔の一人がアシュリンだったとのことだ。

 セヴィニー家が滅亡し、その後出て来たラスマン家は純血の龍族を激減させるきっかけとなったクレア姫の一族を許さず、常に末裔を探し求めては滅ぼしていた。アシュリンが火事に巻き込まれた事件もその一つであり、彼女が生き延びていたのはラスマン家にとっては大きな誤算だったようだ。彼女が助かるきっかけとなった月白珠も未知なる力を秘めている為、同時に狙われていたとのことだった。

 オグマ国での事件は全て傍系ラスマン家に従属する忠実な家臣や使用人達が犯人だった。四百年前の戦争で生きていく場所と理由を失い、ディーワン家含めた王族に恨みを持つ者達の末裔達。ハーデース・ラスマンの尽力により九死に一生を得た者達ばかりだとのこと。

 ラスマン家は増え過ぎた混血龍族を抑え、減少しつつある純血龍族を増やそうとしていた。純血種が滅亡への道を辿ることを憂い、暴挙に出る機会を狙っていたそうだ。ランドルフ家とガルシア家が襲撃を受けたのは勢力を持つ混血龍族だったから。言わば全龍族に対する見せしめだったとのこと。

 ※ ※ ※

 ある昼下がり。
 ルーカスの書斎で、ルーカスとテオドールが話しをしている。二人の前に置かれている器から、温もりのある白い湯気が上へ上へと静かに立ち上っている。ギム入りのファミル茶だ。まだ冷気が残っており、肌寒い。

「今回の件はみんな本当に良くやってくれた。四大龍族間の会議でも話題からなかなか降りることはなかったよ。息子であるお前達二人を誇りに思う」

「有り難う御座います、父上。今回の事件に関して私が把握している情報は先程報告した内容が全てです。サムにしか分からない事項に関しては後日報告させます」

「サムの体調はその後どうだ?」

 サミュエルは屋敷に帰宅した後、発熱して倒れてしまった。三・四日、昏睡状態が続いた。数日間の無理が祟ったと思われる。現在自室で養生している状態だ。

「医師の報告によると、漸く熱は下がって来たようです。まだまだ養生は必要とのことでした。ハンナと共にアシュリン殿がつきっきりで看病にあたってます。サムのことは頼もしい彼女達に任せ、我々は暫く見守っていましょう」

「そうか。それは心強い。数日間とは言え離れ離れだった上、実は前世からの恋人同士だったとはな。片時も離れたくはないであろう。お前の言う通り、そっとしておくつもりだ」

 ルーカスはファミル茶を啜る。芳しい香りが鼻から抜け、晴れ晴れとした良い気持ちになる。そこへ戸を叩く音がした。

「失礼します。ルーカス様」

「どうした?」

「アラスター殿がお見えです」

「そうか。通しなさい」

「かしこまりました」

 臙脂色の上着を羽織り、蜂蜜色の髪で、夏の青空を思わせる澄んだ色の瞳を持つ壮年の男が入って来た。

「ルーカス、今回は本当に世話になったよ。ノトスとボレアースの所にも深謝の挨拶回りで行ってきたが、此方にも御礼の品を持参した。後で皆さんで分けて欲しい」

「そこまで気を遣わんでくれ。困った時はお互い様だ」

 ルーカスとアラスターは両手で握手する。テオドールはにこにこ微笑んでいる。

「それにしても、まさか君の息子であるサミュエル殿が、あの有名なリアム・ラウファーの転生者だったとは。アシュリン殿がまさかあのクレア姫の転生者且つディーワン家の末裔の血筋だったとは。偶然にしては出来過ぎだ。今でも信じられんよ! 今は亡き過去の事とは言え、君はラウファー家の王子とディーワン家の王女の将来の父親になるわけだ」

「彼等は運命を共に過ごすという宿命を、生まれながらに持っていたのだろうな」

「彼等の“生きた”意見を聞き、今後の対策を考えよう」

「そうだな。何せ彼等は年長者である我々よりも昔を直に知っている。ただ、彼等は今生ではまだ二十年も生きてない。我々のサポートはまだまだ必要だ」

「今回の一件、ハーデースとやらの処遇は如何にすべきか、お前はどう思う? 前回の会議でも決まらなかった事項だが」

 ルーカスは静かに目を閉じて答えた。

「私はサミュエルが全快した時に彼の意見を聞いてから決めるべきだと思う。ハーデースのことを良く知る者は前世で親友だった彼と、妹であるアデル姫しか居ない」

「確かに。事情を良く把握してそれから決めても遅くはないな。まだ時間は充分にある。過去の過ちをこれから先どう活かしていくか。我々の息子達も含め、未来への架け橋になってゆかんとな」

「ああ。今後この様な事件が減っていけば良いが、あくまでも一つの事例に過ぎぬ。君を始め皆の助けが必要だ。これからも宜しく頼む」

「ああ、勿論だ」

 二人の現当主兼親友達は再び両手で握手をした。
 穏やかな気候。咲きかけの花に、白や黄色の蝶がまとわりついている。時間がゆっくりと流れていた。

 ※ ※ ※

 丁度その頃サミュエルの自室にて。
 心地良い風が窓から入り込んで来て、白いカーテンを相手に静かに遊んでいる。

 寝台の上で少し身体を起こすサミュエル。額から濡らした手拭いが滑り落ちる。アシュリンは慌てて駆け寄り彼に手をかして抱き起こす。

「サム、大丈夫?」

 サミュエルの額に光る玉の汗を良く絞った手拭いで拭き上げるアシュリン。病気の彼は普段より少し影が入っており、気怠く退廃的な雰囲気が妙に色っぽくてドキドキしてしまう。

「……ああ。まだ怠いけど随分良くなってきたよ。まさかこんな酷い熱が出るとは思わなかったな。熱だなんて、小さい頃に出して以来だよ」

「ひょっとしてあの時の?」

「ああ、君とケレースで出会った時以来」

「そうだったの。しっかり養生しなくちゃね。私に出来る事があったら言ってね」

「有り難う」

 サミュエルは八年前の雪の日、オグマ国ケレースにて出会った頃が大層懐かしく感じられた。当時あの頃は初めて出会ったと思っていたが、今となっては二人にとって“再会”の一つに過ぎない。

 四百年前にアデルが施した守魂術は無事成功した。それは数百年という年月“月白珠”としてリアムとクレアの魂を無事に守り抜いた。彼等の記憶はずっと失われていたが、アシュリンの「血」とサミュエルの「涙」がキーワードとなり、彼等は再び蘇ることが出来た。

 術者本人であるアデル自身の魂も守られ、月白珠の中でずっと微睡みつつも生き続けて来られたのは奇跡的だ。彼女は守護神として二人の魂をずっと探し続けていたのだろう。二人にいつ何処で出会えるのかですら不確定な中、自分が無事に召喚されるその日まで。想像を絶する過酷さだ。余程意思が強い者でも、きっと耐えられないだろう。

「それにしても、何故ハーデースが私を自分の元に連れてくるよう仕向けたのかしら?」

「これは推測だが、君はクレアの転生者。君の魂の傍には月白珠と共に、常に守護神状態であったアディが共にいた。主に月白珠狙いだったと思うが、彼は君にどこかアディの面影を見ていたのではないかな? 君の年齢も当時のアディと同じ十六だし。因みに、ラスマン家で君は黒い外套を着ていたが、実はあれはアディの外套だったんだ。背格好も同じ位だったし、サイズも違和感なかっただろう?」

 アシュリンは髪が逆立つのではないかと思われるほど驚いた。

「ええええええええ!? 嘘!? そうだったの!? たまたま見付けて、ちょっと寒かったからかりてただけ。あれがアデル様のだったんだ。保存状態良過ぎ!!」

 素っ頓狂な声を上げるアシュリンを見ながらサミュエルはくすりと微笑む。

「我々龍族は昔より短くなったとは言え、長い時を生きる分、衣服の仕立て具合を気にするんだ。この国の服は丈夫に仕立てられている。長く着ることが出来る様にね。外套は寒い時期しか着ることはないから、尚更保管には気を遣うんだ。ハーデースは遺品だったこともあり、とても大切にしていたんだろう。アディも『私の外套でアシュリンが風邪を惹かずにすんだのなら良かった』と喜んでたよ」

 それを聞いたアシュリンは少し落ち着きを取り戻した。

「ひょっとして、私の月白珠が発動しなかったのも、やはりアデル様が関係しているのかしら? 月白珠はアデル様の守魂術がベースとなって生まれたもの。彼女にとってクレアだった私は絶対に守らないといけない人間。だけど、彼女にとって兄であるアルバート(ハーデース)は大切な人。エレボスはアルバートの血縁者。エレボスがその場に居合わせた時、エレボスの身体中に流れるアルバートの血に月白珠が反応した為、私の声が届かなかった……というところかしら?」

「ああ、きっとそうだと私も思う。辻褄が合うしな」

 そこへハンナが大鍋を運び込んでくる。

「あら坊ちゃまお目覚めだったのですね。これの香りで起こそうかと思ったのですが……」

 鍋からは得も言われぬ芳醇な香りが漂っている。中身は勿論、二人が大好物である「マナの実スープ」だ。アシュリンもサミュエルも笑顔になる。

「わぁ、ご機嫌!!」

「さぁさ、沢山拵えて来ましたからね。みんなで一緒に。サミュエル坊っちゃま、早く良くなって下さいまし。明日にはウィリアム様、ザッカリー様、エドワード様がお見舞いに来て下さるそうですから」

「……そうだな。……ん?」

 サミュエルは自分の口元の近くに匙があるのに気が付く。

「サム、ほら、あーんして」

 アシュリンが甲斐甲斐しくサミュエルの世話を焼き始めているのだ。サミュエルは頬のみならず耳まで紅くしている。

「ほほほ。まぁまぁ仲のお宜しいこと。アシュリンさんのお陰でサミュエル坊ちゃまはきっと直ぐお元気になられますわ」

 ハンナは仲睦まじそうにやり取りをする二人を暖かく見守っていた。
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