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完結編

第四十一章 不思議な声

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 ラスマン家主家の屋敷はベレヌスとオグマとエリウの間、丁度エウロスとノトスの国境近くにあった。この国境には森がある。この屋敷の窓からは立地的に緑の眺望が楽しめる。

 屋敷そのものはエリウにあった傍系ラスマン家の屋敷と造りは似ていた。灰色のごつごつした石を積み上げて作られており、見た感じ城のような建物である。ただ、エリウに比べ敷地はやや狭そうな印象を受けた。

 サミュエルはベレヌス内にあるラスマン家の屋敷に訪れるのは初めてだが、何故か懐かしい気がした。入口付近まで近付くと、既に誰かが入り込んだ形跡がある。何人か兵達が動き回っている。その衣装を見ると、ガウリア家所属の者達だということが分かった。彼はその中で自分の父に似た風貌の青年を見付ける。漆黒の髪で彼より薄い琥珀色の瞳を持ち、穏やかな目元をした美丈夫は彼を見付けて駆け寄って来た。その瞳は満身創痍の弟を酷く心配していた。

「サム。お前の知らせを聞いて助力をと駆け付けた。随分と派手にやり合った形跡が見られるが、お前大丈夫なのか?」

「兄上。ご心配お掛けしてすみません。応急的な手当は済んでます」

「もしやと思い、医師から薬を貰ってきておいたのだ。今の内に飲むがいい。ウィリアム殿達の分もある。みんな良くやってくれた。感謝する。少しで申し訳無いが、これで体調を整えておくれ」

 テオドールが持参した薬をサミュエル達は服用した。どんな場所にいても“体力”と“気”を充分に養える、ガウリア家秘匿の特効薬だ。傷の治りも早い。

 サミュエルはエリウでの出来事をテオドールに報告した。ウィリアム、エドワード、ザッカリーも後に続いた。情報を聞いたテオドールは酷く感慨深げだった。

「……そうか。色々あったみたいだな。エウロスの父にも伝達術で報告しておく。みんなどうも有り難う。後残るは此処の主だけだな。心してかからねば。念の為私の兵達も連れて来た。何かあったら頼ってくれ」

「テオドール様が来て下さって本当に心強いです。感謝致します」

 エドワードは優しく微笑んだ。

 サミュエルは屋敷を見上げた。
 いくら言葉を重ねても言葉にならない焦燥が、彼の頭の中でぎりぎりと軋む。

 ――アーリー。今度こそ迎えに行く。あともう少しだ。待っていて欲しい。

 ※ ※ ※

“メザメテ……”

 ――誰? 誰かが私に語りかけてくる。

 アシュリンの頭の中に、誰かの声が響いてくる。何処かで聞いたことのある、太陽のように明るく元気で、優しい声。

“ハヤク、メザメテ……”

 ――誰だろう? 私を呼ぶのは一体誰?

 思い出したくても思い出せないじりじりした妙ないら立ちが、アシュリンの意識を一気に浮上させる。

「……う……」

 アシュリンが目を開くと、目の中に薄桃色の天蓋が映り込んできた。ゆっくりと腕を動かし、指を一本一本数えてみる。手がきちんと動くのを確認してゆっくりと上体を起こしてみる。自分は寝台に寝かされていた様だ。

「……此処は……? また閉じ込められたみたいね。今度は一体何処だろう……?」

 エリウの屋敷とは違うが、どうやら又違った雰囲気の部屋に監禁されたらしい。
 改めて自分の格好を確認する。連れ去られた時のまま。黒い外套もかりっぱなし。月白珠もそのまま胸元にあり、無事だ。
 アシュリンは寝台からおりて立ったり座ったりしゃがんだり、一通り身体を動かしてみる。
 怪しげな薬で眠らされていた割には、特に問題はなさそうで安心した。

 顔は見ていないので分からないが、エリウからこの屋敷に自分を連れ去った者は、きっとラスマン家の誰かだろうとアシュリンにも想像は出来た。
 だが、意識を完全に失う直前に聞いたその者の声は、何処かで聞き覚えのある声だった。思い出せないので誰かは分からないが、確かに聞いたことがある。

 ふと棚に本が沢山置いてあるのに気が付き、歩み寄ってみた。しかし、書いてある文字はまるで記号の羅列でアシュリンには全く読めなかった。

「此処の本は読めない文字だわ。ひょっとして魔術書かしら? この部屋の本は全て魔術に関する本だらけということなのかしら? ん~全然分からない。折角なのに残念」

 アシュリンは少しがっかりする。

 離れた棚には本ではなく、薬品瓶らしきものが綺麗に陳列されている。中身が空のものもあるが薬草やら赤や黒や青といった、様々な色をした粉末が詰めてあるものもあった。天秤やら分銅やら薬匙も置いてある。整理整頓されてはいるが、どこか異質な雰囲気がした。

「……部屋の中はぱっと見女性の寝室の様だけど、棚に置いてあるものは怪しげなものばかりね。実験室みたい。下手に触らない方が良さそうね」

 嘆息をついたアシュリンの胸元でぽぅっと優しい光が輝き出した。

「……え……? 月白珠が又光出した。今度は何?」

 月白珠は丸く光った途端、アシュリンの足元を眩く照らし始めた。

「……?」

 アシュリンの足元から紫色に光る何かが浮かび上がるのが見えた。六芒星を幾つか散らしたのに同心円がシンメトリーにあしらわれ、それに唐草文様が蔓のように絡み付き、記号の様な文字が羅列して彩られている。

「これは……ひょっとして魔法陣? 文字の意味は良く分からないけど、何か綺麗」

 浮かび上がっている魔法陣の中央から呼ばれたような気がしたアシュリンは吸い寄せられるかの様に右手をかざしてみる。

 すると、魔法陣の色が紫色から眩い白に変化した。中から声が聞こえてくる。

“ヨンデ……”

「夢で聞いたのと同じ声だわ。誰だろう?」

“ヨンデ……ワタシノナマエヲ……”

「名前……あなたは一体誰なの?」

“ワタシガワカラナイノネ……アセラナクテイイワ……キット、マダソノトキジャナイノネ……”

 その“声”はどこか寂しげだった。

「ごめんなさい。私、あなたを多分知っていると思うの。そんな気がする。でも、どうしても思い出せなくて。何故なのか分からない。でも、思い出したら必ずあなたを呼ぶわ。絶対よ」

“アリガトウ……ワタシ、マッテイル……”

 アシュリンと魔法陣の声の主との会話が静かに続いていた。
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