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完結編

第三十五章 傍系ラスマン家

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「雪はまだ残っているが、大分溶けたな」

 ウィリアムの吐く息が一瞬白く凍り付き、あっという間に消えていった。
 雪に濡れた木の枝の先は、太陽の光を受け光り輝いている。
 足元には黒々とした土が見えているが、道の端にある石には白い雪がまだこんもりと覆いかぶさっている状態だ。
 歩くと時々シャリシャリと音がする。

 聳え立つ傍系ラスマン家の屋敷の前にある、石で出来た門の前に四人の貴公子が立っていた。月龍族のサミュエル・ガルシア、火龍族のウィリアム・ランドルフ、風龍族のエドワード・ピュシー、土龍族のザッカリー・デルヴィーニュだ。彼等の背後には兵達が控えている。一家につき五人ずつだから計二十人の計算である。霊獣や迎え撃って来るだろう他の兵達や緊急時対応の為だ。兵達は表向き目立たない場所にだが、あちらこちらで待機している。

「此処が傍系ラスマン家の屋敷か……思っていたより広そうだ。傍系で広いのなら、主家はもっと広大なのだろうか。ザック、此処は君も初めてか?」

「……ああ。どちらも初めてだ。話で聞いていただけで、詳細は分からぬ」

 ザッカリーは淡褐色の目元を細めつつ答えた。

「これから決戦の場に乗り込むところですけど、体調は大丈夫ですか? サム」

 エドワードは翡翠色の瞳を瞬かせつつ、病み上がりであるサミュエルの体調を気遣う。

「ああ、大丈夫だ。ありがとう、エド」

 サミュエルは穏やかに答えた。

「それにしても、此処に来るのが我々若い者だけで果たして良かったのかが気になる。デルヴィーニュ家では動けるのが現在私しか居なかった。エウロスのラスマン家にも兵や部下達を複数人向かわせている為、此方に割く兵の人数もあまり頼めなかった。済まない」

 ザッカリーは申し訳無さそうに答える。エドワードがくしゃみを一つし、鼻を擦りながら口を開いた。

「僕も似たような理由です」

 サミュエルは静かに話し出す。

「家族と話し合った結果、ガウリア家からは私のみが出向くことにした。通常業務に加えヒュドラの襲撃による損壊の激しい書庫の工事も入って来た。父と兄二人に不必要な負担を背負わせたくないのだ。その代わり、何かあったら直ぐに救援を呼べるようにしている」

 ウィリアムは咳払いを一つし、サミュエルの脇腹を左肘で小突いた。

「私はガウリア家に大きな借りがあるからだ。そんな理由なんぞなくとも、サムの一大事とあれば直ぐ様駆けつけるけどな。どういう理由であれ、表立って此処に足を運べるのは我々四人しか居ないということだ。腹を括って行こうではないか」

 サミュエルはウィリアム達と向き合った。

「今回の闘いはほぼ私の私闘だ。しかし私一人では難儀だ。みんなには迷惑を掛けて済まないが、どうか力を貸して欲しい」

「僕達は最初からそのつもりですよ、サム。ついでに、昨今起きている事件に関わっている“人間達”が、この屋敷の人間と何か関係していないかを出来れば調べたいですね」

 エドワードは赤金色の巻毛を振りまきつつ、花の様ににこりと微笑む。

「サム。君は何でも一人で背負い込もうとするのが悪いところだ。くれぐれも無理せぬようにし給え」

 ザッカリーは腰に手を置き、無表情でぼそぼそと答える。

「お前には私達がついている。少しでも早くお前の大切な姫君を助けにいかねばな!」

 ウィリアムはにかっと笑い、サミュエルの肩をぽんと叩いて励ました。

「……ありがとう、みんな」

 サミュエルはふっと表情を緩める。

 ――アーリー……私は此処まで来たよ。君はあの建物の何処に居るのか? 襲撃の日から数日しか経っていないのに、数ヶ月も君と会っていないような、そんな気がする。あともう少しの辛抱だから、待っていて欲しい。

 胸中がざわついて、どこか落ち着かなかった。




 四人が門に近付くと、門兵がサミュエル達に気付き、門を開けた。彼はきっと、エレボスから指示を受けているのだろう。

「お待ちしておりました。ようこそ、傍系ラスマン家の屋敷へ。どうぞそのまま真っすぐお進み下さい。目の前に噴水が見えてきますが、そのもっと先に屋敷への入口が見えております」

 門兵は機械的な応対をしてきた。瞳孔は円形。龍ではなく人間だった。

 傍系ラスマン家の敷地内に入ると、門兵の言ったとおり、噴水が現れた。噴水の周りには様々な獣の姿をした石像が飾ってある。どれも人間サイズで、全部で二十体程あった。
 屋敷は灰色のごつごつした石を積み上げて作られており、見た感じ城のような建物である。想像以上に広い敷地だ。
 屋敷に近付くと、戸の前に白髪で紫色の瞳を持つ、縦に細長い男が一人立っていた。

 銀のボタンで飾られた黒のリブレア。
 袖は黒のシルクサテン。
 ポケットと襟ぐり、アームホールには飾りループが縫い付けられている。
 黒地に銀の細縞が入ったベスト。
 白い胸当てにジャボタイ。
 黒い厚手のウールの膝下ズボン。
 白アイボリーのストッキングに黒い靴。

 出で立ちを見るに、彼はこの屋敷の執事であろう。瞳孔が縦に長い。それは彼が龍族であることの証だ。

「お待ちしておりました。執事のヨゼフと申します。エレボス様から皆様を案内せよと指示を頂いております。さぁ、どうぞ此方に」

 硬質な声が響いてきた。
 ヨゼフの案内に従い、サミュエル達は屋敷内へ吸い込まれるように入っていった。

 ※ ※ ※

 ラスマン家の屋敷の中は灯りが灯されているものの、やや薄暗い。
 中では何人かの使用人達が忙しく働いていた。
 使用人はどうやら人間と龍族の半々で、内上級使用人が龍族のようだ。室内を漂う雰囲気は至って普通である。

 ――確かラスマン家は血筋を尊ぶ家柄の筈。主家当主であるハーデース・ラスマンは大の人間嫌いと聞いている為どこか矛盾を感じるが、何か意図されているのだろうか? 此処は主家ではないから、主家とは雰囲気が異なるだけなのだろうか? 
 そもそも傍系当主が不明なのも気になる。此処の当主は一体誰なのだろうか?

 サミュエルは疑問に思った。

 人気の無い廊下をコツコツと靴の音だけが響き渡る。突き当りに差し掛かったところでヨゼフが話し始めた。

「エレボス様からの伝言です。『我が手元にある“宝珠”を奪還したくば、私や部下と決闘し全て倒せ』とのことです。今からご案内致します」 

「ヨゼフさん、一つお尋ねしても宜しいでしょうか? 」

 サミュエルが声を掛けた。

「はい、何なりと」

「主家のご当主はハーデース・ラスマン殿と伺っておりますが、此方のご当主はどなたでしょうか?」

「此方も数年前まで正式な当主はいらっしゃいましたが病死されて以来、エレボス様が代理でご当主を勤められていらっしゃいます。ところで皆様はこのエリウの歴史をご存知ですか? 」

「昔学院で講義を受けた為、大まかになら分かりますが、細かいことは分かりません」

 問いに対してザッカリーが返答すると、ヨゼフは足を止めた。すると、その場にいる全員が立ち止まる。

「……そうですか。でしたら折角の機会です。手短ではありますが、ご説明致しましょう」

 ヨゼフによるとエリウの歴史とはこのような話しだった。

 現在世界はベレヌス、エリウ、オグマと大きく三つの国で成り立っているが、四百年前の当時エリウはまだ存在していなかった。
 四百年前に起きた最後の戦争は、今までに無い多大な被害をもたらし、それが戦後社会に迄暗く影響を及ぼしていた。ベレヌスもオグマも主力を欠いている状態で経済も破綻し、混乱の時代を迎えていたのだ。
 当時まだエリウは国として存在していなかった。ベレヌスの南側の土地、オグマのやや西側の土地が重なり合う場所で、まだ開拓されていない地域があったという位の認識だった。
 戦後の混乱の中、ベレヌスから逃れた者達、オグマから逃げ伸びた者達がその“名も無き土地”に駆け込んだ。それから人間と龍族の共存を厭わない者達がこぞって住み始めるようになった。

 ベレヌスからの逃亡者の内、ラスマンと名乗る龍族が屋敷を建て、そこを中心に少しずつ経済の基盤が出来始めた。すると、そこへ戦争孤児達や戦争の犠牲者達が保護や職を求めて駆け込んだのだ。この屋敷に勤めている使用人達の殆どが、戦後から先祖代々勤めている者達の子孫達ばかりだそうだ。
 オグマから逃げ込んだ者達もそれぞれコミュニティーを作り、その国は少しずつ街として発展していく。ベレヌスからとオグマからの移住者による共存共栄地、それが今の“エリウ”の礎だ。
 エリウの基盤を作る切っ掛けとなったラスマンを名乗る貴族は、ある程度街としての生活基盤が整うと、己の血族の者に当主を任せ、自分は又再びベレヌスへと戻っていったらしい。その貴族こそ、ラスマン家現当主であるハーデース・ラスマンだそうだ。
 彼は大の人間嫌いでありながら、エリウの育ての親であり、戦後困窮者の大きな助けとなった貢献者である。彼を嫌う者は、少なくともこの屋敷内には人間龍族問わず居ない。

「へぇ~。初耳です」

 エドワードは目を皿のようにして感心している。四人とも学院の講義にて自分達の住むベレヌスを含めた各国の歴史の話しを一通りは履修済みだ。しかし、ハーデースに関する話しを聞くのは初めてだった為、意外な一面を知り全員目から鱗だった。人間嫌いの彼が昔人間を助けていたことは、驚くべき事項であった。

 一行がある部屋の前に辿り着くと、ヨゼフが戸をノックした。すると中から誰かの声が聞こえてくる。

「……さて、漸く着きました。此処までお疲れ様です。先ずは此方の部屋になります。どうぞお入り下さい」

 ヨゼフが戸を静かに開け、サミュエル達を部屋の中へと誘導する。唾をごくりと飲みながら四人は部屋の中に入っていった。
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