月龍伝説〜想望は時を越えて〜

蒼河颯人

文字の大きさ
上 下
27 / 52
月白珠誕生編(過去編)

第二十六章 変化

しおりを挟む
 ラウファー家の屋敷にて。玉座に腰掛けたダニエル王が大臣と話している。

「今先方の動きはどうだ? 暫く動きはないように見えたが、砲撃の音がしたと報告があった。着弾した場所は大した被害ではなかったようだが」

「はい、兵からの報告によれば、先日の砲撃の音は方向からしてディーワン家からのものに相違ないかと」

 それを聞いたダニエル王は眉を顰めた。

「暫く平和が続いたと思っておったが……頭が痛いのう」

「全くです。向こうから攻撃を仕掛け、こちらから返し、それから双方の激突……になりかねませんな。遠い昔から何らかの形で争い事が耐えなかったとは言え、互いに懲りませぬな」

「先方からの攻撃に備え、再び体制を整えねばならぬな。兵への指示出しを各部隊隊長に伝えておくように」

「はい、仰せのままに」

 戦争はここ数年ほとぼりが冷めていたかのように見えていた。しかし、龍王族ラウファー家と王族ディーワン家を始めとした人類との間に、きな臭い事件が少しずつ起きていた。一旦鳴りを潜めていた戦争が再び始まろうとしているのだ。

 ダニエル王は深い溜め息を一つついた。

「再び開戦間近になろうとしておる故、セヴィニー家との婚儀へ話しを早く持ってゆきたいのだが、困ったことに肝心のリアムが話しをまともに聞こうとせぬ。困ったものだ」

 コホンと咳払いを一つして、大臣が口を開いた。

「……失礼ながら、殿下には既に想い人がいらっしゃるのではないでしょうか?」

 ダニエル王は目を剥いた。

「リアムにか? 儂は特に聞いておらぬ。そちは何か聞いておらぬのか?」

 大臣は表情一つ変えず冷静に答える。

「私めには特に何の情報も入っておりませぬが、殿下は結婚の話しを避けたり、先延ばしにしようとなされているご様子。どなたか意中のお相手がいらっしゃらなければ、そういう行動をとられましょうか? きっといらっしゃるのだと思われます。殿下は内気なところがおありですから、言い出しにくいのでしょう」

「そうか。何処ぞの姫君か存ぜぬが、今の内に確認しておいた方が良かろうな。こういう時母親が居れば良いのだが」

 ダニエルの妃であるリアムの実母は、リアムを産んだ後産後の肥立ちが悪く、そのまま帰らぬ人となってしまったのだ。

「お妃様は大層お優しいお方でしたから、ご存命であったらきっと恋の相談相手などしていただけたでしょうなぁ」

「リアムは乳母にも気を遣い、中々本音を言おうとせぬ」

 ダニエル王は両手を広げてお手上げを意味するジェスチャーをする。

「王子は周りに心配をかけたくないので御座いましょう」

「儂はこう言うのは苦手だ。……ああそうだ、彼女に頼んでみようか。彼女にならきっと話すであろう。セヴィニー家に連絡をとり、アデル姫に来て頂くよう伝えてくれ」

「はい。仰せのままに」

 それから二・三日後、セヴィニー家から従者と共にアデル姫が到着した。テーカシーをしたアデルにダニエル王は依頼する。

「すまぬが、リアムの様子がおかしいのだ。そなたの方から尋ねて欲しい。しがない父親よりは、そなたの方が本音を言い出しやすかろう」

 ダニエル王が言わんとする意味を何となく解したアデルは首を縦に降った。

「かしこまりました。保証は出来ませんが、私で宜しければやってみます」

 ※ ※ ※

 ラウファー家の中庭にリアムの姿を認め、アデルは駆け寄った。

「やぁ、アディ。急にどうしたの? 」

「どうしたじゃないわよリア。貴方のお父上が心配されているわ。一体どうしたと言うの? この前から貴方とても変よ」

「そうかな? 私自身はいつもと同じでいるつもりなのだが」

 アデルは首を横に振る。

「いいえ、貴方変わったわ。私には分かるの。雰囲気からしていつもの貴方じゃない。……ねぇ、貴方誰か好きな人が居るのではなくて?」

 その時二人の間に風が吹き、漆黒の髪と銀髪が弄ばれる。アデルの青いドレスの裾がパタパタと音を立てる。

 枯れた葉が数枚巻き上げられてどこかに飛んでいった。

「……」

 リアムは答えない。きっと言い出しにくい理由があるのだろうと見当がつく。アデルは根気強く粘る。ダニエル王の依頼だからではなく、幼馴染みとして放っておけないのだ。アデルは右手を動かし音が漏れぬよう二人の周りに結界を張った。

「悪い意味で聞いているんじゃないの。私が貴方の婚約者と言うことは今は無視して頂戴。あんなの親同士が勝手にしているだけ。幸い此処に兄上も居ないわ。貴方の父上にも絶対話さない。ねぇ、私にだけ教えて。一体何を悩んでいるの? 貴方、嘘付けない性格だもの。顔に出ているわ」

「……君には敵わないな」

 リアムは降参し、苦笑しながらクレアとのこれまでの経緯をアデルに話した。彼女は真顔で相槌を打ちながら聞いている。まるで妹というより姉のようだ。

「……そう。そうなの。やはりそうだと思った。それでずっと悩んでいたのね。無理もないわ。かなり難しいことだもの」

「私も話しだけなら聞いたことがあるけど、クレア姫はとても綺麗な方のようね。貴方がそこまで思い詰めているのなら、外見のみならず、とても素敵な方なのね。私も会ってみたいな」

 人間と龍族の婚姻が一切認められていない時代だ。しかも相手はラウファー家と敵対するディーワン家の姫。幾ら心が通じ合っていても禁じられた恋。生易しい話しではない。

 アデルはリアムのことは好きだが、恋愛感情ではない。寧ろリアムの幸せを願っている為、応援してあげたいとしか思っていない。だから、尚更立場が婚約者になっている自分が何とかしてやれないか懸命に考えている。兄であるアルバートは自分とリアムの結婚を強く望んでいる為、相談できない。これは自分一人で考えてやるべきことだ。彼女はそう考えた。

「でも、私はずっと疑問に思っていたんだ。何故龍と人間がこう相容れない状況が続いているのかって」

 リアムは驚いた表情を浮かべ、アデルを見る。アデルは何かを決意した顔をしている。

「リア、頑張って。貴方の恋が実るよう、私も手伝うわ。父上達は私達の家同士の縁組みで力をつけ、人間と対抗しようとしているようだけど、全然問題解決になっていない」

「私の父上にも掛け合ってみるわ。ひょっとしたら、私達のこれからの行動がこの長く続く戦争に終止符を打てるきっかけになるかもしれない。きっと難しいだろうし、想像以上に過酷な道になるかもしれない。遠い未来になる迄結果は分からないかもしれない」

「それでもリア、絶対に諦めては駄目よ。勿論、こういう事に理解のない兄上には内緒ね。私、貴方をずっと応援しているから」

 アデルはリアムの手を両手で掴んで力説した。とても心強い。

「アディ……どうも有り難う。誰にも相談出来なくて困っていたからとても嬉しいよ。君って、とても凄い龍だね。驚いて言葉が出ない。私なりに頑張ってみるよ」

 リアムは鬱屈うっくつを晴らせたせいか、少し安堵した表情をしている。

 二人は幼馴染み以上の熱い想いで包まれていた。

 しかしこれから先、過酷な運命が待ち構えているとは、この時の二人は想像すら出来なかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

下弦に冴える月

和之
青春
恋に友情は何処まで寛容なのか・・・。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

処理中です...