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番外編
第四話 月に願いを その一
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時は十八世紀頃。
それはテネブラエにあるランカスター家の屋敷に、穏やかな時間が流れていた頃の物語。
使用人達は各自担当の場所で仕事に従事しており、屋敷にすむランカスター家の血族の子供達は、自主トレーニングに励んだり、鍛錬場にて修行を積んでいた。
そんなある日のこと。
ルフス・ランカスターは一人、庭を歩いていた。ランカスター家分家である彼は、齢十二でありながら成人吸血鬼と対等、もしくはそれ以上に渡り合えるほどの力と技を持っていた。小さな身体では想像出来ないような、念動力と怪力。それが彼の持つ特殊能力だった。
その為、彼の場合時間の使い方については特に指定はされず、好きに過ごすようにしか言われていなかった。分家出身者の中でも異例の待遇だ。自己管理や鍛錬のやり方については自分の判断に一任されていた。
月光のように輝く美しい銀髪を黒いシルクリボンで一つに結い、さらりと背に流している。
表情はないが、目鼻立ちの整った秀麗な顔立ち。
青白い肌を持つ彼は、見かけは人形のような容姿だ。
ルビーレッドのシルク・タフタで仕立てられたコートとウエストコートにブリーチズの三つ揃えを身に着けている。
これは、ランカスター家本家に迎えられたばかりの頃、当主でありおじでもあるヘンリー・ランカスターから贈られたものだった。上質な素材で作られ、艷やかで美しい衣装だ。輝く銀髪と紅玉の瞳を持つ、目鼻立ちの整った彼によく似合っていた。
両親を早くに亡くし、放浪していた頃はあちこち破れのある着古した服で、頭から足の先まで常に煤と汚れで真っ黒だった。
それに比べると、今の生活は夢のように快適だ。
きちんと清掃され、必要な家具や寝具が置いてある立派な部屋を自室として与えられ、立派な服もある。独りだった頃は常に自分の身は自分自身で守らねばならなかったが、今は守ってくれる大人と仲間がいる。日々過ごすのに肩肘張らずにすむようになり、過度な緊張がとれつつあった。
路頭に迷っていることを聞きつけたヘンリーがルフスを呼び寄せてくれた。温和で情の厚いおじには、感謝してもしつくせない恩がある。
そんなことをあれこれ思いつつ庭を一人で散歩していると、突然大きな声が聞こえてきた。ルフスは反射的に顔を上げ、周囲をさっと見渡す。
「セフィロス様!!」
(あの声は……マルロか? )
声が聞こえたのは、鍛錬場からだった。いつもこの時間は、セフィロスが彼の専属指南役であるマルロの指導の元、武術の鍛錬に勤しんでいる。嫌な予感がしたルフスは、鍛錬場へと急ぎ足を運んだ。
鍛錬場の中で色素の薄い髪を持つ男が座り込んでおり、一人の少年が仰向けに倒れていた。
「マルロ、一体どうしたんだ?」
「……ルフス様……」
ルフスの声に気付き、顔を上げたマルロは、やや焦っていた。彼の腕の中にいる少年が身に着けているのは、鍛錬時に良く着ている白いシャツと黒いズボン。実母マーガレットに生き写しである愛らしい顔が、苦しそうに歪んでいた。
「セフィロス……!?」
半開きのその目は虚ろだ。呼吸は浅く、いつも青白い頬が異常に赤味を帯びている。額に掌を乗せてみると平常時より熱を持っていた。
「鍛錬の途中で突然倒れられて……私としたことが……申し訳ありません」
「あんたのせいじゃないから、気にするな。マルロ。多分、これは洋紅熱だ。俺は昔一度罹ったことがある」
「ルフス様は既に免疫をお持ちでしたか。それは良かった。セフィロス様以外の方も皆様免疫をお持ちです」
――洋紅熱。人ならざる吸血鬼の彼等が罹る数少ない病気の一つだ。誰もが子供の内に罹る流行り病で、一度罹れば終生免疫が付き、二度と罹らなくなる。罹る時期や年齢に差はあるが、罹患して二・三日の潜伏期間を経て発症する。発症のサインとして急に発熱症状を起こすのが特徴だ。高熱が続くが、大体一週間程で落ち着くから死ぬことはない。個人差はあるが、高熱と随伴して喉の痛みや咳、節々の痛み、頭痛といった症状が出る場合もある。
「早く医者を呼ばねばなりません」
「……そうだな。それはあんたにお願いするよ。ヘンリーおじ上にも報告してくれ。彼は俺が部屋まで連れて行くから……」
ルフスが見かけによらず怪力の持ち主であることをヘンリーから聞かされていたマルロは直ぐその言に従った。
「分かりました。セフィロス様をお願い致します」
銀髪の少年はぐったりとした金髪の少年を背負うと、屋敷内へと向かった。
それはテネブラエにあるランカスター家の屋敷に、穏やかな時間が流れていた頃の物語。
使用人達は各自担当の場所で仕事に従事しており、屋敷にすむランカスター家の血族の子供達は、自主トレーニングに励んだり、鍛錬場にて修行を積んでいた。
そんなある日のこと。
ルフス・ランカスターは一人、庭を歩いていた。ランカスター家分家である彼は、齢十二でありながら成人吸血鬼と対等、もしくはそれ以上に渡り合えるほどの力と技を持っていた。小さな身体では想像出来ないような、念動力と怪力。それが彼の持つ特殊能力だった。
その為、彼の場合時間の使い方については特に指定はされず、好きに過ごすようにしか言われていなかった。分家出身者の中でも異例の待遇だ。自己管理や鍛錬のやり方については自分の判断に一任されていた。
月光のように輝く美しい銀髪を黒いシルクリボンで一つに結い、さらりと背に流している。
表情はないが、目鼻立ちの整った秀麗な顔立ち。
青白い肌を持つ彼は、見かけは人形のような容姿だ。
ルビーレッドのシルク・タフタで仕立てられたコートとウエストコートにブリーチズの三つ揃えを身に着けている。
これは、ランカスター家本家に迎えられたばかりの頃、当主でありおじでもあるヘンリー・ランカスターから贈られたものだった。上質な素材で作られ、艷やかで美しい衣装だ。輝く銀髪と紅玉の瞳を持つ、目鼻立ちの整った彼によく似合っていた。
両親を早くに亡くし、放浪していた頃はあちこち破れのある着古した服で、頭から足の先まで常に煤と汚れで真っ黒だった。
それに比べると、今の生活は夢のように快適だ。
きちんと清掃され、必要な家具や寝具が置いてある立派な部屋を自室として与えられ、立派な服もある。独りだった頃は常に自分の身は自分自身で守らねばならなかったが、今は守ってくれる大人と仲間がいる。日々過ごすのに肩肘張らずにすむようになり、過度な緊張がとれつつあった。
路頭に迷っていることを聞きつけたヘンリーがルフスを呼び寄せてくれた。温和で情の厚いおじには、感謝してもしつくせない恩がある。
そんなことをあれこれ思いつつ庭を一人で散歩していると、突然大きな声が聞こえてきた。ルフスは反射的に顔を上げ、周囲をさっと見渡す。
「セフィロス様!!」
(あの声は……マルロか? )
声が聞こえたのは、鍛錬場からだった。いつもこの時間は、セフィロスが彼の専属指南役であるマルロの指導の元、武術の鍛錬に勤しんでいる。嫌な予感がしたルフスは、鍛錬場へと急ぎ足を運んだ。
鍛錬場の中で色素の薄い髪を持つ男が座り込んでおり、一人の少年が仰向けに倒れていた。
「マルロ、一体どうしたんだ?」
「……ルフス様……」
ルフスの声に気付き、顔を上げたマルロは、やや焦っていた。彼の腕の中にいる少年が身に着けているのは、鍛錬時に良く着ている白いシャツと黒いズボン。実母マーガレットに生き写しである愛らしい顔が、苦しそうに歪んでいた。
「セフィロス……!?」
半開きのその目は虚ろだ。呼吸は浅く、いつも青白い頬が異常に赤味を帯びている。額に掌を乗せてみると平常時より熱を持っていた。
「鍛錬の途中で突然倒れられて……私としたことが……申し訳ありません」
「あんたのせいじゃないから、気にするな。マルロ。多分、これは洋紅熱だ。俺は昔一度罹ったことがある」
「ルフス様は既に免疫をお持ちでしたか。それは良かった。セフィロス様以外の方も皆様免疫をお持ちです」
――洋紅熱。人ならざる吸血鬼の彼等が罹る数少ない病気の一つだ。誰もが子供の内に罹る流行り病で、一度罹れば終生免疫が付き、二度と罹らなくなる。罹る時期や年齢に差はあるが、罹患して二・三日の潜伏期間を経て発症する。発症のサインとして急に発熱症状を起こすのが特徴だ。高熱が続くが、大体一週間程で落ち着くから死ぬことはない。個人差はあるが、高熱と随伴して喉の痛みや咳、節々の痛み、頭痛といった症状が出る場合もある。
「早く医者を呼ばねばなりません」
「……そうだな。それはあんたにお願いするよ。ヘンリーおじ上にも報告してくれ。彼は俺が部屋まで連れて行くから……」
ルフスが見かけによらず怪力の持ち主であることをヘンリーから聞かされていたマルロは直ぐその言に従った。
「分かりました。セフィロス様をお願い致します」
銀髪の少年はぐったりとした金髪の少年を背負うと、屋敷内へと向かった。
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