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第四章 せめぎ合う光と闇

第六十五話 不惜身命

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 今まで意識のなかった茉莉がルフスを刺した。その衝撃は雷のように、優美達の身体の中を一気に貫いた。
 
「せ……んぱい……そんなっ……!!」
 
「まさか失敗……!?」
 
「マジなのか? 嘘だろ……!?」
 
 現状を目にした愛梨は両手で口元を押さえ、立ち竦んでいる。肝心のルフスに出来なければ一体誰が茉莉を元に戻せるのだろうか? 突如虚脱感に襲われ、倒れそうになる身体を戻ってきたばかりの左京と右京が急いで抱きとめた。
 顔を真っ青にした優美は我が身を自分の両腕で抱き締め、がくがくと震えている。まんまるの目を大きく広げており、まるで金槌で心を打ちつけられたみたいな様子だ。
 
「あたし止めようとしたんだけど、突然凄い力で押しのけられたの……あれは人間の力じゃない! あたしの力ではどうにも出来なかった……!!」
 
 ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出し、頬を滑ってゆく。
 自分が泣いたってどうにもならない。
 頭で分かっているのだが、止めようとしても止められない状態だ。自分の非力さに押し潰されそうになる。
 
「静藍君が……死んじゃうっっ……!! あああ茉莉……っっ!!」
 
 織田は両腕で、小刻みに震えるボブヘアーの小柄な身体をそっと抱き寄せた。なだめるようにその頭をゆっくりとなで続ける。 
 
「優美。落ち着け。君が悪いんじゃない。あのセフィロスという吸血鬼が言っていた通り、茉莉君にかけられていた術がまだ完全に解けていなかっただけだと思う。……ここはルフスに任せるしかない。彼を信じよう」
 
 優美はしゃくりあげながら頑丈な腕にしがみつき、小さく頷いた。
 
「織田君の言う通りだと思います。私達は彼を信じて見守りましょう……」
 
 目の前で起きたことに対して紗英も本当は気が気でないが、何とか理性で抑え込んでいる状態だ。ぎゅっと握り締めた両拳がわなわなと震え、すっかりと白くなっている。しかし、普通の人間である自分達には、この現場を大人しく見守ることしか出来ないのだ。
 
 ※ ※ ※
  
「く……っ……!!」
 
 ルフスの左側の腹からぼたぼたと赤い血が零れ落ち、床に円を描いてゆく。刃は身体を貫通していないが、このままでは“静藍”の肉体が危ない。
 
 (くそ! 俺としたことが、本当にまだ完全に解けていなかったか)
 
 何とかして茉莉を完全に覚醒めさせねばならない。後頭部を殴られるような激痛に耐えながらも、ルフスは打開策を頭の中で探り続けた。
 幸いにも本人は意識がない。それにこの肉体も自分のものではなくのものだ。不幸中の幸いとでも言うべきだろうか。
 
 (この際だ。やむを得ん。茉莉、静藍、許せ……!! )
 
 決意を固めたルフスは茉莉のうなじを手でぐいと掴むと勢い良く自分の元へと引き寄せる。
 その細い顎を掴み、強引に仰向かせた。
 艷やかでふっくらとした柔らかい唇。
 それを自分の唇で強引に押し開き、呪文を吹き込んだ。
 そして、光のない瞳を至近距離で凝視し続けた。
 底なし沼から意地でも光を呼び戻すかのように。
 
「ん~……っ!」
 
 茉莉の身体がびくりと痙攣し、暴れ出した。
 ルフスによる拘束を解こうと身体全体で抵抗し始める。
 重なり合う唇の隙間から声が漏れる。
 だが彼は決して離させまいと彼女の身体を自分の身体に押さえつけ、顎から手を離さなかった。
 自分を刺している手を動かないように、己の左手で上からがしりと押さえつけている。
 振動の為に刃先が余計に体内へと食い込む。
 鈍痛が更に身体中へと響き渡り目眩がするが、ルフスは必死に耐え続けた。脂汗がぽたぽたと額を流れ落ち、整った顎のラインに沿っては雫の形となっている。

 (茉莉! お願いだ……今度こそ、目を覚ましてくれ……!! )
 
 彼の願いが届いたのか、茉莉の瞳の色に再び変化が現れた。
 先程よりも大きく丸い光が、奥底から押し出されるかのように盛り上がって来たのだ。
 光の領域が空の隅々へと広がり、闇が後退していく中で赤々と昇る朝日のように。
 白く眩い光が真上へと飛び出した途端、その身体が一瞬硬直し、一気に弛緩した。
 
「……!」
 
 光を放った後、茉莉の瞳に柔らかな光が戻りかけた時、ルフスは静かに唇を離した。彼女が崩れ落ちないよう右手で背中を支えたままにした。
 
「……せい……らん……?」
 
 茉莉の瞳が漸くいつもの榛色へと戻った時、彼女の目の中に映るのは炎陽色ではなく、夜空へと向かう色だった。
 夕方から夜に移ろうとする薄明の色。
 セフィロスとルフスの瞳を足して二で割ったような、美しい青紫色が二つの瞳となってそこにあった。
 
「わ……わたし……一体……?」
 
「……茉莉さん……!!」
 
 静藍が万感の思いで呼び掛けると、腕の中の彼女は視線をゆっくりと合わせてきた。
 待ち望んでいた、いつもの彼女だった。
 
 (意識が戻った……! )
 
 茉莉が正気に戻ったのを確認すると、静藍の胸から何かがこみ上げてきて、鼻の奥がツンとした。
 やけに頭がふらついて目が眩むのをぐっと飲み込む。
 自分の腹の痛みなど、どうでも良かった。
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