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第四章 せめぎ合う光と闇

第五十九話 戦う理由〜その一〜

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 床に敷き詰められた大理石のタイルが一部蜂の巣状態となっている。
 そんな中、肩で息をしている少女が二人いた。袖やスラックスの裾があちこち擦り切れており、切り傷だらけである。
 彼女達の足元には無惨にも切り刻まれたカードが散乱しており、ストリングの切られたヨーヨーが一つ、力なく落ちていた。
 
「くっ……!」
 
「いやぁん! この糸ネバネバしていて気持ち悪ぅ~い!!」
 
 彼女達は手にそれぞれ武器を持っているが、自由がきかない。
 糸で手首を壁に縫い付けられているのだ。
 巻き付いた糸を何とかして緩めようと手足を動かしているが、緩んでくれそうな傾向は一向に見えない。
 
 ウィオラが額にこぼれ落ちてきた前髪を右手でさっとかき上げた。
 良く熟れた葡萄の汁をかき集めたような瞳は、獲物に喰らいつく寸前の禽獣のような輝きを帯びている。
 垂れ目をゆっくりと瞬かせているが、どこかスッキリとしない表情だ。
 
「ふうん。思っていたより随分しぶといわね。だけど今のあなた達はぎりぎり状態よ。降参したらどうなの?」
 
「……勝負はまだついていませんよ」
 
 ぜいぜい呼吸しながら紗英は話しかける。ウィオラはその様子をしげしげと眺めながらため息を一つついた。
 
「威勢がいいのは好ましいけど、どちらが優勢でどちらが劣勢かは明らかじゃないの」
 
 紗英は銀縁眼鏡を掛けた瞳でアメジストの瞳を真っ直ぐに見据えた。
 
「ウィオラ……さん。一つ質問があります。あなたは一体誰の為に戦っているのですか?」
 
「私? 勿論セフィロスの為よ。私の行動理念は全て彼の為にあるようなものね」
 
「あなたにとって、“セフィロス”は“主人”ですよね。義理深い志は大変素晴らしいと思いますが、自分の為に戦ったことはないのですか?」
 
 ウィオラは目をぱちぱちと瞬かせた。白い首を傾げると、黒い髪の毛先が絹糸のようにさらさらと肩に掛かってくる。
 
「自分の為? ……そうねぇ。私は物心がついた頃から、本家後継者を守るように教育を受けて来たの。本家の命イコール分家の命。セフィロスの為に戦うことが自分の為に戦うことへと繋がっている。だから、常に自分の為に戦っているようなものね」
 
「……そうなのですか……」
 
「それではあなたはどうなの? あなたとそのお隣りにいる可愛らしいお嬢ちゃん。二人は何故戦うのかしら? こんな痛い思いをしなくても良いのに」
 
 突然話しを振られた紗英は一瞬言葉を詰まらせたが、焦ることなく淡々と答えだした。
 
「私……ですか? 私は……今回の事件で……友人を一人失ったんです」
 
 紗英の瞼の裏に、優しい笑顔が蘇った。
 それは、織田に吸血鬼事件の現場写真を送信した直後で運悪く命を落としてしまった彼女の同級生の顔だった。
 
「彼は織田君と私の幼馴染みだったんです。小学生の頃から困っている人がいたら放っておけない性格でした。部活は違うけど、私達二人を陰ながらサポートしてくれる、優しい人でした。だけど……」
 
 眼鏡の奥の瞳がやや潤みがちになるが、何とか堪えた。
 
「その彼が三ヶ月前のあの日、あなた達の仲間によって無惨にも殺されて……」
 
 その日、部活がなくそのまま帰ると言った白木は、「また明日」と言って教室を出た。紗英は明日になれば彼にまた会えると思っていた。まさか、それが最期の言葉になるとは知る由もなく。
 
「その後、茉莉ちゃんがうちの部に入ってきました。きっとこれは白木君からのメッセージだと思ったんです。“彼女を守って欲しい”と言う……」
 
 ぎゅうと握り締めた拳が、わなわなと震えている。
 
「先輩……そうだったんですね……」
 
 その様子を見ていた愛梨は鼻をすすった。
 目を赤くし、やや涙目状態になっている。
 
「それだけではありません。私は来月までは“部長”として部員を守る立場にあります。絶対に誰一人死なせはしません」
 
 ウィオラ静かに睨みをきかせる紗英。
 その横で頭をぐいと上に向け、目尻に盛り上がってきていた涙を何とか引っ込めた愛梨は、紗英に負けじと話し出した。
 
「私はねぇ、実は……茉莉先輩に憧れてるの」
 
 ちょっと照れくさそうにはにかみながら語り出す。紗英はそんな彼女の顔をちらと見やると、そっと表情を緩めた。
 
「入学した時に右も左も分からなくて困っていたところぉ、たまたま通りかかった茉莉先輩が助けてくれたんだぁ。最初この学校でこんな美人がいるんだ! って正直驚いたけどぉ、本人は全く気付いてなくてぇ。でもそこが先輩の良いところ。飾りっ気はないけど気さくでとっても優しいのぉ」
 
 弟がいる長女なだけあって、茉莉は確かに面倒見が良い。部活動中に後輩部員ともよくやり取りをしており、まだ実際には三ヶ月も一緒に過ごしたわけではないが、一年以上一緒にいたかのように部員全員とすっかり馴染んでいるのだ。
 だが彼女が入部前から愛梨と既に出会っていた話しを聞くのが初めてだった。
 紗英は、どこか驚いた顔をしている。
 
「私は一人っ子だから、兄弟や姉妹に憧れてるんだ。ずっと寂しくて。茉莉先輩みたいなお姉ちゃんがずっとずっと欲しかった……」
 
「だから、先輩が同じ部活に来てくれるとは思わなくてとても嬉しかった。これから先一緒に色んなことしたいしぃ、色々教えて欲しいことたくさんあるんだ。だから……」
 
「私は先輩を絶対に助け出したいし、一緒に静藍先輩を助け出したい!! 先輩にとって静藍先輩は大切な人だから、あんた達には絶対に負けて欲しくない。この気持ちは誰にも負けないんだから!!」
 
 彼女達を見たウィオラは、ふと脳裏に蘇らせた。
 六人仲良く遊んでいたテネブラエでの日々。
 何者にも代えがたい、大切な思い出。
 あの頃は何一つ憂うことがなかった。
 
「……そう。でも私だって譲れないわ。ルフスを取り戻せば、我が一族がやっと安定するのよ。二百年以上止まっていた時間がやっと動き出した。やっと……やっと前に進めるんだもの」
 
 きっと表情を引き締めたウィオラは、改めて紗英達に向き直った。
 その目付きは真剣そのものだ。
 吸い込まれそうなほど深く鮮やかな紫に、ホログラムのような薔薇色の光が浮かび上がっている。
 
「せいぜい抗っているといいわ。……この糸を掻い潜れたらの話しだけどね!」
 
 ウィオラは高い天井に向かって両手を上げ、その後前に一気に付き出した。
 すると、きらきらと輝く真っ黒な糸が上から紗英達に向かって降り掛かってくる。これをまともに浴びたら蜂の巣だ。
 
「愛梨ちゃん! 私があなたの手足の糸を解きますから、ありったけのカードを飛ばしてくれませんか?」
 
「え!? でもあたしのカードは全部粉々に切られてしまいますよぉ」
 
「私のヨーヨーとみますから、やってみて下さい!」
 
 紗英の言わんとすることを理解した愛梨は大きく頷いた。
 
「分かりました! 先輩やってみます!!」
 
 瞳の色がオレンジ色に輝くと、紗英は左手に持つヨーヨー本体を右に向かって横薙ぎに動かした。ぶちりと音がして右手が自由になる。そしてそれはそのまま手元に戻ってくるなり左手の拘束を解いた。
 
「はっ!」
 
 シュルルルッとストリングの摩擦音が響いたと思いきや、愛梨は両手両足が自由になったのを感じた。
 
「先輩ありがとうございます!! えいやぁっ!!」
 
 愛梨は自由になった両手を使い、素早くカードを飛ばし始めた。瞳の色が黄色に輝く。彼女の周りに舞うカードも黄色い光を帯び始め、ひまわりの花びらのように眩く輝き始めた。

 そんな中、紗英の右手からいつの間にか現れたストリングが鞭のようにしなり、ヨーヨー本体が弾丸のように飛んでいった。
 予想外の競技用玩具の登場に、愛梨はあっけにとられている。ただでさえ大きな瞳を更に大きくしていた。
 
「ひょっとして……オフストリングヨーヨー!? 先輩、それも持っていたのですか!? すっごぉい!!」
 
 愛梨が投げたカードが次々と黄色に輝き、吹雪のように辺りへと散らばってゆく。
 鋼のように硬さを持つ黒紫糸は、しなやかに動きつつそれをばらばらに切り刻もうとあちらこちらと食い込んだ。
 ピキピキ、パキパキとカードが割れる音が鳴り響く。
 その合間を縫うようにヨーヨーは対象目掛けて飛んでいった。
 
 (お願い芍薬神! 私達に力を……!!)
 
 そしてカードの一枚がヨーヨーのスリットにぴったりと収まった瞬間、橙色と黄色の光は共に輝きを増し、絡み付いてきた黒紫糸をぶちりと断ち切ったのだ。
 
「……!?」
 
 そしてそれは光を纏いつつ勢いを止めず、襲いかかる黒紫糸を次々と断ち切ってゆく。その後、そのまま黒装束に包まれた鳩尾へと食い込んだ。
 
「うっ!!」
 
 ウィオラの表情が歪み、その身体が宙を舞い後方に飛ばされ、タイルの床へと勢いよく叩きつけられた。それと同時に紗英の手元に戻ってきたヨーヨー本体はパシリと乾いた音を立てて彼女の手中に収まる。
 
 ドォオオオ……ン……ッッ……。
 
「……!!」
 
 辺りにもうもうと土埃のような煙幕が立ち上がった。
 
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