炎のトワイライト・アイ〜二つの人格を持つ少年~

蒼河颯人

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第四章 せめぎ合う光と闇

第五十五話 操り人形

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 突然見慣れない人物の登場に、優美達は石像のようにかたまってしまった。
 
「……あの人、誰?」
 
「初めて見るけど……何か……怖い……」
 
「ひょっとして……」
 
 彼等は視線をルフスからゆっくりと黒ずくめの男へと移した。
 
 見るもの全てを圧倒する存在感。
 逆らう気が失せてしまうような威圧感。
 月の光を閉じ込めたようなプラチナブロンド。
 精巧な人形のように整った顔立ち。
 けむるようなまつ毛で彩られた碧玉の瞳。
 見つめると魂を引き寄せられてしまうような、目が離せなくなるほどの美しさ。
 だが、全てのものを一瞬で氷漬けにしてしまいそうな、冷たいオーラが全身からにじみ出ている。
 戦慄の美貌にぞくりとした寒気が身体中に走った。
  
 彼等は会うのは初めてだったが、直感で理解した。目の前の男がランカスター家現当主であることを。
 
「突然ラスボスの登場かよ……雰囲気が何かやべぇな……」
 
 ざわつく左京達をしり目に、セフィロスはルフスに向き直った。その顔は無表情のままであり、まるで表情筋が死滅しているようだ。
 
「久し振りだな。ルフス」
 
「……セフィロス。俺を目覚めさせたのは、やはりお前か?」
 
「……ああ。その通りだ」
 
「……変わったな」
 
「?」
 
「変わり過ぎてまるで別人だ」
 
「ああ。変わるさ。あれから二百年以上の時が流れている。我等人にあらざる者であっても、変わらねば生きては行けぬ」
 
 彼が持つ雰囲気の中に、深い悲しみと怒りが入り混じったようなものが内包されている。それを見たルフスは煌めく鋭利な記憶の欠片に触れたような一瞬の痛みを感じ、目を細めた。
 かつて穏やかで優しかった少年の面影は、今の彼にはなかった。
 
「一つ確認しておきたいことがある。お前が生きているということは、ヨーク家は滅亡したのか?」
 
「ああ。あの家はあの後、私ので握り潰した。全ての者の首を刈り取った。……一人残さずな」
 
 セフィロスは青い鎌のような光を操る力を持っている。
 そのことをルフスは思い出した。
 
「ひぇっ……!!」
 
「死神……!!」
 
 右京達は何人もの人間が血の噴水を上げながら、首無し胴体となり斃れゆく様を想像し、顔を真っ青にした。瞬時に灰化する吸血鬼ならいざ知らず、人間で脳内再現するとスプラッター映画さながらの中々グロテスクな光景だ。
 
「そうか。仇討ちは出来たのか。ならば本題に戻る」
 
「……」
 
「単刀直入に言う。茉莉はどこだセフィロス」
 
 かつての友からの問いかけに大方予想がついていたのか、セフィロスは柳眉一つ動かさず形の良い唇を開いた。
 
「ああ。あの気の強い娘か。慌てずともこの屋敷内にいる」
 
「彼女を何故巻き込んだ」
 
「巻き込んだ? それはお前の方だろう?」
 
 濃紺色の瞳は薔薇色の瞳を真っ直ぐに捉えたまま答えた。
 
「彼女は我々のことを知り過ぎてしまった。お前が彼女に近づかねば知ることはなかったのだ。知らずに済めば平穏な人生を歩めたものを。……哀れなものだ」
 
 ルフスは胸のどこかがずきりとして一瞬顔をしかめた。
 胸の奥深くで何かがこみ上げてくる。
 溶岩のように迸ってくる熱い何かだ。
 自分というより、これはきっと静藍の感情に違いない。
 彼は何か後悔の念でも抱いているのだろうか?
 
「そんなに会いたければ会わせてやる」
 
 セフィロスが右手で誰かを呼び寄せる仕草をした。
 すると、一人の少女が彼の隣にゆらりと現れた。
 背中に流れる癖のない黒髪。
 白小袖と紅袴という和装の出で立ち。
 目元と唇に紅を引き、薄化粧を施されたその姿は彼女の凛とした美しさを引き立てている。
 ただ、榛色の瞳には光がなかった。
 表情が抜け落ちており、生気も覇気も感じられない。
 まるで“人形”である。
 
 それを目にした優美達は全身から一気に血が抜けてゆくのを感じた。
 
「……茉莉……!?」
 
「先輩……嘘ぉ……そんなっ……!?」
 
「マズイな。彼女、俺達のこと分かってないみたいだぞ」
 
 セフィロスの傍に佇んでいた娘は、紛れもなく茉莉だった。
 優美達の姿を見ても声を聞いても全く反応がない。
 伏し目がちな目に動きもない。
 表情一つ変えず、ただ無言を貫いている。
 出で立ちは清純なのに、醸し出している雰囲気が禍々しい。
 
「セフィロス! お前……彼女に一体何をした!?」
 
 ルフスは犬歯をむき出しにして怒りを顕にした。
 一方セフィロスはそれを見て何とも思わないのか、涼し気な顔のままだ。
 
「術をかけただけでそうムキになるな。いつも冷静なお前らしくもない。ただ私の指示に従っているだけで、彼女は生きている」
 
 セフィロスは友から投げかけられる視線を逃げもせず、真っ直ぐに受け止めている。
 
「私はお前の今の力を知りたい。実際この目で見てみるのが一番確実だからな。悪いがこの娘の相手をしてもらう」
 
 セフィロスが右手を前に付き出した。
 すると、茉莉は今まで伏し目がちだった目を開き、右手に何か棒のようなものが出現した。
 先端に前腕位の長さの刃がついている。
 大鎌だ。
 その刃先からは青い光芒が揺らめいている。
 
「……!」
 
 茉莉は構えをとった途端、床を蹴って高く跳躍した。
 鎌を大きく振りかぶってルフスに襲いかかってくる。
 
 ヒュゥッ!
 
 ガッキイイィイイイイイインッッ……!!
 
 鎌の刃先が床を大きく抉った。
 猛烈な風が巻き起こり、周囲にタイルやら石やらの破片が飛び散る。
 茉莉の斬撃を避け、斜め上に跳んだルフスはその砕け散った破片やらを術で飛ばした。
 弾丸のように自分に向かってきた鋭利な破片の集団を、茉莉は一薙ぎで弾き返す。
 大鎌の刃の標的となった破片は粉砕され、砂嵐となって煙幕のようになった。
 
「くっ……!」
 
 優美達は襲いかかってきた風に飛ばされぬように身を寄せ合って耐える。そんな彼女達を淡い光が守るように包み込んだ。
 赤・橙・黄・緑・青・紫色の六色の光。
 彼等が持つ芍薬水晶が眩い輝きを放っている。
 
「……」
 
「……」
 
 茉莉とルフスは無言で対峙している。
 それを後ろから眺めているセフィロス。
 
 六色の光は視界を確保してくれているようだ。
 優美達はこの光景を問題なく見ることが出来た。
 そんな彼等に向かって、聞き覚えのあるアルトヴォイスが響いてくる。
  
「セフィロスがルフスの相手をしている間、私達があんた達の相手をしてあげる」
 
 優美達が周りを見渡すと、今いる部屋の壁辺りに三人の吸血鬼達が立っていた。
 
 ウィオラ・ランカスター。
 ロセウス・ランカスター。
 フラウム・ランカスター。
 
 何故かウィリディスだけがいない。今いる部屋のどこに潜んでいるかも分からず、不気味だ。
 
「察しの通り、私達はあんた達が逃げないようにする為の壁ね。生きて帰れると思ったら大間違い」
 
「やはりそうきたか……」
 
 ウィオラがにたりと紫色の唇を三日月に歪ませると、織田の隆起した背中に汗が一筋すっと流れ落ちていった。
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