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第四章 せめぎ合う光と闇
第五十二話 ルフスの想い
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ランカスター家にまつわる秘密やヨーク家との争い。
今回の数多ある吸血鬼事件のきっかけとなった、二百年以上昔の物語。
静藍はルフスから読み取った“記憶”を掻い摘んで話し、彼等はそれらを目を見開いたり頷きながら聞いていた。
かつて自分達と同じ年頃だった彼等が経験したこと。目にしたこと。耳にしたこと。
比較的平穏だった日々に、突如として訪れた悲劇。
血塗られた壮絶な過去に、それぞれが思いを馳せていた。
「……イギリスとフランスの間にあった吸血鬼の国で起きた事件……か……そんなことがあったんだな」
「十八世紀頃と言ったら確かマリー・アントワネットやルイ十六世が生きていた時代だった気がする……」
優美はスマホの画面を弄って色々検索していた。
十八世紀と言ったらバッハやモーツァルト、ベートーヴェンと言った多くの大音楽家達が生きていた時代だ。アメリカ独立革命、フランス革命といった市民革命が起きた時代でもある。彼女はそこまで思い出し、つい先日あった世界史の試験結果を思い出し、ちょっと冷や汗が出た。
「図書館の本に載っては……いなかったです。人間の歴史じゃないから……ヨーク家とランカスター家だなんて、まるで“薔薇戦争”ですね」
紗英がパタンとノートを閉じた。それは世界史の授業で聴いたことを纏めたノートに、図書館で調べものをしたのを追加で書き足していたものだった。几帳面な性格である彼女らしい。
様々な感想が彼等の口をついて出る。
「ねぇ静藍君。その吸血鬼界のランカスター家とヨーク家との戦いの結果はどうだったかまでは分かる?」
優美からの質問に対し、静藍は少し間をおいてからゆっくりと答えた。
「……分かりません。ルフスはどうやらその戦いの途中で死んだようで、記憶が途切れています」
「しかし、今かつての仲間である彼等が生きているところを見ると、ランカスター家が勝利したのではとないかと考えられますね」
左京は机に右肘を付きながら相槌を打った。黒のボールペンを左の指先でくるくる回している。
「……それにしても、奴等は単に仲が良いというレベルじゃないすね。文字通り一蓮托生という感じ」
左京のあとで右京が言葉を繋ぐ。
「つまり、俺達はその現当主であるセフィロスという吸血鬼を斃せば良いという訳ですね」
「でも、それは茉莉にしか出来ないから、あたし達はその他の吸血鬼達の相手をすればいいわけね」
左京は指先で回していたペンを鼻と上唇の間に挟んだ。
「こちらの“水晶の力”を減弱させる奴がいるけど、どうするんすか? あのマッチョな吸血鬼が厄介っすよ」
「彼等はきっと俺達を殺しにかかってくるだろうな」
「愛梨こわぁい! 」
「彼等にとって俺達は明らかに邪魔モノ。数百年も行動を共にすればその絆も家族以上に半端ないだろうな。これから先自体がどう転ぶか分からないけど、色々考えておくに越したことはないね」
部室内は興奮冷めやらずわいわいと賑わっていた。優美はちらと黒縁眼鏡を掛けた少年の顔を覗いた。
「静藍君はルフスとコンタクトを取れるようになったの?」
「ええ。夢で会って以来です。記憶や感情が直接伝わってくるようになりました。ただ、僕のも彼に筒抜けだから変な感じがしますけどね」
「でも、こんな情報を漏らすなんて本当に大丈夫なの? 彼を信用して良いのかしら?」
「愛梨もそのへんが気になるんですよねぇ。何だかんだ言ってルフスも吸血鬼だしぃ。仲間達が不利になるようなことをするとは思えなぁい」
優美と愛梨が揃って眉を顰めた。彼女達が不審がるのも無理はない。静藍は左の首元に手をやりながら、“痣”が熱を持っていないのを確認した。
「僕は彼を……ルフス・ランカスターを信じて良いと思います」
「彼は言ったんです。『これから先は情報を共有した方が双方にとっても良いと思う』『俺達のことに巻き込んでしまって悪かった』『助けたい奴がいるから手を貸してほしい』って」
あまりのことに、一同絶句した。
「ルフスが君にそんなことを言ってきたの? 本当に?」
静藍はこくりと頷いた。
(彼の助けたい人って一体誰だろう? )
二百年以上昔に起きた争いの途中で彼の記憶は途切れている。彼が命を落としたことは、きっと予期せぬ出来事だったのだろうという位しか想像出来ない。
(……何だろう? ……何かが流れ込んできた)
その時急に静藍の胸の中で、熱いものがこみ上げてきた。
大きな悲しみの中で、怒りとも不安ともつかない鈍い痛みのようなものが胸の奥底にわだかまっている。
それは寄せては返す波のように、満ち引きを繰り返してくるのだ。
熱くて、痛い。
きっとこの感情は、彼にとって大切な者に対して抱いている想いに違いない。
彼の最期の記憶に残っているその者の顔を思い浮かべると、心の中に潜んでいる感情の嵐に支配されそうになった。
あの、魂が凍り付いたようなサファイアの瞳。
輝きを失った蒼玉。
それは五年前に静藍を襲い、吸血鬼化させる術をかけた者と同じ色の瞳だった。
(そう言えば、人間の肉体を利用して彼を蘇らそうとしていたのはセフィロス……奇跡的に成功したのが僕の肉体だったっけ……)
ぶっきらぼうで無愛想な彼が、心の中でこんなやり切れない想いを抱えていたなんて、一体誰が想像出来るだろうか。
(そうか……彼の言う“助けたい奴”って……)
静藍は急に首を真綿で締め付けられたような息苦しさを感じた。
――なあ、友達になろうよ――
――一人で見る世界より二人で見る世界は広い。三人以上で見る世界はそれ以上だ。一緒に色んな世界を見ようよ。もっと楽しい世界が見えると思う――
――私達はきっと、良い友達になれるんじゃないかな。何となくだけど、そんな気がする――
ルフスの記憶の中で、最も温もりを感じられるものがその言葉だった。それを言った者の目は、美しいサファイア・ブルーの瞳。彼に向けられる数々の瞳は、いずれも閃光と点滅する星が飛び交っていた。まるで、これから先生きてゆく若い彼等にとって、輝かしい未来が約束されていたかのように。
(そうだったのか……)
現実は彼等をなぎ倒すかのように襲い、全てを奪っていったことを彼の記憶が伝えている。そうでなければ、あの眩いばかりに輝いていた蒼玉が、ひび割れたくもりガラスのようになりはしない。
静藍は静かに目を伏せた。
これから先の戦いは、きっと想像している以上に苦しいものとなるだろう。
自分達にとっても、ルフス達にとっても。
ルフスはきっと何らかの形で決着をつけるつもりに違いない。
ランカスター家一族の、終わりのない戦いに――。
ルフスとの再会を強く願い、二百年以上ずっと生き続けてきた仲間達との間に――。
「……っ!!」
静藍は突然立ち上がり、左の首元を押さえたまま動かなくなった。薔薇の形をした痣が熱を帯び始めている。
「静藍君? どうしたの?」
優美が彼に駆け寄ろうとすると、ゆらりと赤い光が静藍の身体を包み始めた。
「……!!」
燃えるような真っ赤な光が掻き消えた途端、黒縁眼鏡がカシャンと音を立てて机の上に落ちた。
月色に輝く銀髪。
開いた目に輝く二つのレッドルビー。
開いた口元には発達した犬歯。
「……お前ら、茉莉を探しているんじゃねぇのか?」
静藍と色違いの双子のような面差しなのに、言葉も雰囲気も真反対である少年の登場に、一同は息を呑んだ。
「……ルフス……」
「ついてこい。俺が案内してやる」
長いまつ毛に彩られたその瞳は、鮮血を思わせる、濁りのない鮮やかな赤色の輝きを放っていた。
今回の数多ある吸血鬼事件のきっかけとなった、二百年以上昔の物語。
静藍はルフスから読み取った“記憶”を掻い摘んで話し、彼等はそれらを目を見開いたり頷きながら聞いていた。
かつて自分達と同じ年頃だった彼等が経験したこと。目にしたこと。耳にしたこと。
比較的平穏だった日々に、突如として訪れた悲劇。
血塗られた壮絶な過去に、それぞれが思いを馳せていた。
「……イギリスとフランスの間にあった吸血鬼の国で起きた事件……か……そんなことがあったんだな」
「十八世紀頃と言ったら確かマリー・アントワネットやルイ十六世が生きていた時代だった気がする……」
優美はスマホの画面を弄って色々検索していた。
十八世紀と言ったらバッハやモーツァルト、ベートーヴェンと言った多くの大音楽家達が生きていた時代だ。アメリカ独立革命、フランス革命といった市民革命が起きた時代でもある。彼女はそこまで思い出し、つい先日あった世界史の試験結果を思い出し、ちょっと冷や汗が出た。
「図書館の本に載っては……いなかったです。人間の歴史じゃないから……ヨーク家とランカスター家だなんて、まるで“薔薇戦争”ですね」
紗英がパタンとノートを閉じた。それは世界史の授業で聴いたことを纏めたノートに、図書館で調べものをしたのを追加で書き足していたものだった。几帳面な性格である彼女らしい。
様々な感想が彼等の口をついて出る。
「ねぇ静藍君。その吸血鬼界のランカスター家とヨーク家との戦いの結果はどうだったかまでは分かる?」
優美からの質問に対し、静藍は少し間をおいてからゆっくりと答えた。
「……分かりません。ルフスはどうやらその戦いの途中で死んだようで、記憶が途切れています」
「しかし、今かつての仲間である彼等が生きているところを見ると、ランカスター家が勝利したのではとないかと考えられますね」
左京は机に右肘を付きながら相槌を打った。黒のボールペンを左の指先でくるくる回している。
「……それにしても、奴等は単に仲が良いというレベルじゃないすね。文字通り一蓮托生という感じ」
左京のあとで右京が言葉を繋ぐ。
「つまり、俺達はその現当主であるセフィロスという吸血鬼を斃せば良いという訳ですね」
「でも、それは茉莉にしか出来ないから、あたし達はその他の吸血鬼達の相手をすればいいわけね」
左京は指先で回していたペンを鼻と上唇の間に挟んだ。
「こちらの“水晶の力”を減弱させる奴がいるけど、どうするんすか? あのマッチョな吸血鬼が厄介っすよ」
「彼等はきっと俺達を殺しにかかってくるだろうな」
「愛梨こわぁい! 」
「彼等にとって俺達は明らかに邪魔モノ。数百年も行動を共にすればその絆も家族以上に半端ないだろうな。これから先自体がどう転ぶか分からないけど、色々考えておくに越したことはないね」
部室内は興奮冷めやらずわいわいと賑わっていた。優美はちらと黒縁眼鏡を掛けた少年の顔を覗いた。
「静藍君はルフスとコンタクトを取れるようになったの?」
「ええ。夢で会って以来です。記憶や感情が直接伝わってくるようになりました。ただ、僕のも彼に筒抜けだから変な感じがしますけどね」
「でも、こんな情報を漏らすなんて本当に大丈夫なの? 彼を信用して良いのかしら?」
「愛梨もそのへんが気になるんですよねぇ。何だかんだ言ってルフスも吸血鬼だしぃ。仲間達が不利になるようなことをするとは思えなぁい」
優美と愛梨が揃って眉を顰めた。彼女達が不審がるのも無理はない。静藍は左の首元に手をやりながら、“痣”が熱を持っていないのを確認した。
「僕は彼を……ルフス・ランカスターを信じて良いと思います」
「彼は言ったんです。『これから先は情報を共有した方が双方にとっても良いと思う』『俺達のことに巻き込んでしまって悪かった』『助けたい奴がいるから手を貸してほしい』って」
あまりのことに、一同絶句した。
「ルフスが君にそんなことを言ってきたの? 本当に?」
静藍はこくりと頷いた。
(彼の助けたい人って一体誰だろう? )
二百年以上昔に起きた争いの途中で彼の記憶は途切れている。彼が命を落としたことは、きっと予期せぬ出来事だったのだろうという位しか想像出来ない。
(……何だろう? ……何かが流れ込んできた)
その時急に静藍の胸の中で、熱いものがこみ上げてきた。
大きな悲しみの中で、怒りとも不安ともつかない鈍い痛みのようなものが胸の奥底にわだかまっている。
それは寄せては返す波のように、満ち引きを繰り返してくるのだ。
熱くて、痛い。
きっとこの感情は、彼にとって大切な者に対して抱いている想いに違いない。
彼の最期の記憶に残っているその者の顔を思い浮かべると、心の中に潜んでいる感情の嵐に支配されそうになった。
あの、魂が凍り付いたようなサファイアの瞳。
輝きを失った蒼玉。
それは五年前に静藍を襲い、吸血鬼化させる術をかけた者と同じ色の瞳だった。
(そう言えば、人間の肉体を利用して彼を蘇らそうとしていたのはセフィロス……奇跡的に成功したのが僕の肉体だったっけ……)
ぶっきらぼうで無愛想な彼が、心の中でこんなやり切れない想いを抱えていたなんて、一体誰が想像出来るだろうか。
(そうか……彼の言う“助けたい奴”って……)
静藍は急に首を真綿で締め付けられたような息苦しさを感じた。
――なあ、友達になろうよ――
――一人で見る世界より二人で見る世界は広い。三人以上で見る世界はそれ以上だ。一緒に色んな世界を見ようよ。もっと楽しい世界が見えると思う――
――私達はきっと、良い友達になれるんじゃないかな。何となくだけど、そんな気がする――
ルフスの記憶の中で、最も温もりを感じられるものがその言葉だった。それを言った者の目は、美しいサファイア・ブルーの瞳。彼に向けられる数々の瞳は、いずれも閃光と点滅する星が飛び交っていた。まるで、これから先生きてゆく若い彼等にとって、輝かしい未来が約束されていたかのように。
(そうだったのか……)
現実は彼等をなぎ倒すかのように襲い、全てを奪っていったことを彼の記憶が伝えている。そうでなければ、あの眩いばかりに輝いていた蒼玉が、ひび割れたくもりガラスのようになりはしない。
静藍は静かに目を伏せた。
これから先の戦いは、きっと想像している以上に苦しいものとなるだろう。
自分達にとっても、ルフス達にとっても。
ルフスはきっと何らかの形で決着をつけるつもりに違いない。
ランカスター家一族の、終わりのない戦いに――。
ルフスとの再会を強く願い、二百年以上ずっと生き続けてきた仲間達との間に――。
「……っ!!」
静藍は突然立ち上がり、左の首元を押さえたまま動かなくなった。薔薇の形をした痣が熱を帯び始めている。
「静藍君? どうしたの?」
優美が彼に駆け寄ろうとすると、ゆらりと赤い光が静藍の身体を包み始めた。
「……!!」
燃えるような真っ赤な光が掻き消えた途端、黒縁眼鏡がカシャンと音を立てて机の上に落ちた。
月色に輝く銀髪。
開いた目に輝く二つのレッドルビー。
開いた口元には発達した犬歯。
「……お前ら、茉莉を探しているんじゃねぇのか?」
静藍と色違いの双子のような面差しなのに、言葉も雰囲気も真反対である少年の登場に、一同は息を呑んだ。
「……ルフス……」
「ついてこい。俺が案内してやる」
長いまつ毛に彩られたその瞳は、鮮血を思わせる、濁りのない鮮やかな赤色の輝きを放っていた。
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