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第三章 過ぎ去りし思い出(過去編)

第四十六話 激突

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 どれ位の時間が過ぎたのだろうか。
 青灰色の夜空一面が様々な眩い光に包まれている。
 赤色、青色、黄色、灰色、緑色、紫色……六色に輝く光芒が茶色の光芒と四方八方に激突を繰り返しているのだ。 
 
 ヨーク家の庭に大きな湖が一つあって、その澄んだ水面には粉々に割れたかのような光が映っている。良く見るとそれは月の光が混じっており、ゆらゆらと揺らめき燦然と輝いている。
 
 ウィリディス達は打ち合わせ通り、押し寄せるヨーク家の従者達を堰き止めている。彼等は盾となり、セフィロスとルフスをランバートやリチャードと対決出来るように持っていくつもりでいた。

 ヨーク家本家の二人がそれぞれ前後から近付いてくるのに気付き、自ら立ち向かおうとするセフィロスをルフスは右手で制した。

「ルフス?」
 
「俺がリチャード・ヨークの相手をする。お前は怨敵をその手で討て。くれぐれも奴の挑発に乗るなよ。奴はお前の身体に相当惚れ込んでるようだから、本当にタチが悪い」
 
「……分かった。ありがとう」
 
 セフィロスとルフスは背中合わせに立ち、自分が対決する相手に向かって構えをとった。
 
 リチャードは自分の目の前に立つ銀髪紅眼の少年を舐めるように見回した。まるで上玉の品定めをしている娼館の主のような目付きをしている。
 
「……お前さんが話しに聞いていたルフス・ランカスターか。ヘンリーがその昔拾ってきたという。セフィロスと並ぶと本当に宝石のようだな。自慢のその腕、へし折ってやろうか」
 
「やれるものならやってみろよ。俺はそう簡単に折れないぜ」
 
 ルフスは表情一つ変えずぶっきらぼうに言い放った。
 その瞳は全く笑っていない。
 
「……ふん。せいぜい今のうち憎まれ口を叩いておくことだな」
 
 二人共闇のような夜空に向かって飛び上がった。
 どうやら空中に戦いの場を設けたようである。
 あちらこちらで赤い光と茶色の光の乱舞が始まった。何かの衝突音が鳴り響いてきて、直ぐ傍にある木々が根ごと薙ぎ倒されている。その下敷きとなる運の悪い従者達もいた。
 仰のいて暫く彼等の様子を伺っていたランバートは、やがて視線をセフィロスへと戻した。
 
「父上達はもう開戦したようだ。気が短いからな。こちらも始めるか」
 
「……」
 
 セフィロスは怨敵をきつく睨みつけた。彼の身体全体から青い光芒がゆらりと立ち上がる。それを見たランバートは思わず舌舐めずりをした。
 
「気が強い者を落とすのも悪くない。この戦いで俺に負けたら灰にする前に今度こそ最後まで抱くからな。覚えておけよ」
 
 ランバートが剣を抜き、構えた。どこまでが本気なのか不明だ。
 鞘のみならずその刀身にも紋章の彫刻が施してあり、禍々しい色に輝いている。

(あれが私の両親の命を奪った剣……)

 セフィロスは込み上げてくる悲しみと怒りで震えそうになった身体を、やっとの思いで抑え込んだ。冷静を装った声を何とかして絞り出す。
 
「断る。何度も言わせるな」
 
 セフィロスは腰に帯びていた剣を鞘からすらりと抜き、構えた。しなやかな剣先まで青い光に包まれている。
 
「俺の腕の中より両親に会いたければ送ってやる」
 
 ランバートは突進して来た。
 むっちりと肥っている割に疾風のような動きだ。
 
「く……っ!」
 
 彼との手合わせは初めてだ。
 予想以上の速さに、セフィロスはぎりぎり紙一枚で攻撃を避けるのが精一杯だった。
 ふと目を落とすと、ブリーチズの裾が一部切り裂かれているのが目に入る。
 
「この場で一枚ずつ剥いても良いのだぞ。避けるだけではその美肌をこの夜空の下で早々披露することになる。それも一興だな。俺は大歓迎だ」
 
 目の前の男はにたりと笑い、剣の切っ先についた真っ赤な血をべろりと舐めた。
 下卑た目元が厭らしい。
 この戦いが閨事の続きとでも思っているかのような口調だ。
 
 セフィロスは生前のマルロから術のみならず剣の手解きをも受けていた。そのことを脳裏に瞬時に思い出す。
 
 ――ヨーク家の嫡男であらせられるランバート様は、剣の腕がずば抜けていると伺っております。見かけによらず速さがあるとのことです。かてて加えてあの重量ですから、きっと剣の重さはセフィロス様の数倍は重いものと思われます。もし彼と直接対決なさる場合はどうぞ気を引き締めて下さい――  
 
 太刀筋は視えるが、身体の動きが予想以上に速い。
 ベッドの上で彼にのしかかれた時、術で自由を奪われていた為身動きが取れなかった。その時、体格による重量差を否が応でも思い知らされていた。
 速さと重量差。
 ランバートは華奢なセフィロスにとってあまりにも分が悪過ぎる相手だった。
 イマイチ勝機を掴みにくい。
 喉仏を上下に動かし、ギリリと奥歯を食いしばった。
 
 (何があってもこいつを絶対に許さない。この手で殺してやる……!!)
 
 セフィロスは右手に力を込め、ヒルトをぐっと握り締めた。掌は汗でぐっしょりと湿っている。
 
 剣先同士が響き合う毎にびりびりと腕どころか全身が痺れてくる。
 確かに、彼の剣は重い剣だ。
 今の自分の体重では生み出せない重み。
 現状ではどうにもならない力量差に心が押しつぶされそうになる。
 
 (強い……!)
 
 だけど、絶対に負けるわけにはいかない。脳裏に父ヘンリーと母マーガレットの笑顔が浮かんだ。

 二人共こんな醜い争いよりずっと平和を望んでいた。だが、セフィロスは平和を望めば望むほど現実が遠くなってゆくような、そんな気がしてならなかった。何故かは分からない。

(父上……母上……私は必ずや仇を討ちます!)

 セフィロスは相手を睨みつけると、両足に力を込め構えを取り直した。
 
 ※ ※ ※
 
「……!」
 
 ランバートの左腕が鈎状に切り裂かれ、血が一筋とんだ。
 何合か打ち合った末、セフィロスはランバートに幾太刀目かを浴びせる事が出来た。
 一方セフィロスの方は腕や肩、腿や腰の辺りと切り裂かれ、ぼろぼろだった。
 いつの間にか髪結いが解け、透き通るような金髪が夜空に舞い踊っている。
 双方肩で息をしている状態だ。
 
「ほう。やるじゃないかセフィロス。それでこそ俺が一度は惚れた奴だ」
 
 神経を逆撫でしてくるような挑発を無視し、剣による一撃を叩き込む。

「はああああああっっ!!」
 
「ふんっ!」
 
 それを避けたランバートが今まで以上に力を込め、真正面から一撃を放った。
 
 バキィイイイイ……ン……ッッッ……
 
 それをまともに受けたセフィロスの剣が真っ二つに割れ、砕け散る。彼は目を大きくまん丸に見開いた。
 
 (嘘……そんな……!!)
 
 足元へと落ちてゆく自分の得物の刃先を見て一瞬呆然とした。
 心の空きをついた相手の切っ先がセフィロスの心臓目掛けて吸い込まれそうになる。
 
 (しまっ……!!)
 
 思わず目を瞑ったその時、身体に強い衝撃が走り、セフィロスの身体が真後ろに飛ばされた。地面にどぅと叩きつけられ、背骨が悲鳴を上げる。
 
「うっ……あっ……!!」
 
 地面をごろごろと転がり、辺りに土埃が立つ。
 
「ゲホゲホゲホッッ……!!」
 
 激しく咳き込みつつ急ぎ体制を整えようと跪く姿勢となったセフィロスの瞳に、信じられない光景が飛び込んで来た。
 
 自分の目の前にルフスが立っている。
 セフィロスを守ろうと両腕を彼に向かって突き出したままの姿勢で。
 
 
 その左胸の辺りから剣の切っ先が顔を出している。
 

「ルフス――――ッッッ!!!!!!」

 
 凄惨な絶叫が周囲に響き渡った。
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