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第二章 襲い掛かる魔の手

第二十四話 雨と想いと

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 部室の窓を叩く雨の音が響いている。
 紫陽花の葉の上でカタツムリが佇んでいる。
 前に雨が降ったのは一週間前だった。
 梅雨なのだから、もう少し降っても良い筈だ。
 
「ねぇ優美、この御守りどの神社で売ってたの?」
 
「えっと……河西神社だったかな。確か」
 
 優美のスマホ画面に赤い鳥居が写っていた。
 見たところ何の変哲もない、極々普通の鳥居だ。
 
 (これが河西神社……)
 
 サイトには「芍薬姫が祀られているといわれのある神社」と書かれてある。
 
 紗英が図書館から借りてきた文献によると、神社そのものは戦国時代よりも遥かに古くから建てられていたものらしい。
 推定年号を見ると平安時代中期頃だろうか。
 だがあまり著名ではなかった為か、これまで地元でもあまり知られていなかった。
 
 それが二・三年前に芍薬水晶が発見されて以来、注目度が上がった。かてて加えて吸血鬼事件の発生によって益々注目を浴びることになり、参拝客が徐々に増えているそうだ。
 特に芍薬水晶は若者に受けが良く、売れ行き好調らしい。
 
 茉莉は自分が夢で芍薬姫に会ったこと、そして宣告された内容を部員全員に伝えた。
 
 自分達が持つ芍薬水晶は芍薬姫がかつて生み出したもの。
 そしてそれは吸血鬼達を鎮静化する霊玉に他ならないこと。
 その霊玉に選ばれたのは茉莉。
 自分が、吸血鬼達を鎮静化する最も強大な力を持っていること。
 といったことを説明した。
 
「……」
 
 茉莉からの話しを聞いていた他七人は最初狐につままれた顔をしていた。しかし、自分達で集めてきた資料と照らし合わせるとあまりにも辻褄が合う事項が多く、信憑性があると信じるしかなかった。
 
「……あんた、一気に責任重大ねぇ……」
 
 優美は横に座る親友の顔を心配げに覗き込んだ。
 榛色の瞳にはどこか不安げな色がちらついている。
 
 ――吸血鬼達を鎮静化出来るのは、その水晶に選ばれし者のみじゃ。芍薬水晶は全部で八個。うち一個だけが虹の色から外れておる。その一個を持つ者こそ、“選ばれし者”と言うことじゃ――
 
 芍薬神の声が脳裏に蘇り、思わず身震いする。「寒い? クーラーの温度上げようか?」という親友の声に首を横に振った。
 
「……私、正直自信ないよ。“力”といったって今何か感じるものがあるわけでもないし。至って普通なんだよ。ねぇ優美。普通の女の子なんだよ私。それなのに……一体どうしたら良いんだろう……」
 
 表情が強張る茉莉の耳に明るい声が滑り込んで来た。
 声の方向を向くと、ツンツン頭が見える。
 左京がどこか楽しげにペンを指先でくるくると回していた。
 
「と言うことは、茉莉先輩以外はみんな守護者ということか……何かかっちょいいっすね!」
 
「?」
 
「だってパーティー組んで魔物を倒しにゆく勇者みたいじゃないすか? 俺達。だって俺達以外誰にも出来ないことなんすよ! 血が騒ぐ~……」
 
「まったぁ~ゲーム脳は能天気発想しかしないんだからぁ!」
 
 呆れた愛梨が左京にでこピンを一発お見舞いする。
 
「……ってぇ。何だよ愛梨!」
 
 攻撃は見事に決まった。
 愛梨は爪がやや長いので受けたダメージが余計に大きい。
 左京は額を押さえて横にいる美少女を涙目で睨んだ。
 
「このおバカ! 先日のことで先輩ちょおっとナイーブになってるんだから、少しは気を遣いなさいよぉ」
 
「だからって、いきなり体罰は良くねぇだろ? 暴力反対~!!」
 
「キモ~い! か弱い女子じゃあるまいし!!」
 
 二人の間に挟まれた右京は「まあまあ落ち着いて」と二人をなだめるのに必死だ。
 
 そこで稲光が走った。
 大きな雷だったのだろう。
 大きな振動がびりびりと部室中に響き渡る。
 途端、ざあっと木々の葉を打つ音が大きくなってきた。
 
「だからって、じめじめくよくよしてもしかたねぇだろ? 状態が変わるわけでもなし。 迷ってるヒマあったら少しでも効率良く解決策を探って進んでいくしかオレ達出来ねぇんじゃねぇのか?」
 
 そこで凛とした声が響き渡った。
 銀縁眼鏡の縁を押さえた紗英が二人の言い合いを遮る。
 
「確かに。愛梨さんの言い分も分かりますが、左京君の言うことにも一理あると思います。私達はともかく河西神社に調べに行かねばなりません。先日のことを踏まえ、神社には全員で向かうべきだと思います。茉莉さんのみならず部員誰もが狙われてもおかしくない状況ですから。意見がある人はいませんか?」
 
 挙手をしたのは織田だった。
 
「俺は部長の意見に賛成だ。出発日は期末試験後が良いだろうと思う。都合が良い日にちは後々決めようと思う。他に意見がある人はいないか?」
 
 そこで、別の者が挙手をした。右京だった。
 
「話し変わりますが、あの、静藍先輩は大丈夫でしょうか?」
 
 今日は週に一度の会議の日であるが、静藍だけが欠席だった。たまたま病院の通院日と被った為だ。今日は検査の日らしい。言うまでもなく、朝から姿はなかった。
 
 (ああ、今日は静藍が引き起こすドジの巻き添えを食わずに済む)
 
 と思うと、茉莉は何故か胸の奥で妙に寂しさを覚えた。
 
 (何だろうこの何か物足りない感じ。 いつもは何ともないのに……)
 
 味気ないというのとは違う。
 何かが抜け落ちているような感じだ。
 身体のどこかに穴が開いている。
 その穴から風がすり抜けていく。
 そんな感じがするのだ。
 
 今まで誰かに関して個人的に“思う”ことはあっても、“寂しさ”を感じることは今まで一度もなかった。
 
 理由は分からない。
 
 窓の外で再び稲光が走り、室内に光が射し込まれた。
 何秒とも経たずゴロゴロと騒音が響いてくる。
 今回は比較的近くに雷が落ちたようだ。
 
 雷の音を押し退けるような織田の声で、茉莉の頭の中のもやもやした感じが一気にかき消えた。
 
「三ヶ月から四ヶ月に一回、経過観察で総合病院に通院していると彼からは聞いている。今日欠席することは本人から聞いた。試験も近いから、俺達も体調管理には充分に気を付けないといけないな」
 
「試験の日が近いのと吸血鬼事件のこともあって、尾崎先生からもなるべく早く帰宅するようにと指示が出ています。皆さん、体調管理をしっかりしましょう」
 
 ニュースや新聞でも取り沙汰されている吸血鬼事件は、たえずちらほらと起こり続けていた。
 加害者は髪の短い華奢な女だったり、大柄な男だったりとその時によって異なるが、前回までとは異なる吸血鬼が関わっているように感じられた。
 
 こうしている間もどこかで誰かが血を吸われて死んでいる。
 犠牲者数をこれ以上増やさないようにする為にも勇気を振り絞り、戦わねばならない。
 
「……」
 
 その後特に意見は出なかった為、その場で一旦散会となった。残りたい者は残り、帰りたい者は帰る。だが、部室から出る者はまだいなかった。
 
 あれこれ思案してた茉莉は突然肩をぽんと叩かれた。
 大きな掌だ。
 見上げると副部長と優美が立っている。
 織田は大柄の身体に乗せた顔へ、優しそうな微笑を浮かべていた。その隣で優美は右腕を曲げ、力瘤を作る仕草をした。
 
「茉莉君、みんながいるから過剰な心配は無用だ。力を合わせて頑張ろう。静藍君を助ける為にも」
 
「そうよ茉莉。あんたを傷つける奴はあたしが許さないんだから!」
 
 胸の奥で締め付けられていた糸が、わずかながら緩んだ気がした。
 二人の自分に対する気遣いに感謝すべきだ。
 唇から自然と笑みがこぼれる。
 
「……ありがとうございます。織田先輩、優美」
 
 部員は各自他の文献をそれぞれ見ながら適宜まとめてゆく。一週間後には文献を済北図書館に戻さないといけない。
 のんびりする余裕は意外となさそうだ。
 
 (あいつらを私がこの手で倒す。 しかしどうやって? そんなこと本当に出来るのだろうか?)

――わらわの力を使えるという意味じゃ。吸血鬼達を鎮静化させる力。その力を執行出来るのはそなただけなのじゃ。

――だがわらわの力を使いこなせるかはそなた次第じゃ。未来は己で切り開き、導き出すものじゃからのう。
 
 芍薬神の言葉が脳内で再生される度、あまりのことの重大さに身悶えしたくなってくる。資料をまとめつつ、頭の片隅では打倒吸血鬼の文字で一杯一杯の茉莉だった。

 少しした後、今日の会議で決まった内容、話した内容、みんなで神社に向かう際、部員全員で向かうこと、その他の内容をLINEで静藍に連絡した。
 暫く経って既読マークが付き、「ありがとうございます」と書かれたスタンプが送信されてきた。
 それを見て胸を撫で下ろした。
 
 LINE交換して連絡を取り合うようになってから、静藍から返事がくるのがいつの間にか茉莉の楽しみとなっていた。
 
 静藍が部活を休んだ時。
 保健室から出てくる前。
 病院の診察が終わった後など。
 
 特別ではなくクラスメイトや部員仲間としてのやり取りが主だが、それでも、返事が来なかったり遅かったりすると妙にやきもきして心臓が落ち着かなくなるのだ。
 
 静藍からは「検査の結果は特に異常なく、次はまた三ヶ月後と言われました」と返信が来た。
 
 三ヶ月後と言えば九月中旬頃になる。
 彼の誕生日は八月だ。
 今の問題が無事解決していれば、今の通院生活からも解放されるのだろうか?
 もし解決出来なかったら……背中が一瞬ぞくりとした。あまり考えたくないのだが、静藍に残された時間はあと二ヶ月しかない。
 茉莉は暗い未来を振り払うように首を横に激しく振った。
 
 (駄目駄目! 今は試験勉強に移れるよう早くこれを片付けることに集中せねば!!)
 
 実際に神社に向かうのは期末試験後。
 八人で向かえば怖いものなし。
 色々不安は止まないが、茉莉は腹をくくることにした。
 
 窓を叩く雨音はその日一日中ずっと止まなかった。
 
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