都市伝説ガ ウマレマシタ

鞠目

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聞いた人

気配

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 直美とコンビニの前で別れて家に帰ったのが午後6時。それから駅前の塾に行ったのが7時。授業が終わったのが9時30分。塾を出たのが9時45分。
 自転車に乗って真っ直ぐ家に向かう。家までは15分ほど。人通りは少ないけれど街頭のある明るい道を選んで帰る。なんとか怖いことを考えないように私はペダルを漕ぐことに集中した。

 信号を待っている時にいつもの癖でポケットからスマホを取り出した。画面に映る時計を見て例の都市伝説の時間帯にばっちり突入している事に気がついた。その瞬間突然誰かに見られている気がして全身に鳥肌が立った。
 私の気にしすぎだとはわかっている。気持ちを落ち着かせるために少し深呼吸をした。大丈夫、だって今ちゃんと止まってるもん。そう、大丈夫。なんとか自分に言い聞かせる。
 スマホを見たけど緊張のせいか何を見ているのかよくわからなかった。こんなことなら見るんじゃなかった。無駄に緊張しただけだ。

 信号が変わった。青信号の軽快な音を聞いてスマホをしまい自転車を走らせた。
「あ、そうだ。歩かなかったらいいんだ。止まってたら歩きスマホじゃないもん」
 私はふと頭に浮かんだことをそのまま口に出していた。なんだか恥ずかしい。でも、このアイデアは最高な気がする。歩かなかったらいいんだ、これならパトロール男なんて関係ない。
 明日直美にも教えてあげよう。私は思わず顔がにやけた。都市伝説敗れたり。私はなんだか嬉しくなってきた。
 鼻歌を歌いながら自転車を飛ばす。なんだ、こんなに簡単なことで回避できるんだ。ふふふ、なにこれ私天才かも。回避方法を広めたら有名になれるんじゃない? やば、テンション上がる。
 すべり台しか遊具がない小さな公園の横を通り過ぎる時、誰かに短く笑われた。すぐに周りを見渡したけれど誰もいなかった。たぶん男の人の声だった気がする。
 鼻歌を歌っているのを笑われたのかもしれない。でも誰もいないし、気のせいかもしれない。なんとなく恥ずかしくなって私はさらに自転車のスピードを上げた。

 自転車を駐輪スペースに止めて、私が機嫌よく家のドアを開けると、ちょうどお母さんが玄関にいた。お母さんは私の顔を見た瞬間、少し申し訳なさそうな顔をした。
「おかえりなさい。ごめんね、ちょっとコンビニ行ってくるから留守番してて」
「え、コンビニ? 今から?」
「そうなのよ、ご飯の準備をしようと思ったらお醤油が切れちゃっててさ。お父さんもまだ帰れないって言ってて、急いで行ってくるわ」
「そうなんだ。いいよ、私が行く」
「え、いいの? でも、こんな遅くに悪いわよ」
「いいのいいの、大丈夫!」
 パトロール男対策を思いついてテンションが上がっていた私は、気が大きくなって、つい自分から買い出しに行くと母に言い出してしまった。
「いいの? じゃあ、お願いするわね。そうだ、好きなお菓子も買っていいわよ」
「いいの? ありがとう!」
 そう言いながら私は、お母さんが財布から取り出した千円札を笑顔で受け取った。

「あれ? えりこ自転車の鍵置いてくの?」
 玄関のキーフックに自転車の鍵を引っ掛けて家を出ようとしたら、お母さんに呼び止められた。
「え、ちょっと歩いて行ってこようかなって……」
「そうなの? じゃあ気をつけてね」
「うん、行ってきます」
 コンビニでお菓子を二つも食べたから、ちょっとでも動いた方がいいかなと思った……とは言えなかった。家でダイエット宣言をしている立場上、罪悪感というか背徳感というかお母さんに言いづらくて咄嗟に誤魔化してしまった。

 私の家はお父さんとお母さんと私の三人家族だ。共働きだけどお母さんが帰るのが一番早いのでいつも帰宅後にご飯を作ってくれる。
 お母さんは忘れっぽい。買い物に行ってもなにか買い忘れることがあるらしい。だからこんな時間でも、お母さんは大慌てで買い出しに行くことがある。
 近所のコンビニまでは歩いて10分ほど。信号も少なく一本道。私はなんのお菓子を買うか考えながら歩いた。
 ポケットのスマホが震えた。確認すると直美からメッセージが届いていた。明日の数学の宿題の範囲がわからないらしい。私はスマホをポケットにしまいコンビニまで歩き続けた。
 コンビニに着くと誰もいない雑誌コーナーに向かった。そして直美に『今近所のコンビニ、ちょっと待って』と返信した。
 醤油とエクレア、ヨーグルトとバームクーヘンを買ってコンビニを出た。もちろん私一人で全部食べるわけじゃない。ヨーグルトはお母さんの分、バームクーヘンはお父さんの分だ。

 コンビニを出ると雲ひとつない夜空が広がっていた。こんな夜のお散歩は楽しい。ついテンションが上がる。急に直美にメッセージを送りたくなった。
『聞いて聞いて! 歩きスマホがダメなら立ち止まればいいんだよ! 気づいた私すごくない?』
 私は横断歩道で赤信号に引っ掛かり、青に変わるまでの時間でメッセージを送った。私はもう大満足。これで直美も怖がらなくていい。私はきっとこの解決策でみんなに感謝されるはず。バズれこの回避法!
 信号が青になり私はポケットにスマホをしまおうとした。そんな時だった。



「歩きスマホは危ないよ」



 回避できたはずの恐れていた言葉が突然背後から聞こえてきた。
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