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マンションですごす二年目
三毛猫の店での女子会
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「それでそれで? それであんたはなんてあの子に言ったのよ?」
テーブルの向こうから嬉しそうにこちらに身を乗り出すのは、白い割烹着がよく似合う三毛猫。そしてそんな三毛猫を「まあまあ、そう急かさないの。落ち着いて聞きましょうよ」と、制するのはキツネ。
今日のキツネの着物は、薄い灰色の生地に雪を被った椿の柄が映えている。着物の柄でも季節を楽しむなんて、やはりこのキツネには敵わないなあと思う。何が敵わないのかは自分でもよくわからないが、そう思うのだ。
薄暗い雲が空を覆った寒さの厳しい二月の初頭。お昼過ぎにふらりと三毛猫の店に顔を出すと客はキツネのお姉さんだけだった。
「あら、人間のお嬢さん! お久しぶりね」
試食会ぶりの再会だったが、キツネは私のことを覚えてくれていたようだ。キツネの前にはおでんの盛り合わせに、白い徳利とおちょこが三つ置いてあって、一つのおちょこからはゆらゆらと湯気が上がっている。寒い冬にこの組み合わせは最高だろうなと思いながら、おちょこの数が気になった。三毛猫も一緒に飲んでいたのかしら。でも、それならもう一つは誰のだろう?
私がキツネに「お久しぶりです」と言いながらキツネの隣のテーブルに座ろうとすると、何故か三毛猫にキツネの前の席に座るよう促された。
「いいタイミングで来たわね。そうそう、あんたなにかいいことあったでしょう? 今日は話すまで帰さないよ」
戸惑う私の顔を見て、三毛猫はにやりとしながら言った。私は慌ててキツネを見ると、ぐいーっとおちょこを空にしたキツネが「寒かったでしょう? 熱燗でも飲みつつ聞かせてちょうだいな」とさらりと言った。笑顔は笑顔だけどキツネの目には力が込められていて、私は「はい」と返事をするしかなかった。
いいことの心当たりがないわけではない。でも、一体どこからその情報が流れたのかが私は不思議で仕方がない。
私が、大晦日にクマが起きたこと、一緒に年越しそばとキムチ鍋を食べたこと、クマが冬眠を嫌がっていたことを話すと、三毛猫とキツネは嬉しそう顔を輝かせた。時折り「やっぱり若いっていいわよねー」なんて顔を見合わせている。
「あの、一緒に飲んでるけど、もうお店はいいんですか?」
話の矛先をずらそうと、私が店の外を見ながら言うと、三毛猫はにやりとしながら顔の前で手をひらひらさせた。
「大丈夫よ、もう臨時休業の看板を出してあるから」
「そんな話題じゃ三毛猫からも私からも逃れられないわよ」
そう言うと、三毛猫とキツネは顔を見合わせて「ねー!」と嬉しそうに話している。なんだろう、三毛猫もキツネも年上のはずなのに、さっきから恋愛話に大喜びする学生にしか見えない。私はいつの間にか出されていたエイヒレの炙りに七味をふってかじった。くそう、多勢に無勢でかなりやりづらい。
「でも、若いって言ってもそんなに私と変わらないでしょう?」
三毛猫とキツネっていくつなんだろう? 私は気になって聞いてみた。すると、三毛猫は「あら、日本酒が空っぽねー」と言いって席を立ち、キツネには「年齢を聞くなんて野暮なことするんじゃないの」と軽く受け流された。こういう時に大人はずるいなあと思う。私はむすっとしながらおちょこのお酒を飲み干した。
「でも、私はいるから安心しろって男前ねえ」
視線を感じてキツネを見ると、右手を自分の頬にあててにこにこしている。同じにこにこなのにクマと違って大人の色気を感じるから不思議だ。
「男前ですかね? 私は引っ越す予定がないからそれを伝えたかったんですが」
私が首を傾げながら言うと、キツネ目を丸くして「まあ」と右手で口を隠しながら驚きの声を上げた。そして「ちょっと聞いた? 今の」と三毛猫に呼びかけた。
「聞いた聞いた! あんたらしいっちゃ、あんたらしいんだけどさ、ねえ?」
けらけら笑いながら熱燗のおかわりと、たこわさびの小皿を三毛猫が持ってきた。どうしてこんなに笑われなきゃならないんだろう? 私は理由がわからず不満だった。
「安心して寝ろ、私が側にいるから。なんて言われたら、この歳でも胸がきゅんとするわよ」
キツネがふふふと笑いながら言い、その横で三毛猫がうんうんとうなずく。いやいや、私はそんなこと言ってないって。「私、そんなこと言ってないですよ」と私はすぐに否定した。
うん、私は言ってない。言ってないけど、今更ながらそうとも捉えられるのかと気がついた。そして気がついた瞬間私は一気に顔が熱くなった。
「しかし、あのクマが冬眠するのが不安だなんてねえ。知らなかったなあ」
顔を赤くする私を余所に、三毛猫がぽつりとこぼす。「そうね、意外よね。きっと何か理由があるんじゃないかしら」とキツネも真面目な顔で言う。そんなやりとりを聞いて、私も理由が気になり始めた。
「どうして不安になるのか聞かないんでしょう?」
「はい、聞いてないです」
キツネに聞かれて私は少しばつが悪くなった。私が顔をしかめていると、「違うわよ、ちょっとそんな顔をしないで。勘違いよ勘違い」とキツネがころころと声を上げて笑った。
「ごめんなさいね、お嬢さんを責めているわけじゃないの。たぶん、理由を聞かないあなただからこそ、クマも安心して一緒に過ごせるんじゃないかしら?」
そう言うキツネの顔は優しいお姉さんの顔をしていて、私はキツネの言った内容がすとんと腑に落ちた。腑に落ちたけれどなんだか少しくすぐったいというか恥ずかしい。
「そうねー、私もそう思うわ。でも、いずれはちゃんと理由を聞いてあげるのもあんたの仕事かもしれないわねー」
そう言ったのは三毛猫。こちらもお姉さんの顔なんだけど、かなり酔っぱらいの顔をしている。
「そうかもしれませんね。そうだ、お冷と鮭茶漬けをお願いできますか?」
三毛猫に言われたことを素直に受け入れつつ、私は追加の注文をした。
「はいよ、ちょっと待っててねー」
お酒を飲んでご機嫌な三毛猫の背中見送りつつ、きっとこんなに顔が熱いのはお酒のせいに違いないと思った。
テーブルの向こうから嬉しそうにこちらに身を乗り出すのは、白い割烹着がよく似合う三毛猫。そしてそんな三毛猫を「まあまあ、そう急かさないの。落ち着いて聞きましょうよ」と、制するのはキツネ。
今日のキツネの着物は、薄い灰色の生地に雪を被った椿の柄が映えている。着物の柄でも季節を楽しむなんて、やはりこのキツネには敵わないなあと思う。何が敵わないのかは自分でもよくわからないが、そう思うのだ。
薄暗い雲が空を覆った寒さの厳しい二月の初頭。お昼過ぎにふらりと三毛猫の店に顔を出すと客はキツネのお姉さんだけだった。
「あら、人間のお嬢さん! お久しぶりね」
試食会ぶりの再会だったが、キツネは私のことを覚えてくれていたようだ。キツネの前にはおでんの盛り合わせに、白い徳利とおちょこが三つ置いてあって、一つのおちょこからはゆらゆらと湯気が上がっている。寒い冬にこの組み合わせは最高だろうなと思いながら、おちょこの数が気になった。三毛猫も一緒に飲んでいたのかしら。でも、それならもう一つは誰のだろう?
私がキツネに「お久しぶりです」と言いながらキツネの隣のテーブルに座ろうとすると、何故か三毛猫にキツネの前の席に座るよう促された。
「いいタイミングで来たわね。そうそう、あんたなにかいいことあったでしょう? 今日は話すまで帰さないよ」
戸惑う私の顔を見て、三毛猫はにやりとしながら言った。私は慌ててキツネを見ると、ぐいーっとおちょこを空にしたキツネが「寒かったでしょう? 熱燗でも飲みつつ聞かせてちょうだいな」とさらりと言った。笑顔は笑顔だけどキツネの目には力が込められていて、私は「はい」と返事をするしかなかった。
いいことの心当たりがないわけではない。でも、一体どこからその情報が流れたのかが私は不思議で仕方がない。
私が、大晦日にクマが起きたこと、一緒に年越しそばとキムチ鍋を食べたこと、クマが冬眠を嫌がっていたことを話すと、三毛猫とキツネは嬉しそう顔を輝かせた。時折り「やっぱり若いっていいわよねー」なんて顔を見合わせている。
「あの、一緒に飲んでるけど、もうお店はいいんですか?」
話の矛先をずらそうと、私が店の外を見ながら言うと、三毛猫はにやりとしながら顔の前で手をひらひらさせた。
「大丈夫よ、もう臨時休業の看板を出してあるから」
「そんな話題じゃ三毛猫からも私からも逃れられないわよ」
そう言うと、三毛猫とキツネは顔を見合わせて「ねー!」と嬉しそうに話している。なんだろう、三毛猫もキツネも年上のはずなのに、さっきから恋愛話に大喜びする学生にしか見えない。私はいつの間にか出されていたエイヒレの炙りに七味をふってかじった。くそう、多勢に無勢でかなりやりづらい。
「でも、若いって言ってもそんなに私と変わらないでしょう?」
三毛猫とキツネっていくつなんだろう? 私は気になって聞いてみた。すると、三毛猫は「あら、日本酒が空っぽねー」と言いって席を立ち、キツネには「年齢を聞くなんて野暮なことするんじゃないの」と軽く受け流された。こういう時に大人はずるいなあと思う。私はむすっとしながらおちょこのお酒を飲み干した。
「でも、私はいるから安心しろって男前ねえ」
視線を感じてキツネを見ると、右手を自分の頬にあててにこにこしている。同じにこにこなのにクマと違って大人の色気を感じるから不思議だ。
「男前ですかね? 私は引っ越す予定がないからそれを伝えたかったんですが」
私が首を傾げながら言うと、キツネ目を丸くして「まあ」と右手で口を隠しながら驚きの声を上げた。そして「ちょっと聞いた? 今の」と三毛猫に呼びかけた。
「聞いた聞いた! あんたらしいっちゃ、あんたらしいんだけどさ、ねえ?」
けらけら笑いながら熱燗のおかわりと、たこわさびの小皿を三毛猫が持ってきた。どうしてこんなに笑われなきゃならないんだろう? 私は理由がわからず不満だった。
「安心して寝ろ、私が側にいるから。なんて言われたら、この歳でも胸がきゅんとするわよ」
キツネがふふふと笑いながら言い、その横で三毛猫がうんうんとうなずく。いやいや、私はそんなこと言ってないって。「私、そんなこと言ってないですよ」と私はすぐに否定した。
うん、私は言ってない。言ってないけど、今更ながらそうとも捉えられるのかと気がついた。そして気がついた瞬間私は一気に顔が熱くなった。
「しかし、あのクマが冬眠するのが不安だなんてねえ。知らなかったなあ」
顔を赤くする私を余所に、三毛猫がぽつりとこぼす。「そうね、意外よね。きっと何か理由があるんじゃないかしら」とキツネも真面目な顔で言う。そんなやりとりを聞いて、私も理由が気になり始めた。
「どうして不安になるのか聞かないんでしょう?」
「はい、聞いてないです」
キツネに聞かれて私は少しばつが悪くなった。私が顔をしかめていると、「違うわよ、ちょっとそんな顔をしないで。勘違いよ勘違い」とキツネがころころと声を上げて笑った。
「ごめんなさいね、お嬢さんを責めているわけじゃないの。たぶん、理由を聞かないあなただからこそ、クマも安心して一緒に過ごせるんじゃないかしら?」
そう言うキツネの顔は優しいお姉さんの顔をしていて、私はキツネの言った内容がすとんと腑に落ちた。腑に落ちたけれどなんだか少しくすぐったいというか恥ずかしい。
「そうねー、私もそう思うわ。でも、いずれはちゃんと理由を聞いてあげるのもあんたの仕事かもしれないわねー」
そう言ったのは三毛猫。こちらもお姉さんの顔なんだけど、かなり酔っぱらいの顔をしている。
「そうかもしれませんね。そうだ、お冷と鮭茶漬けをお願いできますか?」
三毛猫に言われたことを素直に受け入れつつ、私は追加の注文をした。
「はいよ、ちょっと待っててねー」
お酒を飲んでご機嫌な三毛猫の背中見送りつつ、きっとこんなに顔が熱いのはお酒のせいに違いないと思った。
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