下の階にはツキノワグマが住んでいる

鞠目

文字の大きさ
上 下
40 / 48
マンションですごす二年目

クマのいない朝

しおりを挟む
 美味しすぎた。
 トーストにスクランブルエッグを挟んだホットサンド。見た目がとってもシンプルなのに、これほど美味しいとは思わなかった。厚切りトーストを斜めに切り、断面にまっすぐ切り口を入れてたっぷりとスクランブルが詰め込まれたホットサンド。見た瞬間に味が想像できたが、実際の味は想像を軽く飛び超えていった。
 たまごが美味しい。もう、すごく美味しい。そしてトーストの焼き具合と、バターの塩味がちょうどいい。私は一口食べて衝撃を受けてから、無言になり夢中で食べ続けた。
 モーニングセットの内容は、ホットサンドが二切れとカット野菜を小鉢に入れたサラダ。それからウサギの耳をつけたリンゴが二切れ小皿に乗ってやってきた。まさかこんなシンプルな朝ごはんに心を鷲掴みされるなんて、クマは本当にいい店を見つけてきたなと思う。
 そういえばクマもさっきから何も言ってこないので、私は一つ目のホットサンドをきっちり食べ終えてからクマを見た。するとクマの前にはもう空っぽのお皿しか残っていなかった。
「美味しかったです!」
 満面の笑みのクマ。昼間の太陽のように眩しく満足そうな笑顔を見て、思わず私は笑ってしまった。
「美味しくてつい夢中で食べちゃいました。でも、なかなかボリュームがありますね」
 そう言ってクマはふぅと軽く息を吐いた。
「たしかにたまごがしっかり詰まっていてお腹に……ちょっと、あげないわよ?」
 クマの意見に同意しながらサラダをしゃきしゃき食べていると、クマがじーっと私のホットサンドを見つめていたので、つい釘を刺してしまった。
 クマは「そんな、食べませんよ」と、口では言っているけれど、目は左右にふよふよと泳いでいた。こいつ、もらえたらいいなーと考えていたことがばればれである。

「お待たせしました、ホットコーヒーです」
 私がクマに「食べたいなーと思っていたくせに」と、言いかけた時、音もなくホットコーヒーが二つテーブルに現れた。私がそっと見上げるとやっぱり大きなフクロウがいた。いや、貫禄があるからフクロウさんか。
 さっき私たちにホットサンドを持ってきてくれたのもフクロウさんだった。クマとお話していると、ふっと目の前のテーブルにホットサンドが現れたのだ。私もクマもびっくりして、二秒ほどフリーズした。ハトさんだと運ぶのは大変そうだなあと思っていたが、要らぬ心配だったようだ。ホール担当が別にいたのだ。いたけれど、なにこれ、隠密かよ。
「何かございましたら、お気軽にお声がけくださいませ」
 フクロウさんは渋い声でそう言うと、音もなく店の奥へ消えた。スマートだ。スマートだけど私が今まで見てきたのと少し違うスマートさな気がする……というか、これはスマートと言っていいのだろうか?
「フクロウさん、かっこいいですね! スマートな大人の男性って感じがして憧れます」
 目をキラキラさせて話すクマ。そんなクマを見て、うん、スマートで正解みたいだなと思いつつ、私は「そうね」と返しておいた。

 喫茶店のコーヒーはとても美味しかった。クマが出してくれるコーヒーも美味しいけれど、また違う味だった。ほろ苦さの中に微かに酸味と甘味がある、そんな味だった。
「なんの豆を使ってるんだろう? すごく美味しいし香りもとってもいいですね」
 目を閉じてうっとりと香りを楽しむクマ。クマは気づいていないのだろう、クマの後ろに、ついさっき帰っていった若いシェパードのカップルが使った食器を回収しに来たフクロウさんがいることを。そして、そのフクロウさんがクマの感想を聞いて嬉しそうに目を細めて頷いているのを。
「どうしたんですか?」
 私が堪え切れずに少しにやけてしまったので、クマに聞かれてしまった。私が返答に困っていると、フクロウさんは何食わぬ顔で音もなく店の奥へ消えてしまった。
「今ね……いや、うん、なんでもない」
「そんな! 絶対に何かあったでしょう」
「ないわよ」
「そんなー」
 クマはぶーっと頬を膨らませて、不満そうな顔をした。なんて不細工で可愛い顔だろう。私は右手の人差し指でクマのほっぺたをつんとさした……はずだったが、私の指はクマのほっぺたをすり抜けていった。
「あれ?」
 私は思わずすっとんきょうな声を出してしまい、そしてその声で私は目が覚めた。私は自分の家のベッドの上で右手を天井に向かって突き出していた。

 クマは先週冬眠した。喫茶店に一緒に行こうって言っていたのに勝手に寝てしまったのだ。悩んだけれど喫茶店がすごく気になったので、私は仕方なく一人で行って来たのだ。
 喫茶店はとっても素敵だった。ホットサンドもコーヒーもとっても美味しいし、他のメニューも気になる。きっと喫茶店のことを気に入ったから、私は夢を見たのだろう。ちょこちょこ通って私が常連客になる未来が見えた。
 でも、次に行くのはちょっと先になるだろう。喫茶店、とっても素敵なお店だったけれど、常連になるのは今じゃないし、私一人じゃないと思う。

「早く春が来たらいいのに……」
 冬の冷たい部屋の中、私の独り言が虚しく響く。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...