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マンションですごす二年目
実家からの帰り道
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「今度はホットケーキを焼きに来ますねー!」
クマが後ろに手を振りながら、大きな大きな声で言う。もちろんクマの目線の先には私の母がいて、真っ赤な顔で手を振っている。母の顔が赤いのは、きっと夕焼けに照らされているからだけじゃないと思う。うん、やはり私たちは親子だ。
親子丼を食べた後、クマがレシピを教えてくれと私の母に言った。
「昔買った本のレシピだったと思うけど……いいの?」
そんな大層なものじゃないのに、と言いたげな母を見てクマはにこにこ。クマの元気な「是非お願いします!」が部屋に響く。
「そう? なら本を探してくるわね」
そう言いながら母は、よいしょっと言いつつ腰を上げ、足取り軽く廊下に消えた。廊下に消えた母を期待の眼差しで待つクマを見て、改めてクマの適応力の高さに感心しつつため息が出そうになる。
まさかこんなに早く母と打ち解けるなんて。いや、そもそも打ち解けることができるかしらと心配すらしていたのに。
「どうしたんですか? そんなにぶすーっとしちゃって」
いつの間にか口をとんがらせていたようだ。不満がにじんだ私の顔を見てクマが首を傾げている。
「なんでもない」
私はそっぽを向いて誤魔化そうとしたのに、「そんな顔していたら顔に変なしわができちゃいますよー」と後ろからクマがいたずらっ子のように小声で言うのが聞こえた。
「痛い!」
私がテーブルの下でクマの足をふんっとかかとで踏むと、クマが天井を見上げるようにして小さく叫んだ。そしてそんなタイミングで、ぱたぱたとスリッパを鳴らしながら母が戻ってきた。
「この本のレシピなんだけど……あら、どうかしたの?」
天井を見上げたままのクマを見て首を傾げる母。私は母の間の悪さを心の中で毒づいた。
「な、なんでもないです……」
ゆっくり顔を下げつつ情けない声で嘘をつくクマを無視し、「私もレシピ覚えて帰るね」と言って母の持つお料理の本を受け取りテーブルに広げた。
年季の入った教科書のようなお料理の本をぺらぺらとめくる。春夏秋冬の順に旬の食材を使ったレシピが載っていて、料理は手の込んだものから簡単な煮物まで、カラフルな写真が紙面を彩る。
美味しそうな写真がいっぱい、でもどこかで見たことがあるなあと思っていたら母が作ってくれたお料理だと気がついた。母はこの本を見ながらご飯を作ってくれていたんだ。
「わー! 美味しそうなお料理がいっぱいですね」
私が夢中になってぺらぺらしていると、知らぬ間にクマも横で目をきらきらさせて見ていた。
「そうね、この本のお料理はどれもとっても美味しいのよ」
「やっぱり! いいですねー。あ! このミネストローネすごく美味しそう!」
クマが指を差した写真を見ると食欲をそそる赤いスープに具がたくさん入ったミネストローネだった。母が作るミネストローネもたしかこの写真みたいに具沢山だったなーと思う。
ふと母が気になり前を見ると私とクマを温かい目で見ていた。
「あなたたちは仲がいいのね」
私の視線に気がついた母が笑顔でそう言った。
「はい! ゆり子さんには仲良くしてもらってます」
なんて返事をしようかしらと私が考えているうちに、隣でクマがふふん! と胸を張りながら言った。クマよ、どうしてそんなに得意げなの? 私はそんなクマを見て何故か顔が熱くなりそうになった。
「それはよかった。これからもこの子と仲良くしてやってね」
「はい、もちろんです!」
優しく微笑む母、にこにこしながら何故かしたりが顔なクマ。そんなクマの横で、私は顔を背けて赤くなったのを誤魔化すのに必死だった。
料理本を見ながら、私たちは普段どんなお料理をしているのかずーっと話していた。母とクマが今の旬はなんだ、そろそろあれが食べ頃だ、おすすめの調理方法はこれだ、と話すのをもっぱら私は聞くばかりだった。クマの手土産の焼き菓子を片手に母が出してくれた紅茶を飲みつつ、会話はずっと途切れなかった。
母はクマのホットケーキに興味津々でクマが今度焼きに来ることになった。来た初日にこんなに打ち解けるなんて思わなかったけれど、もう私は驚くこともなかった。だって……クマだもの。
夕日が窓から差し込んだのを頃合いに私たちは帰ることにした。私が靴を履いていると「そこまで見送るわ」と母もスリッパを履いて家の前まで出てきてくれた。
「また来るね」
いつも通りの私。照れもないし、顔も熱くない。
「いつでも遊びにおいで」
いつも通りの母。私とクマに笑顔で言ってくれた。
「いいんですか!? やったー! また遊びに来ますね!」
いつも通りのクマ。いや、元気二割り増しぐらいだろうか。うん、ちょっと声が大きい。そんなクマに少し呆れていると母と目があった。私たちはふふふと笑った。
「それじゃ」
私がそう言ったのをきっかけに、私たちは駅に向かって歩き出した。歩き出してすぐに「あ、そうだ!」とクマが言い、振り向くと「今度はホットケーキを焼きに来ますねー!」と叫んだ。叫ばなくても聞こえる距離だし、近所迷惑だからやめなさい、と思ったけど言うのはやめておいた。だって母が嬉しそうな顔をしていたから。
しばらく歩いていると何かが視界の端で揺れているのが見えた。何かしらと思いクマを見ると、クマの手にはねこじゃらしが握られていた。どうやら玄関のドアのそばに置いていたようだ。本当にマイペースなクマだなあと思う。人の実家に遊びに来て玄関にねこじゃらしを置く、そんな話は今まで聞いたことがない。
「そうだ、機会があればお母さんに遊びに来てもらえばいいんじゃないですか?」
突然クマが言った。クマを見ると顔には「ひらめいた!」と書いてあるようだった。とってもわかりやすい顔をしたクマの右手でねこじゃらしがふわりと揺れる。
「そうね……確かにうちに呼んだことなかったな」
「少し遠いから、お母さんしんどいですかね?」
「どうかしら、誘ってみるのはいいかもしれないわね」
「でしょー!」
隣を見なくてもわかった。今、クマは絶対に得意げな顔をしている。ふふんと言って胸を張る、そんな気配が隣から漂っているから。
日中の暑さの感じる夕日の中をクマと一緒に並んで歩く。想定外のこともあったけれどとっても楽しい一日だったなと素直に思う。
「今日は誘ってくださってありがとうございました。とっても楽しかったです!」
私が通った小学校の前に差し掛かった時、クマが真面目な声で言った。見上げると真っ直ぐに目があった。
「ゆり子さんのお母さん、とっても素敵な人ですね」
「でしょう? 私の自慢の母親よ」
そう言ったもののすぐに照れ臭くなった私は、クマからひょいっとねこじゃらしを盗んで揺らしてみた。ふわりふわりと揺れるねこじゃらしは見ていてなんだか楽しかった。
「私こそありがとう」
思い切って言った。真面目に言いたかったけれど恥ずかしくて、でも、ねこじゃらしを揺らしながら言ったら少し恥ずかしさが紛れた。
「いえいえ、とんでもない」
そう言うクマの笑顔はとっても優しかった。
クマが後ろに手を振りながら、大きな大きな声で言う。もちろんクマの目線の先には私の母がいて、真っ赤な顔で手を振っている。母の顔が赤いのは、きっと夕焼けに照らされているからだけじゃないと思う。うん、やはり私たちは親子だ。
親子丼を食べた後、クマがレシピを教えてくれと私の母に言った。
「昔買った本のレシピだったと思うけど……いいの?」
そんな大層なものじゃないのに、と言いたげな母を見てクマはにこにこ。クマの元気な「是非お願いします!」が部屋に響く。
「そう? なら本を探してくるわね」
そう言いながら母は、よいしょっと言いつつ腰を上げ、足取り軽く廊下に消えた。廊下に消えた母を期待の眼差しで待つクマを見て、改めてクマの適応力の高さに感心しつつため息が出そうになる。
まさかこんなに早く母と打ち解けるなんて。いや、そもそも打ち解けることができるかしらと心配すらしていたのに。
「どうしたんですか? そんなにぶすーっとしちゃって」
いつの間にか口をとんがらせていたようだ。不満がにじんだ私の顔を見てクマが首を傾げている。
「なんでもない」
私はそっぽを向いて誤魔化そうとしたのに、「そんな顔していたら顔に変なしわができちゃいますよー」と後ろからクマがいたずらっ子のように小声で言うのが聞こえた。
「痛い!」
私がテーブルの下でクマの足をふんっとかかとで踏むと、クマが天井を見上げるようにして小さく叫んだ。そしてそんなタイミングで、ぱたぱたとスリッパを鳴らしながら母が戻ってきた。
「この本のレシピなんだけど……あら、どうかしたの?」
天井を見上げたままのクマを見て首を傾げる母。私は母の間の悪さを心の中で毒づいた。
「な、なんでもないです……」
ゆっくり顔を下げつつ情けない声で嘘をつくクマを無視し、「私もレシピ覚えて帰るね」と言って母の持つお料理の本を受け取りテーブルに広げた。
年季の入った教科書のようなお料理の本をぺらぺらとめくる。春夏秋冬の順に旬の食材を使ったレシピが載っていて、料理は手の込んだものから簡単な煮物まで、カラフルな写真が紙面を彩る。
美味しそうな写真がいっぱい、でもどこかで見たことがあるなあと思っていたら母が作ってくれたお料理だと気がついた。母はこの本を見ながらご飯を作ってくれていたんだ。
「わー! 美味しそうなお料理がいっぱいですね」
私が夢中になってぺらぺらしていると、知らぬ間にクマも横で目をきらきらさせて見ていた。
「そうね、この本のお料理はどれもとっても美味しいのよ」
「やっぱり! いいですねー。あ! このミネストローネすごく美味しそう!」
クマが指を差した写真を見ると食欲をそそる赤いスープに具がたくさん入ったミネストローネだった。母が作るミネストローネもたしかこの写真みたいに具沢山だったなーと思う。
ふと母が気になり前を見ると私とクマを温かい目で見ていた。
「あなたたちは仲がいいのね」
私の視線に気がついた母が笑顔でそう言った。
「はい! ゆり子さんには仲良くしてもらってます」
なんて返事をしようかしらと私が考えているうちに、隣でクマがふふん! と胸を張りながら言った。クマよ、どうしてそんなに得意げなの? 私はそんなクマを見て何故か顔が熱くなりそうになった。
「それはよかった。これからもこの子と仲良くしてやってね」
「はい、もちろんです!」
優しく微笑む母、にこにこしながら何故かしたりが顔なクマ。そんなクマの横で、私は顔を背けて赤くなったのを誤魔化すのに必死だった。
料理本を見ながら、私たちは普段どんなお料理をしているのかずーっと話していた。母とクマが今の旬はなんだ、そろそろあれが食べ頃だ、おすすめの調理方法はこれだ、と話すのをもっぱら私は聞くばかりだった。クマの手土産の焼き菓子を片手に母が出してくれた紅茶を飲みつつ、会話はずっと途切れなかった。
母はクマのホットケーキに興味津々でクマが今度焼きに来ることになった。来た初日にこんなに打ち解けるなんて思わなかったけれど、もう私は驚くこともなかった。だって……クマだもの。
夕日が窓から差し込んだのを頃合いに私たちは帰ることにした。私が靴を履いていると「そこまで見送るわ」と母もスリッパを履いて家の前まで出てきてくれた。
「また来るね」
いつも通りの私。照れもないし、顔も熱くない。
「いつでも遊びにおいで」
いつも通りの母。私とクマに笑顔で言ってくれた。
「いいんですか!? やったー! また遊びに来ますね!」
いつも通りのクマ。いや、元気二割り増しぐらいだろうか。うん、ちょっと声が大きい。そんなクマに少し呆れていると母と目があった。私たちはふふふと笑った。
「それじゃ」
私がそう言ったのをきっかけに、私たちは駅に向かって歩き出した。歩き出してすぐに「あ、そうだ!」とクマが言い、振り向くと「今度はホットケーキを焼きに来ますねー!」と叫んだ。叫ばなくても聞こえる距離だし、近所迷惑だからやめなさい、と思ったけど言うのはやめておいた。だって母が嬉しそうな顔をしていたから。
しばらく歩いていると何かが視界の端で揺れているのが見えた。何かしらと思いクマを見ると、クマの手にはねこじゃらしが握られていた。どうやら玄関のドアのそばに置いていたようだ。本当にマイペースなクマだなあと思う。人の実家に遊びに来て玄関にねこじゃらしを置く、そんな話は今まで聞いたことがない。
「そうだ、機会があればお母さんに遊びに来てもらえばいいんじゃないですか?」
突然クマが言った。クマを見ると顔には「ひらめいた!」と書いてあるようだった。とってもわかりやすい顔をしたクマの右手でねこじゃらしがふわりと揺れる。
「そうね……確かにうちに呼んだことなかったな」
「少し遠いから、お母さんしんどいですかね?」
「どうかしら、誘ってみるのはいいかもしれないわね」
「でしょー!」
隣を見なくてもわかった。今、クマは絶対に得意げな顔をしている。ふふんと言って胸を張る、そんな気配が隣から漂っているから。
日中の暑さの感じる夕日の中をクマと一緒に並んで歩く。想定外のこともあったけれどとっても楽しい一日だったなと素直に思う。
「今日は誘ってくださってありがとうございました。とっても楽しかったです!」
私が通った小学校の前に差し掛かった時、クマが真面目な声で言った。見上げると真っ直ぐに目があった。
「ゆり子さんのお母さん、とっても素敵な人ですね」
「でしょう? 私の自慢の母親よ」
そう言ったもののすぐに照れ臭くなった私は、クマからひょいっとねこじゃらしを盗んで揺らしてみた。ふわりふわりと揺れるねこじゃらしは見ていてなんだか楽しかった。
「私こそありがとう」
思い切って言った。真面目に言いたかったけれど恥ずかしくて、でも、ねこじゃらしを揺らしながら言ったら少し恥ずかしさが紛れた。
「いえいえ、とんでもない」
そう言うクマの笑顔はとっても優しかった。
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