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マンションですごす二年目
待ちに待った親子丼
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電車を降りそびれたクマと無事に合流。
「お待たせしました……」
そう言うクマは顔を真っ赤にしていた。照れているのか、暑さのせいなのか、たぶんどちらも原因だろう。手土産もちゃんと忘れずに持っている。もし慌てて折り返す時に忘れてきたらどうしよう、なんて思ったけれど大丈夫だったみたい。
駅を出る。日傘をさした私がクマの少し前を歩く。まあ、前と言っても私の一歩分ぐらい。たった一歩分の間隔、それがなんだか新鮮に感じる。だっていつもクマと歩く時は真横か私が後ろだから。
通り慣れた駅から実家までの道。静かな住宅街を抜け、何十年も前に通った小学校の前を通り、小さな公園の中を抜ける。
「初めて来る町を歩くのは楽しいですねー」
周りをきょろきょろしながら歩くクマ。初めてなのはクマだけよ、と言いかけたけどやめておいた。「そうねー」と私は軽くあわせる。
「あ、初めてなのは私だけか!」
私がせっかくあわせてあげたのにすぐに気がついたクマ。私がにやにやしながら見上げると、クマは帽子をずらし顔を隠した。このクマは本当に相変わらずだなあと思う。
実家が見えてきた。こうして自分が実家に帰るようになるなんて去年までは考えたこともなかった。そしてまさかツキノワグマを連れて帰ってくるなんて、夢にも思わなかったなあ……
そもそも実家に誰かを招くこと自体初めてだ。たぶん、初めてだと思う。なんだか感慨深い。
歩道の車道側を機嫌良く歩くクマの手にはいつの間にか一本のねこじゃらしが握られていた。右手に手土産、左手に青々としたねこじゃらし。クマはたまに、ふさりふさりとねこじゃらしを振って遊んでいる。
ねこじゃらしの季節にはまだ少し早い気がする。せっかちなねこじゃらしなのかもしれないなあと思いつつ、ふさりふさりと遊ぶクマを見てほっこりしているうちに実家に到着した。
「ようこそ、私の実家へ」
こんな時なんて言ったらいいんだろう。鍵を開けながらなんとか言葉をひねり出す。でも、全くしっくりとこず顔がむすっとしそうになった。
ドアを開けてクマを中に通すとクマはすぐに元気な声で「こんにちはー! お邪魔しまーす!」と言った。するとすぐに、ぱたぱた、クマの声を聞いた母がスリッパを鳴らしながら出てきた。
「ようこそ、いらっしゃい。お待ちしてました」
母の顔を見た途端、私たちはやっぱり親子だなと思った。客を招き慣れていないのだろう。母も私と同じように自分の言葉に納得できてなさそうな顔をしていた。いや、でもそもそも家にクマを招き慣れている人なんてそうそういないか。
緊張気味の母を気にすることなくクマは家に上がった。クマに緊張の気配はない。そりゃそうか、直前までねこじゃらしで遊んでたもの。あれ、ねこじゃらしはどこにやったのかしら? いつの間にかクマの手からねこじゃらしはなくなっていた。
気まずい空気になったらどうしよう。そんな私の心配はどうやら必要なかったらしい。洗面所で手を洗ってリビングに行き、クマが「つまらないものですが……」と言いつつ母に手土産を渡すと同時にお腹が鳴る音がした。大きな音の発生源はもちろんクマのお腹。
「ごめんなさい、お昼だなーと思ったらお腹が減っちゃって……」
頭をぽりぽりかきながらクマが照れ臭そうに言った。そういえばそろそろお昼だ。壁にかかった時計を見るとちょうど正午を指している。たしかに私もお腹が減ってきた。
「お母さん、私もお腹減った」
クマのお腹の音のおかげで私はすごく自然な流れて主張できた。そんな私たちを見て母はふふふと笑った。
「そうね、お昼にしましょう。ちゃんと親子丼を準備しておいたからテーブルに座って待ってて」
そう言って台所に向かう母からは完全に緊張の色が消えていた。
「とっても美味しいです!」
クマは母の親子丼を大絶賛した。ごろりとしたお肉、とろりとした卵、くたくたの玉ねぎ。私の子どもの頃と変わらぬ母の親子丼。親子丼はたまに作るけれど、私が作る親子丼よりもすごく美味しかった。そして親子丼と一緒に出してくれたお豆腐と玉ねぎとわかめのお味噌汁もとっても美味しかった。
去年の冬に実家に来てから私は月一回ぐらいのペースで実家に顔を出している。でも、親子丼はクマと一緒に食べようと思って我慢していた。
「うん、やっぱりお母さんの親子丼は美味しい」
私も素直に思ったことを言った。するとテーブルを挟み私たちの向かい側で母が嬉しそうに照れていた。
「何よあんたまで。ただの親子丼よ? 今まで一度もそんなこと言ったことなかったくせに」
「そうだっけ?」
私は思わず首を傾げる。
「そうよ。だからあんたに親子丼が食べたいって言われてびっくりしたんだから」
「えーそうなんだ」
ふと視線を感じクマを見ると、にこにこ顔のクマが私を見ていた。にこにこ顔を見てなんだか恥ずかしくなった私はテーブルの下でクマの足を蹴った。
「いたっ」
痛がるクマ、そんなクマを見て「どうかしたの?」と言い不思議そうな顔をしている母、そんな彼らを無視して私は親子丼を食べた。
「いえ、大丈夫です。あ、でも、あの……」
クマは母の顔をちらりと見てもじもじし始めた。なんだろう、さっきまでのびのびしてたくせに。急にクマの態度が変わったので気になった。
「どうかしたの?」
母も親子丼を食べる手を止めてクマを見た。
「ごはんのおかわりをさせていただけませんか? 親子丼もお味噌汁もすっごく美味しくて夢中で食べちゃったんですがまだお腹が空いていて……すみません………」
クマがもじもじしながらしゅるしゅると縮こまっていく。そして、そんなクマの前には空っぽのどんぶり鉢と汁椀が並んでいた。母は最初きょとんとした顔をしていたが徐々に緩んでいき、最後はあはははと大笑いした。私もつられて笑ってしまった。
「ええ、大丈夫よ。あなたが食いしん坊だって聞いたから多めに準備していたの。親子丼もう一杯分作れるけど食べる?」
ひとしきり笑って笑い過ぎて、涙目になった母が聞くとクマの顔がぱあっと輝いた。
「いいんですか!? ありがとうございます! いただきます!」
クマの元気な声が部屋中に響く。嬉しそうに顔を輝かせるクマを見て、連れてきて良かったと私は心から思った。
「お待たせしました……」
そう言うクマは顔を真っ赤にしていた。照れているのか、暑さのせいなのか、たぶんどちらも原因だろう。手土産もちゃんと忘れずに持っている。もし慌てて折り返す時に忘れてきたらどうしよう、なんて思ったけれど大丈夫だったみたい。
駅を出る。日傘をさした私がクマの少し前を歩く。まあ、前と言っても私の一歩分ぐらい。たった一歩分の間隔、それがなんだか新鮮に感じる。だっていつもクマと歩く時は真横か私が後ろだから。
通り慣れた駅から実家までの道。静かな住宅街を抜け、何十年も前に通った小学校の前を通り、小さな公園の中を抜ける。
「初めて来る町を歩くのは楽しいですねー」
周りをきょろきょろしながら歩くクマ。初めてなのはクマだけよ、と言いかけたけどやめておいた。「そうねー」と私は軽くあわせる。
「あ、初めてなのは私だけか!」
私がせっかくあわせてあげたのにすぐに気がついたクマ。私がにやにやしながら見上げると、クマは帽子をずらし顔を隠した。このクマは本当に相変わらずだなあと思う。
実家が見えてきた。こうして自分が実家に帰るようになるなんて去年までは考えたこともなかった。そしてまさかツキノワグマを連れて帰ってくるなんて、夢にも思わなかったなあ……
そもそも実家に誰かを招くこと自体初めてだ。たぶん、初めてだと思う。なんだか感慨深い。
歩道の車道側を機嫌良く歩くクマの手にはいつの間にか一本のねこじゃらしが握られていた。右手に手土産、左手に青々としたねこじゃらし。クマはたまに、ふさりふさりとねこじゃらしを振って遊んでいる。
ねこじゃらしの季節にはまだ少し早い気がする。せっかちなねこじゃらしなのかもしれないなあと思いつつ、ふさりふさりと遊ぶクマを見てほっこりしているうちに実家に到着した。
「ようこそ、私の実家へ」
こんな時なんて言ったらいいんだろう。鍵を開けながらなんとか言葉をひねり出す。でも、全くしっくりとこず顔がむすっとしそうになった。
ドアを開けてクマを中に通すとクマはすぐに元気な声で「こんにちはー! お邪魔しまーす!」と言った。するとすぐに、ぱたぱた、クマの声を聞いた母がスリッパを鳴らしながら出てきた。
「ようこそ、いらっしゃい。お待ちしてました」
母の顔を見た途端、私たちはやっぱり親子だなと思った。客を招き慣れていないのだろう。母も私と同じように自分の言葉に納得できてなさそうな顔をしていた。いや、でもそもそも家にクマを招き慣れている人なんてそうそういないか。
緊張気味の母を気にすることなくクマは家に上がった。クマに緊張の気配はない。そりゃそうか、直前までねこじゃらしで遊んでたもの。あれ、ねこじゃらしはどこにやったのかしら? いつの間にかクマの手からねこじゃらしはなくなっていた。
気まずい空気になったらどうしよう。そんな私の心配はどうやら必要なかったらしい。洗面所で手を洗ってリビングに行き、クマが「つまらないものですが……」と言いつつ母に手土産を渡すと同時にお腹が鳴る音がした。大きな音の発生源はもちろんクマのお腹。
「ごめんなさい、お昼だなーと思ったらお腹が減っちゃって……」
頭をぽりぽりかきながらクマが照れ臭そうに言った。そういえばそろそろお昼だ。壁にかかった時計を見るとちょうど正午を指している。たしかに私もお腹が減ってきた。
「お母さん、私もお腹減った」
クマのお腹の音のおかげで私はすごく自然な流れて主張できた。そんな私たちを見て母はふふふと笑った。
「そうね、お昼にしましょう。ちゃんと親子丼を準備しておいたからテーブルに座って待ってて」
そう言って台所に向かう母からは完全に緊張の色が消えていた。
「とっても美味しいです!」
クマは母の親子丼を大絶賛した。ごろりとしたお肉、とろりとした卵、くたくたの玉ねぎ。私の子どもの頃と変わらぬ母の親子丼。親子丼はたまに作るけれど、私が作る親子丼よりもすごく美味しかった。そして親子丼と一緒に出してくれたお豆腐と玉ねぎとわかめのお味噌汁もとっても美味しかった。
去年の冬に実家に来てから私は月一回ぐらいのペースで実家に顔を出している。でも、親子丼はクマと一緒に食べようと思って我慢していた。
「うん、やっぱりお母さんの親子丼は美味しい」
私も素直に思ったことを言った。するとテーブルを挟み私たちの向かい側で母が嬉しそうに照れていた。
「何よあんたまで。ただの親子丼よ? 今まで一度もそんなこと言ったことなかったくせに」
「そうだっけ?」
私は思わず首を傾げる。
「そうよ。だからあんたに親子丼が食べたいって言われてびっくりしたんだから」
「えーそうなんだ」
ふと視線を感じクマを見ると、にこにこ顔のクマが私を見ていた。にこにこ顔を見てなんだか恥ずかしくなった私はテーブルの下でクマの足を蹴った。
「いたっ」
痛がるクマ、そんなクマを見て「どうかしたの?」と言い不思議そうな顔をしている母、そんな彼らを無視して私は親子丼を食べた。
「いえ、大丈夫です。あ、でも、あの……」
クマは母の顔をちらりと見てもじもじし始めた。なんだろう、さっきまでのびのびしてたくせに。急にクマの態度が変わったので気になった。
「どうかしたの?」
母も親子丼を食べる手を止めてクマを見た。
「ごはんのおかわりをさせていただけませんか? 親子丼もお味噌汁もすっごく美味しくて夢中で食べちゃったんですがまだお腹が空いていて……すみません………」
クマがもじもじしながらしゅるしゅると縮こまっていく。そして、そんなクマの前には空っぽのどんぶり鉢と汁椀が並んでいた。母は最初きょとんとした顔をしていたが徐々に緩んでいき、最後はあはははと大笑いした。私もつられて笑ってしまった。
「ええ、大丈夫よ。あなたが食いしん坊だって聞いたから多めに準備していたの。親子丼もう一杯分作れるけど食べる?」
ひとしきり笑って笑い過ぎて、涙目になった母が聞くとクマの顔がぱあっと輝いた。
「いいんですか!? ありがとうございます! いただきます!」
クマの元気な声が部屋中に響く。嬉しそうに顔を輝かせるクマを見て、連れてきて良かったと私は心から思った。
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