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マンションですごす二年目
春キャベツのスープは美味しくて照れる
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「にわとりさんには悪いことをしちゃいました」
少ししょぼくれ顔のクマ。ちゃんとひよこを家まで送り届けることができたものの、盛大に叫ばれてしまったそうだ。お母さんにわとりに。残念ながらお父さんにわとりの電話は信じてもらえなかったらしい。どんまい、お父さん。
「まあまあ、そんなこともあるわよ」
私はもふもふとクマの肩を優しく叩いた。うん、ぽんぽんとはならないあたりやはりクマだなあと思う。当たり前のことだけど。
「いらっしゃいませー」
ガチャガチャと鍵を開けてクマがドアを開けてくれた。中からとってもいい匂いがする。
「お邪魔しまーす」
私は鼻をくんくんしながら家に入りぱちんと玄関の電気をつける。この匂い、なんだろう? 美味しそうな匂いが家の中に充満している。
「ちゃんと手洗いうがいをしてくださいねー」
鼻をくんくんさせながら廊下を進み台所に向かっていると後ろから注意された。無視しようかと思ったけれど、仕方がないので洗面所に手を洗いに行った。
手を洗いながら「なんだかお母さんみたい」とぼそぼそ呟く。すると「お母さんじゃないですよー」とクマがにこにこ顔で言いながらやってきた。くそう、なんだろう。いつもは子どもっぽいくせに。なんだか悔しい。
「美味しそう!」
クマに促されるまま、大きな木のテーブルの横の丸太の椅子に座って待っているとカラフルで美味しそうなスープが出てきた。クマが出してくれたのは春キャベツのスープだった。新たまねぎとミニトマト、ブロッコリーにソーセージが入っている。美味しそうな匂いの正体はこれだった。
少し照れくさくて小声で「いただきます」をしてスープを一口。優しい味が口いっぱいに広がり、あたたかい気持ちになった。
「招待してくれてありがとう。このスープすごく美味しい」
そう言ってクマを見るとにこにこしながら奥に引っ込んでいった。どうしたんだろう? なんて思いながらスープを食べ続けていると、チーン! と軽快な音が鳴る。そして音に遅れてこんがりとした香りが、ふわりふわりとやってきた。
「スープと一緒にどうぞ」
クマがトーストした薄切りのバゲットを持ってきてくれた。こちらもとってもいい香り。
「ヤギのパン屋さんで買ったんです」
クマがにこりとして言った。ヤギのパン屋さんと言えば駅前で人気のパン屋さんだ。朝早くからとってもいい香りがしていていつも賑わっている。
「スーパーで立派な春キャベツを買ってスープを作ったんですが作り過ぎちゃったんです。それでゆり子さんと一緒に食べたいなーと思ってパンも用意してました」
そう言いながらクマは自分の分のスープを持って私の前に座ると美味しそうに食べ始めた。
「やっぱり一人で食べるよりゆり子さんと一緒に食べる方が美味しいです」
満足そうに言うクマ。
「あら、そうなの?」
それしか言えなかった。照れそうになり慌ててバゲットを口に入れた。バゲットもとっても美味しかった。
「ゆり子さん、ご相談があります」
丸太の椅子に座りながら一緒に食後のコーヒーを飲んでいると、クマが真面目な顔で話し出した。突然の真面目なトーンにすっと背筋が伸びた。何を言い出す気なんだろう。少し緊張する。
「あの、マンションの入り口に花の種を蒔いてもいいですか?」
「え?」
「ダメですか?」
「え? 花の種?」
「はい、花の種です」
なんだそんなことか、と思いつつもクマにとっては大切な話のようなので私は顔に出さないように気持ちをぐっと抑え込んだ。花の種。私の頭の中にふわーっとひわまりやハイビスカス、マリーゴールドなど色とりどりの様々な花のイメージが浮かぶ。
「いいわよ」
「やったー!」
クマが嬉しそうに両手を上げる。
「今、四つ蒔きたいなと思っているお花があるんです」
「何のお花?」
「朝顔と昼顔と夕顔と夜顔です!」
ん? 私は思わず首を傾げる。朝顔は知っているけれど他のはあまり聞いた覚えがない。
「昼顔も夕顔も夜顔もみんな朝顔と似たお花です。でも、それぞれお花が咲く時間帯が違うんですよ」
クマはそう言って丁寧にそれぞれの花が咲く時間帯や花の特徴、それから夕顔だけがウリ科でそれ以外はヒルガオ科であることを教えてくれた。
「どうしてその四種類なの?」
クマの説明を聞いて私の中に新たな疑問が生まれた。どれか一つにした方がぱーっと一斉に咲いて気持ちがよさそうな気がする。
「咲く時間帯が違うお花の種を蒔いておけば、夏になったらいつマンションの前を通っても綺麗なお花が見られるかなーと思ったんです。朝仕事に行く時も、夕方や夜に帰ってきた時も。それからお昼に出かける時も。ずっとお花が咲いているってなんだかいいなーと思ったんです」
クマにそう言われて私は頭の中で何時でも可愛らしい花が咲いているマンションの入り口を想像してみた。朝出かける時も仕事に疲れて帰ってきた時も花が私を見送り出迎えてくれる。なるほど、確かにそれは素敵だと思う。
「いいわね、それ。早く花が咲くのが楽しみね」
思わずにこにこしながら言ってしまった。なんだかクマみたいだ。
「ゆり子さん、まだ種蒔きも終わってないですよ」
私とクマは顔を見合わせて思わず一緒にくすくす笑った。
夏が来るのが楽しみだ。
少ししょぼくれ顔のクマ。ちゃんとひよこを家まで送り届けることができたものの、盛大に叫ばれてしまったそうだ。お母さんにわとりに。残念ながらお父さんにわとりの電話は信じてもらえなかったらしい。どんまい、お父さん。
「まあまあ、そんなこともあるわよ」
私はもふもふとクマの肩を優しく叩いた。うん、ぽんぽんとはならないあたりやはりクマだなあと思う。当たり前のことだけど。
「いらっしゃいませー」
ガチャガチャと鍵を開けてクマがドアを開けてくれた。中からとってもいい匂いがする。
「お邪魔しまーす」
私は鼻をくんくんしながら家に入りぱちんと玄関の電気をつける。この匂い、なんだろう? 美味しそうな匂いが家の中に充満している。
「ちゃんと手洗いうがいをしてくださいねー」
鼻をくんくんさせながら廊下を進み台所に向かっていると後ろから注意された。無視しようかと思ったけれど、仕方がないので洗面所に手を洗いに行った。
手を洗いながら「なんだかお母さんみたい」とぼそぼそ呟く。すると「お母さんじゃないですよー」とクマがにこにこ顔で言いながらやってきた。くそう、なんだろう。いつもは子どもっぽいくせに。なんだか悔しい。
「美味しそう!」
クマに促されるまま、大きな木のテーブルの横の丸太の椅子に座って待っているとカラフルで美味しそうなスープが出てきた。クマが出してくれたのは春キャベツのスープだった。新たまねぎとミニトマト、ブロッコリーにソーセージが入っている。美味しそうな匂いの正体はこれだった。
少し照れくさくて小声で「いただきます」をしてスープを一口。優しい味が口いっぱいに広がり、あたたかい気持ちになった。
「招待してくれてありがとう。このスープすごく美味しい」
そう言ってクマを見るとにこにこしながら奥に引っ込んでいった。どうしたんだろう? なんて思いながらスープを食べ続けていると、チーン! と軽快な音が鳴る。そして音に遅れてこんがりとした香りが、ふわりふわりとやってきた。
「スープと一緒にどうぞ」
クマがトーストした薄切りのバゲットを持ってきてくれた。こちらもとってもいい香り。
「ヤギのパン屋さんで買ったんです」
クマがにこりとして言った。ヤギのパン屋さんと言えば駅前で人気のパン屋さんだ。朝早くからとってもいい香りがしていていつも賑わっている。
「スーパーで立派な春キャベツを買ってスープを作ったんですが作り過ぎちゃったんです。それでゆり子さんと一緒に食べたいなーと思ってパンも用意してました」
そう言いながらクマは自分の分のスープを持って私の前に座ると美味しそうに食べ始めた。
「やっぱり一人で食べるよりゆり子さんと一緒に食べる方が美味しいです」
満足そうに言うクマ。
「あら、そうなの?」
それしか言えなかった。照れそうになり慌ててバゲットを口に入れた。バゲットもとっても美味しかった。
「ゆり子さん、ご相談があります」
丸太の椅子に座りながら一緒に食後のコーヒーを飲んでいると、クマが真面目な顔で話し出した。突然の真面目なトーンにすっと背筋が伸びた。何を言い出す気なんだろう。少し緊張する。
「あの、マンションの入り口に花の種を蒔いてもいいですか?」
「え?」
「ダメですか?」
「え? 花の種?」
「はい、花の種です」
なんだそんなことか、と思いつつもクマにとっては大切な話のようなので私は顔に出さないように気持ちをぐっと抑え込んだ。花の種。私の頭の中にふわーっとひわまりやハイビスカス、マリーゴールドなど色とりどりの様々な花のイメージが浮かぶ。
「いいわよ」
「やったー!」
クマが嬉しそうに両手を上げる。
「今、四つ蒔きたいなと思っているお花があるんです」
「何のお花?」
「朝顔と昼顔と夕顔と夜顔です!」
ん? 私は思わず首を傾げる。朝顔は知っているけれど他のはあまり聞いた覚えがない。
「昼顔も夕顔も夜顔もみんな朝顔と似たお花です。でも、それぞれお花が咲く時間帯が違うんですよ」
クマはそう言って丁寧にそれぞれの花が咲く時間帯や花の特徴、それから夕顔だけがウリ科でそれ以外はヒルガオ科であることを教えてくれた。
「どうしてその四種類なの?」
クマの説明を聞いて私の中に新たな疑問が生まれた。どれか一つにした方がぱーっと一斉に咲いて気持ちがよさそうな気がする。
「咲く時間帯が違うお花の種を蒔いておけば、夏になったらいつマンションの前を通っても綺麗なお花が見られるかなーと思ったんです。朝仕事に行く時も、夕方や夜に帰ってきた時も。それからお昼に出かける時も。ずっとお花が咲いているってなんだかいいなーと思ったんです」
クマにそう言われて私は頭の中で何時でも可愛らしい花が咲いているマンションの入り口を想像してみた。朝出かける時も仕事に疲れて帰ってきた時も花が私を見送り出迎えてくれる。なるほど、確かにそれは素敵だと思う。
「いいわね、それ。早く花が咲くのが楽しみね」
思わずにこにこしながら言ってしまった。なんだかクマみたいだ。
「ゆり子さん、まだ種蒔きも終わってないですよ」
私とクマは顔を見合わせて思わず一緒にくすくす笑った。
夏が来るのが楽しみだ。
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