下の階にはツキノワグマが住んでいる

鞠目

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はじめましての一年目

新しいお誘い

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 定食屋さんのすぐ近くのコンビニでお酒を買い、私は上機嫌で河川敷に向かった。河川敷ではたくさんの桜の木が花を満開にしていた。既にお花見客がたくさんいたけれど、運良く大きな桜の木の下のベンチが空いていたので私はそこに座った。
 お腹が減った私はクマを待たずにお花見弁当を開けた。中を見るだけにしようと思ったけれど駄目だった。美味しそうなお弁当を見た途端、私は割り箸を割りその5分後には缶ビールも飲み始めた。
「ゆり子さーん! あ、もう始めてる」
 ビールを飲んでいるとクマが走ってきた。もちろん二足歩行で。クマは郵便屋さんみたいな黒っぽいショルダーバッグを下げ、頭には黒いキャスケットをかぶっている。
「食べるの待っててくれたら嬉しかったんですが」
 クマが少し不満そうに顔を膨らませる。まるで子どもみたいだ。
「先に食べ始めちゃった」
 私はそう言いながらクマの分のお花見弁当とビールを渡す。クマは「ありがとうございます」と言ったけれどまだ少し不満そうだ。
「それからこれ、おまけだよって三毛猫さんにもらっちゃった」
 私は唐揚げと手まり寿司を見せた。するとクマの顔はたちまち明るくなりニコニコし始めた。
「やったー! 三毛猫さんの唐揚げ大好きなんです。冷めても固くならなくてとっても美味しいんですよ」
 クマはそう言いながらお花見弁当を食べ始めた。
「やっぱり美味しいですね。よかった、家でお腹を落ち着かせてきて」
「やっぱり違うの?」
 私は気になって聞いてみた。
「違いますよ。冬眠明けのお腹が減った状態だとお腹を満たすためにすごいスピードで食べちゃうんで味わえないんです」
 クマはそう言うと何故か得意げな顔をした。今の内容のどこにそんな要素があったんだろう。わからなかったけれど私は聞かずにふふふと笑って流した。

「クリスマスプレゼントと年賀状、ありがとうございました」
 ご飯を食べ終えてひと段落しているとクマが嬉しそうに言った。
「早速かぶってくれたのね」
「はい、そりゃもちろん!」
 そう言うとクマは嬉しそうにキャスケットを手に取った。クマのクリスマスプレゼントはキャスケットにした。なんとなく似合いそうな気がして。
 百貨店の紳士服売り場、その隅っこにクマ向けコーナーはあった。普段紳士服売り場なんて行かないから売り場が分からず彷徨っていると優しい店員さんが声をかけてくれた。店員さんはシロクマだった。
「何かお探しですか?」
「シロクマさんは冬眠しないんですか?」
 私は思わず聞いてしまった。そして衝動的に聞いてしまった自分が恥ずかしくなり顔が熱くなった。
「ごめんなさい、いきなり失礼ですよね」
「いえいえお気になさらず。シロクマは冬でも動けるんですよ」
 シロクマの店員さんは爽やかな笑顔で教えてくれた。怒っていなさそうだったので少しほっとした。シロクマの店員さんにクマ用のキャスケットを探していることを伝えると彼は売り場まで連れて行ってくれた。
「私でこれぐらいのサイズですのでツキノワグマさんならこのサイズがいいかと」
 シロクマの店員さんに相談しながらキャスケットのサイズを選んだ。だからサイズは大丈夫だと思うけれどどうだろうか。
「もしかして小さかった?」
 私は不安になって聞いてみた。
「もし小さかったらサイズ交換もできるって言ってたから……」
「え、ぴったりですよ。すごく嬉しいです!」
 クマはニコニコしながら言った。ニコニコ笑うクマにキャスケットはとても似合っていた。私はそんなクマを見てふっと肩の力が抜けた。それからこっそり一度深呼吸をしてから覚悟を決めた。
「クマ」
「はい、なんでしょう」
 私の呼びかけにクマは首を傾げる。
「私からのバレンタインチョコはありません」
「え、そんな。残念」
 クマの顔が一気に曇る。見るからにしょぼんとしている。
「でも、その代わり」
「その代わり?」
「美味しい親子丼を食べに行かない?」
 そう言いながら私はちょっと照れくさくなった。少し顔が熱い。いやすごく熱い。なんとか目を逸らさないように我慢しようとしたけれど無理だった。私は少しだけ缶に残っていたビールを飲み干した。
 クマはそんな私を見て優しい笑みを浮かべ嬉しそうにこう言った。
「いつ行きます? 明日にします?」
 相変わらずせっかちなクマだ。それは唐突すぎるだろう。私がクマに呆れていると突然強い風が私たちの間を吹き抜けた。
 風に乗って桜の花が舞う。そして一枚の花びらがクマの鼻の上に着地した。私はそれを見て思わず笑ってしまった。

 クマを連れ行ったら母は驚くだろう。でも、きっと大丈夫。素敵な食事会になる気がする。
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